第2話 長老の一喝
塔の発見は、大気圏流氷に暮らすナギサペンギンたちを騒然とさせた。
「塔だってよ」「なんの塔だろう」「とうとう塔が見つかったって、トウだけに」「トウッ」「いてっ、やめろよっ」
けれどもペンギンたちはすぐにふざけ合ってしまって、塔の話題はゆらめくオーロラのように儚く、消え去ってしまうかのように思えた。
それを一喝したのは長老だ。
かつて、この宇宙の入り江を閉塞してスペースサメの脅威を祓ったとされる長老は、観察力に長ける何ペンかのペンギンたちを選ぶと、調査隊を編成させた。
塔は流氷のはるか南、星の赤道にあたる場所にあった。
調査隊は赴き、三日三晩の観測をした。
糸状にみえる塔は近づけばそれなりの巨きさがあり、直径は約40ペントル。太さは驚く程に均質で、その高さは長大で、地上から気圏を貫き、遥かに高度約5万ペントルほどまで伸びていた。
それほどまでに巨きいと、慣性と潮汐力とで引きちぎれてしまいそうだが、観察するにこの塔は、量子糸をより合わせてできていた。糸が量子状態を保つならば、存在するか否かが確定せず、その質量状態も不定のままに保たれる。さらに、絡み合った糸たちは、それぞれの量子状態が同時に確定しない限り破断できない。そのようにして、おそろしく軽く、強固に、塔は編まれていたのだった。
残念ながら、ナギサペンギンたちの科学力でわかることはそれだけだった。
地磁気と温度差を利用した発電も確認されたが、その用途はわからない。
塔が、いかにして生じたのかも、なにを目指しているのかも、虚空にそよぐ太陽風を浴びて、どんな気持ちでいるのかも、わからなかった。
だが、それでよいだろう。
ペンギンたちがどう在ろうとも、塔は変わらずそこにいる。いつか倒れる日もあろうけど、それは塔の勝手である。ペンギンたちは気圏に遊び、塔は立ち、互いにその姿を認めながら、同じ時代に息づいてゆく。その関係だけで十分である。
調査隊のペンギンたちはそのようにして、報告書の結語をむすんだ。
「そうは問屋が卸さんのぢゃ!」
「「ええーっ」」
長老が口角泡を飛ばして怒鳴りつけ、調査ペンギンたちは一同しりもちをついてしまった。
「地球の表層を周期的にめぐるこの氷床は、いまは南下期にある。塔はその進路上にあり、このままではぶつかってしまうぢゃろ」
「ははあ。それは確かに」
「さすがの塔も、流氷との衝突には耐えられない、かも」
「いやあ流氷の方が割れるんじゃない? 奴はなかなかどうして……やりおるぜ?」
「ぺんっ!」
「「ぴゃあっ」」
長老がまたも一喝し、調査ペンギンたちがしりもちをつく。
「問題はそこではない。塔が量子糸で編まれているなら、衝突の衝撃は量子的な干渉を生む。そのような干渉が起きればどうなる? 我々ナギサペンギンは、軒並みこの宇宙から消えてしまう」
「そ、そうか。ぼくたちペンギンは、本質的に量子的な存在だから……」
「うむ。これは、なんとかせねばならぬぢゃ」
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