第59話 魔王トマス

 3万人を贄にして、混乱を拡大して次の贄を得ようとした我の計画が頓挫してしまった。

 勇者が国々をまとめ救済計画を実行したのだという。

 勇者の仕事はそんな事ではないだろう。何故余計なことに首を突っ込む。

 勇者アモン。貴様の名前は覚えておこう。


 だが、我の数ある計画の一つが頓挫したに過ぎぬ。

 3万人の贄によって封印はさらに崩れた。今なら直接魔力を行使して人も殺せるかも知れない。

 だが、焦りは禁物だ。多少動けるようになったと言っても、封印された身である事に変わりは無い。

 今、勇者に嗅ぎつけられたら勝ち目は無い。

消滅させられる可能性だってあるのだ。

 1000年も待ったのだ。今更焦らぬ。


 宗教を利用した騒乱は、ポルトーに人が戻らない事には始まらぬ。

 その間に何かできないかと考えて、一つ思いついた。

 勇者アモンの出身地ブランカ王国には現在2人の王子がいる。

 有能と言われているが、酷い吝嗇家の第一王子ジョセフと無能と言われている第二王子エドワードである。

 我から見れば無能な第一王子とさらに無能な第二王子であり、どちらも王の器ではない。

 隣国から養子でも迎えた方が遥かにマシだろう。

 それぞれの母親は違うが、年齢は1歳しか違わない。

 第二王子の母の実家が王国屈指の金持ち、ブルック公爵であるため、王位継承権第2位のエドワードの周りにも人から集まり、次の王座を巡って国内貴族は2つの派閥に割れている。

 

 ジョセフは公認勇者に下賜する金を半分にしたと言う噂もあり、今回のポルトーの蝗事件の援助にも最後まで反対したと言われている。

 貴族の半分位は彼が王位につけば、貴族たちは本来国が行うべき公共事業なども押し付けられるだろうと戦々恐々としている。

 だが放漫な国家経営で長年財政赤字が続いているのを憂慮している官僚と若手貴族は、吝嗇な位がちょうど良いと彼を推している。

 エドワードは女と酒しか興味がなく自堕落な生活を送っているが、女の言いなりに金を使う事も無く、特定の女を愛してる訳でもなく、閨房の房事にしか興味がないようだ。

 いくら美姫と美酒に狂っていると言っても、国庫に影響を与えるような事は無く、現実には母親の渡す小遣いで賄えているようだ。

 国王は無能でも暴君でなければ良い。有能な家臣がいれば国は揺るがない。

 そう考える反ジョセフ派の貴族たちはエドワードを推していた。

 

 ポルトーへの蝗襲来に対する対応で評判を落としたジョセフ派と、何もしなかったために相対的に評判の上がったエドワード派の間の対立は最近顕在化している。

 これを煽れば内戦に持ち込めるかもしれない。そこまでゆかなくても、死人が出るのは間違いないし怨嗟の声も上がるだろう。

 無能故に王子達を直接支配しても影響力は小さい。

 双方の派閥の長に影響を与えるのが良いだろう。

 故郷で動乱騒ぎが起きれば、勇者も心穏やかではいられまい。一石二鳥とはこの事だ。



 ワトソンが商用でブランカに行ったとかで、土産を持ってきた。

 王都の南の方で栽培されている特産品のオレンジだという。

 なんと言う事だ。とてもとても美味いではないか。

 ブランカと言えばアモンの祖国。このオレンジを知っていて黙っていたなら絶交だ。

 アモンについては後で尋問する事にして、ワトソンに言いたい。

 何故木箱一つしか買って来ない。

 こんな時のためにマジックバッグを贈ったのだ。荷馬車いっぱい位買ってこないとは酷いではないか。

 そんな事を言っていて、売り切れてしまうと大変だ。

 私達は慌ててブランカに向かったのであった。


 ブランカに着いてオレンジを栽培している地域に向かう。

 ありがたい事にまだ木にはオレンジが残っていたし、私達が買う事のできるオレンジもあったのだった。

 荷馬車3台分程買い込み一安心。来年の分もしっかり予約する。


 農園主の話では王都ブランドンではカフェというものが流行っているらしい。

 おしゃれをした上流階級の者が街角にある洒落た店で茶を飲みながら軽食や高級な菓子を食べ、文学を論じるのだとか。

 文学には興味が無いが、なんでもカフェの高級菓子はあれこれ工夫され、シュークリームとか、ショートケーキとか、タルトとか聞いただけで美味そうな物が供されると言う。

 

 幸い明日は人に戻る日だ。文学を論じなくても着飾っていればカフェに入るのは問題あるまい。

 ジップとブランドンの流行の菓子とやらを大いに論じようではないか。


 私達はブランドンに宿をとり、次の日正装で町に繰り出した。

 もちろん宿も怪しまれないように、高級な所に泊まり、馬車も予約してカフェまで歩いてゆくような事はしない。

 冒険者の格好で行って、その場の雰囲気を悪くする様な不粋な真似はしたくない。


 カフェが集まっている通りで馬車を降りる。

私達の服装は辺りにいる上流階級の子弟の者たちと変わりは無いが、実は素材も魔物由来の物が多く使われ、その上私の障壁魔法が多重掛けしてある。

 クロエ鞄店謹製の薄型マジックバッグも上手く隠されており、その中には武器がいっぱい。

 今後どんな状況下で仕事をしなければならないかもわからないので、その準備としてこんな装備を作ったのだ。

 というのは建前で、秘密の装備とかがハポンの忍者みたいで、格好良さそうだったからである。

 

 まず最初の店でお茶と本日のケーキと言うのを頼む。

 出てきたのは噂に聞くシュークリーム。一口食べた後思わず、あるだけ全部持ってこいと言いそうになったが、ぐっと我慢。

 ボーイを呼び帰りに屋敷に持って帰りたいので10個程包んで置いてくれと命じてチップを渡す。

 宿で留守番をしているファウとチャウの分は持ち帰らない訳にゆかない。

 次の店のアップルパイとピーチパイも極上。プリンを食べた時は気を失うかと思った。

 いくつか持ち帰れば味王ジップが再現できるだろう。


 午後になるとお腹がいっぱいでもう入らなくなった。

 ブランドンには近々また来なくてはなるまい。いや、ケーキ職人をパルムに招聘するか?

ワトソンにも試食させて相談せねば。

 そんな事を考えていると、目の前に豪華な馬車が停まる。御者が扉を開けて階段を装着する。

 召使いが降りてきて、中から降りてくる貴人に手を貸す。

 その貴人は第二王子のエドワードだそうだ。凄く高そうな衣装を着ているが、中身は凄く

安そうだ。

 

 私も正式な礼をして黒の森のクロエだと名乗る。

 召使いと馬車の後ろを馬で付いてきていた護衛らしい数人の剣士の顔が引き攣って真っ青になる。

 王子様は気付かずに私の手をとり、口付けをして是非王宮にお迎えしたいとほざいて、無理やり私のテーブルに居座って茶を喫したあと、連絡先を残して帰ってゆく。

 私はジップをよく我慢したと褒める。ジップは馬鹿ではないので、国の王子の首を王都でいきなり落としたりはしない。

 頭はアレだが私を侮辱する気は無かったようだし。

 それに明日には犬になってしまうからどうでも良い。

 ただ手の甲に口付けされた私が鳥肌をたてたのをジップは見逃していないはずだ。

 ジップは私に不快な思いをさせた奴を許さない。

 

 その晩ジップはトイレに行くと言って柿色の装束で窓からどこかに出かけた。

 

 数ヶ月後、ブランカの第二王子が出家して修道院に入ったと言う噂が流れてきた。

 なんでも私に会ってしばらくした頃から、だんだんアレが役に立たなくなってきて、あらゆる手を尽くしたが遂にダメになり、世を儚んで

出家したらしい。

 王都では黒い森の大魔女クロエに魅入られて精力を吸い取られたというウワサが流れているらしい。

 失礼な。私はグルメなのだ。あんな馬鹿の精力なんて欲しくない。

 そもそも魔女は精力なんて吸い取らない。サキュバスと一緒にしないでもらいたい。

 裏楊生の秘術、腎虚の術をジップが使ったせいで私のせいじゃない。

 運が良ければ15年くらいで元に戻る。せいぜい僧院で摂生した生活を送る事だ。

 淫獣の毒牙にかかる女性がその間いなくなるのだから、これも正義の味方の仕事だ。


 

 ブランカで下工作をしていたら、エドワードが出家した。

 世間はアレが役立たずになって世を儚んだとか言っているがそんな馬鹿な話はないだろう。

 死にかけのジジイだって元気になるというサキュバスを送り込んだが、どうにもダメらしい。

 封印が弱くなっているはずなのに、どうも思い通りにゆかない。

 まぁ良い。また別の方法を考えよう。

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小犬になった魔女クロエと少年ジップの冒険譚 チワワ大将軍 @takazawa99

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