第16話 私だって

今、目の前にいるのは、伊井野先輩のファンの上級生だろう。伊井野先輩とはこの間、野球の試合に誘ってくれた噂のイケメンな先輩だ。最近しつこかったことを覚えている。

念願叶ったじゃないか。私は貴羽に守られるだけなのが嫌だった。じゃあ今、まさにその守ってもらっていた事実と自分で向き合えるのだからいいチャンスだ。

「いるじゃん、高嶺蒼乃。早く来いよ」

「ヤバくない、あれ。誰か遠海さん探してきたら?」

教室で話していたクラスメイトが袖をひく。私は穏やかな表情を心がけて笑みを返した。クラスメイトはかなり不安げだ。こそこそと「せんせー呼んだほうが良くない?」と聞こえてくる。

「大丈夫。貴羽が来ても言わなくて良いから」

教室の前で腕を組んで立っている品のないセンパイ。

「逃げんなよ」

品も悪ければ口も悪いのか。

「逃げませんよ、センパイ」

不敵な笑みを意識して返した。私は折れない。貴羽が隠してきた、私に向けられる悪意に、真正面からぶつかってやる。

ちっと舌打ちしたセンパイは特別棟の奥の階段に私を引っ張っていく。

階段に着けば、壁に追いやり罵詈雑言。

「伊井野君に近寄らないでくれる?」

「媚びてんじゃねえよブスが!」

小学生の頃でもこんな典型的な呼び出しはなかった。

物心がついてから初めてこんな悪意に晒された。こんなにも怖くて傷つくものなのか。知っているのと、直接言われることには、こんなにも差があるらしい。新しい発見だ。

今まで、どれだけ大切に扱われてきたのだろう。どれだけ貴羽は傷ついてきたのだろう。

先ほどまでの怒りや、悔しさ、悲しさが全て吹き飛んだ。

ーーごめんね、貴羽。貴羽に、思いの外甘えていたみたい。

だって、大勢に囲まれて悪意を向けられているこの状況で、私は貴羽が助けに来てくれると信じている。

貴羽を守りたい、頼ってほしい。そう言っておいて、貴羽に守られるのも、頼っているのも私だ。

――こんなに甘えてばかりの私を、強い貴羽が頼ってくれるはずがないじゃない。

頼られる側の気持ちも考えないで、一方的に不満をぶつけた。そんな行動だって、甘えだ。貴羽に言わなくても自分の行動で変えられることだろうに。

貴羽は来ない。きっと私に愛想をつかした。

守った相手に怒られて、一方的に責められて。

つう、と涙が頬を伝った。

「ウケる。泣いてるんだけど」

「はいはい。泣けば誰かが守ってくれるもんね。美人様は徳でいいわ」

――誰があんたたちのために泣くもんか。この涙は貴羽に向けてだ。

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