第57話 シレーヌ3

 大きくなった教団が目障りなのか、教会本部から上納金の増額を命令された。

 教団幹部の中には反発して過激な発言をするようになった者もいる。

 元々、私達の黒い神の信仰者は教会のように税としてお金を集めているわけではない。

 わたしの教団にいる信者の中にも、教会にお金を払っている者はたくさんいるのだ。

 私達は集めたお金のほとんどを貧者の救済と教会への上納金に使っており、教団の組織維持には少ししか使っていないし、私や幹部達が好きに使ったりもしていない。


 パウル枢機卿は失敗したが、今回騒いでいる何人か枢機卿や司教を消そうかと考えていると、彼等の何人かが熱病にかかり死んだのであった。

 もちろん私は命じてないし、タムも知らないと言う。

 偶然ではありえない。私達に敵対するの聖職者ばかりだからだ。

 私達の教団員は天罰がくだったと喜び、教会側は私達の陰謀だと騒いだ。

 もちろんやってないから、証拠などある訳も無い。

 不信感により、両者の間には修復不能の亀裂が入りつつあった。


 私がいるためもあり、ポルトーでは黒い神の信仰者は国内のデルス教徒の4割近くに達している。

 私達はデルス神を否定していない。私達は最高神デルスの命により大魔王を倒すために降臨する黒い神に縋って、救いを求める者の教団なのである。

 黒い神はその限りない慈悲の心により弱き者を救済するため、その御心に沿って我々も弱き者の救済に努めなければならない。

 そしてそこには、いつのまにか邪魔する権力者は黒い神を邪魔する悪であるから排除すべきだという裏の教えとも言うべき思想が入り込んでいた。


 国内のデルス教徒とは言うが、ほとんどの者は子供が生まれた時とか、病人が出た時、死者が出た時、特別な祝日など年に何回か教会に行くだけで、普段は食事の時と寝る前の祈り位しかしてない。

 教会税は払うが親子代々払っているからそれに疑問も持たず、孤児院の運営や貧民街の炊き出しや貧者の治療なども行っているので、教会税にたいする不満も無い。

 一部の高位聖職者は豪華な生活を送っているが、高位聖職者には元々貴族出身者も多いため一族からの援助もあり、一概に民から吸い上げた金で贅沢をしているとも言えないのだ。

 元々貧者救済はデルス神の教えでもあり、我々を敵視して上納金を増額するように言って来る教会上層部は別にしても、末端の聖職者には清貧な生活を送り社会に貢献している者も多い。

 

 私達の教団はたまたま私という、教会の権力構造から外れた、神のお告げを聴くことのできる巫女がいて、その私を中心に固まった集団なので敵対視する者が多いのである。



 我の為に祈る者が多くなり、少しずつ封印に綻びが生じてきている。

 前より鮮明に外の世界の事が感じ取れるようになり、新たな分身体を飛ばす事ができるようになった。

 ゴブリン程の力もないが、人の心を歪めたり、熱病を発症させるならこれで充分だ。

 高位聖職者でありながら、なんの能力も徳も無い奴らに取り憑いた。

 奴らはデルス神の信者だが、全く抵抗できずに取り憑かれる。

 そもそも、デルス神なんているのだろうか?

1000年前、我が人と敵対した時も、我を封印したのは勇者達の力であって、デルス神なんてどこにも現れなかった。

 勇者達だってデルス神の加護なんて無かった。

 もう消滅して名前だけ残る神なのではないのか。


 我の分身体は取り憑いた人間を支配したりしない。

 過去の経験から学んだのだ。ほんの少しシレーヌの教団に対する敵意や悪意を持たせるのだ。

 上納金を増やして、経済的に追い詰めればいずれ教団は瓦解して取り込めるという考えを持たせる。

 そして、ある程度能力があり、我の意識と関係無く教団に敵意を持っている者を熱病や他の病に感染させて殺したのだ。

 こいつらは、今は変化を嫌うために新興勢力のシレーヌと敵対しているが、なまじ能力があるために、今後我に気づく事がないとも言えない。

 いずれ殺すのだから、邪魔にならないうちに片付けておいた方が安心だ。


 そしてシレーヌの教団の幹部何人かにも取り憑いて不安を煽る。

 いずれ異端者に認定され処刑されると不安な気持ちを煽るのだ。

 ここまで人数が増えると、異端者認定して逮捕するような事などできるわけ無いのだが、一度不信感を持ってしまうとそういう判断もできなくなってしまう。

 人はその愚かさ故に滅ぶのだ。



 ポルトー王国は不穏な空気が流れ、それは人々の動きや物の動きにも影響して経済は停滞した。

 そんな中、姫巫女シレーヌは海から天災がやってくると人々に告げる。

 なんの事か分かる者はいなかったが、やがてその正体がはっきりする。

 妖精大陸で繁殖した蝗が海を超えてポルトー王国のあるイベルカ半島に襲来。更に繁殖し半島の植物を食い尽くしたのだ。

 蝗はそのまま北海に去ったが後には荒廃した大地が残るだけだった。


 王家の命令で国庫や貴族の備蓄小麦が放出され、国外からも緊急輸入が企てられたが焼石に水であった。

 大量の流民が国境を超え、大陸の西側は一気に不穏になった。


 せっかく神のお告げがあったのに何一つ生かす事が出来なかった。

 蝗の去った後の大地は荒廃し、何も残ってはいなかった。

 私が支配したかったのはこんな地獄では無かった。

 人々は流民と化して東に向かっている。

 


 想像以上にうまくいった。妖精大陸で繁殖していた蝗を北に向かって誘導する事に成功したのだ。

 今回の騒ぎで3万人が死んだ。放っておけば更に3万人が死ぬだろう。

 そしてその魂は我の贄となり封印を崩すのだ。

 次は、今回の騒ぎが教会の陰謀だと言う噂を流そう。

 そして、シレーヌを中心に反乱を起こさせれば更に死人が増えるだろう。

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