第4話
「なんで、」
窓から射しこむ夕陽に当てられて赤くなった教室の床。そこに、水上楓はうつ伏せに身体を横たえた姿で、ピクリとも動かなかった。何でこんなことになってしまったのか。恐怖が足元から這い上がり、掌がわなわなと震える。
うつ伏せなので顔は俯いて見えないが、きっと顔は生前の面立ちとは異なり醜く歪んでいることは容易に想像がつく。
髪に隠れた首は絞めつけた掌の痕が鮮やかに残り、乱れた制服の胸元からは膨らみかけた乳房が覗けている。網膜に焼き付く姿を必死に追い払いながら、一歩、一歩と彼はゆっくりと後退り水上楓であった肉体から遠ざかる。
どんっと背中に硬い感触がぶつかった。ひんやりとした鉄の扉の冷たい温度がじわじわと身体を侵食していく。冷えた身体は硬直し、扉に遮られて田浦はそこからもう一歩も動くことができなかった。
一体どれほどの間、彼は身動きもできずに佇んでいたのだろうか。赤かった床の色が、昏く沈んでいく。
コンコンッ。
不意に背後の扉がノックされた。「田浦先生、いますか?」教頭の低い声が隔たりを越えて聞こえてくる。
「え、ええ、」
思わず田浦は返事をしてしまった。
「何かあったのですか。開けていただけますか。」
今更無視をするわけにもいかず、田浦は扉をゆっくりと開ける。果たして、自分の言うことを教頭は信じてくれるだろうか。しかし、予想に反して教室の外の暗くなりはじめている廊下にいたのは、教頭だけでなく大館茂吉と西川大樹の三人がそこにいた。
皆の目が、自然と教室の床に倒れ伏している楓に注がれる。
「これは、」
「どういうことだ?」
「先生、」
三人がそれぞれの言葉で疑問を発する。と同時に、疑いの色が六つの眼に浮かび上がってくる。違う。否定の言葉を口にしようとするが、田浦の喉は固まり、音を発することができない。
「お前がやったのか?」
直球の質問を投げかけてきたのは誰だったのであろうか。いや、誰が発したかというのは関係ない。何故ならば、皆が同じ思いを抱いていたのだから、発声したかどうかは微々たる差だった。
捕まえられる。咎めるような眼差しに、硬直していた田浦の身体の呪縛が解ける。田浦は走った。陽が落ち、暗黒色に染まりはじめた廊下を駆け抜け、ぽっかりと空いた洞のような校庭を横切り、校門を潜る。夜の闇。人気を避けて細い道へ道へと走る。やがて、奇妙なネオンを照らす店に辿り着く。彼は背後から追ってくる人間から逃れるように、その店の入口を潜った。
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