第31話 穏やかな最初の夜が更ける

「では」

メリーが言う。この際、何を言われても気にしない。いや、改めるべきではあるのだが。要は、傷ついたりしないで真摯に受け止めようということだ。

「私どもも、ありのままにお話させていただきますので、どうかキハネ様も穏やかにありのままにお過ごしくださいませ」

私は驚いて言葉が出ない。

「さあさあ、キハネ様。そのままではお風邪を召されてしまいます。どうかゆっくりお寛ぎくださいませ」

マリーも明るく微笑んで湯船をすすめる。

マリーとメリーがよくしてくれることに理解が追いつかず、湯船で、二人が驚くほど人が良いのだ、と納得して出る。

脱衣所では二人にネグリジェを着せてもらう。

「これから夕食なのではありませんか? ネグリジェでも大丈夫なのでしょうか?」

と聞けば、

「本日はお疲れのお二人にゆっくりと過ごしていただくため、こちらで摂っていただくことになりました」

とメリーが教えてくれる。

夕食は、なんともシンプルなハンバーグだった。フランスやらイタリアやらのコース料理だったらマナーが心配になるものの、ハンバーグだったら随分気楽に食べられる。

流石に箸はなかったが、フォークやらナイフやらが何本も置いてあるようなことがなかったので少し安心した。今後教え込まれるのだろうか。

「聖女様がいらっしゃった時の夕食はこの料理と決まっております。どうやら聖女様や勇者様は同じ世界からやってきているようなのです」

マリーが言う。

「この料理も何代も前の勇者様からお教えいただいたのですよ」

メリーが捕捉した。

なるほど、だから基本的な文化が同じなのか。誰か先代が電気やトイレ、カレンダーや時計の文化を教えたのかもしれない。じゃないと、発達している部分とそうでない部分の説明がつかない。

だとしたら、トイレを知らないこの世界にきた勇者だか聖女だかは相当困ったことだろう。

マリーとメリーが先代の話やこの世界の話をしてくれるのを聞きながら、夕食を摂り、デザートが出てくる。

「アオノ様が、キハネ様のお誕生日が近いとお話くださったので、急遽ご用意させていただきました!」

とマリーが持ってくる。

「私が作ったガレットデロワというお菓子です! お祝いの時に食べる定番のお菓子なのです。甘いものがお好きということでしたので、急いで焼いて見たのですが……」

メリーが不安そうに私を覗き込む。

マリーは不思議そうにしながらフォークを差し出す。

「夜も遅いのであまり量を食べるのはお身体に悪いので、残りは明日にでも食べてください! メリーのお菓子は美味しいと評判なのですよ」

私は口元が綻んだことに気がついて、すぐに手を添えて二人を見る。

二人はそのことにしっかり気づいたらしく、「どうぞお食べください」と嬉しそうに微笑んでいた。

サクサクの生地にアーモンドクリームの優しい甘みがクセになる。

アオちゃん以外に祝ってもらったのはいつぶりだろうか。

私はできるだけ感謝を伝えたくて、精一杯微笑んでいった。

「今まで食べたお菓子の中で、いちばん、一番美味しいです!」

二人は頬を赤らめて喜んだ。

そうして、私の異世界の最初の夜が更けていった。

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地味な私と完璧美少女が異世界転移! 真生えん @hiota4107

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