第54話 異世界からの転移者3

 更に2年が過ぎて俺は多分26歳になっていた。

俺のいた世界とこの世界の一年が同じかどうかわからないし、そもそも1日すら同じかどうかわからない。

 日が昇って日が沈み、また昇れば1日だ。

 

 そして運命の日、小犬を連れた少年が入ってきた。

 従魔というのがいるので、この世界の宿も食堂も動物を連れた客を断る事はない。

 特に背中にリュックを背負って、腰に刀をつけたような相手はそんな理由で断ってはいけない。

 その程度の常識は俺も身に付けていた。しかもその少年の格好は何となく国民的RPG、竜の

探求のパッケージの絵に通じるものがある。

 子供だが間違いなく冒険者に違いない。

 持っている刀は日本刀だし、頭の上を妖精らしい生き物?がクルクル飛んでいるのに少し違和感があるが。


 部屋は1つ、夕食は2人前と言われ、銀貨2枚ですと答えるとそれを払って少年は部屋に上がって行く。

 夕食の時間になり、少年と犬が部屋から出て食堂にくる。

 料理を出すと、2人で分け合って食べている。

少年がおもむろに腰のポーチから黒い小瓶を出して料理に少しかけまわす。

 小犬が少年の方を見ると、そちらにも少しかけまわす。

 その時俺はおもわず少年のテーブルの方に駆け寄ってしまっていた。

 その小瓶を持って匂いを嗅ぐ。醤油だ。間違いなく醤油の匂いだ。

 思わず目から涙が出てきて、気付くと俺は声を上げて泣いていた。

 

 余っている椅子に座るように指示され、訳を話すように言われる。

 ジップと名乗った相手は、多分俺より10歳以上歳下の少年だが、話に聞くエルフだったりすると俺より歳上という事もある。

 とにかく見かけは子供だが、明らかに俺より格上というか、逆らっちゃあいけない相手だ。

 異世界から転移した事、なんの能力も無かった事、前の世界の知識を活かして色々な事をしようとしたけど、そんな知識ほとんど役に立たず、上手く行かなかった事などを話した。

 犬が何かを言ってそれを妖精が通訳しているようだが、気のせいに違いない。


 うんうん頷いて聞いていた少年は、そんなに凄い料理人なら味勝負だと言う。

 旅の途中で知り合った姿で料理人と流れの料理人が味勝負をするのはお約束だと言うのだ。

 こいつ、俺の話を聞いていたのか?右から左へ聞き流したろう。

 少年のポーチから調味料やら食材が次々と出てくる。

 米や味噌、醤油以外にも豚肉や牛肉、卵、各種野菜、食用油などこっちに来てから見たことも無いような物が沢山ある。

 マヨネーズやらケチャップの瓶まで出てきた。


 宿の主人や他の客まで駆り出され、料理の判定をさせられる事になった。

 ジップの目がマジだ。棄権したら殺されはしないにしても、碌な目にあわないだろう。

 勝負が始まる。制限時間は2時間。2人分の食事を作る事。品数の制限は無い。俺は料理人とは言っても実務経験は社員食堂の追い回しだけ。

 この世界で挫けそうになる自分を奮い立たせる為に料理人と称していただけだ。

 そして俺はその事をよく知っている。


 ジップがどの程度の料理を作れるのかは知らないが、見た目通りの人間なら経験はせいぜい3〜5年だろう。

 試食して判定するのはこの世界の人間。食べ慣れているのはパンと肉。判定者の食べやすいメニューで勝負だ。

 パンはジップの出したものを試す。合格だ。こちらに来て俺が口にしたのは黒パンのみだが、これは貴族や王族の食べるようなパンだ。

 俺は肉やエビの下ごしらえをする。メニューはトンカツとエビフライ、フライドポテト添えミニサラダ付き。ダメ押しのもう一品としてカツサンドも作ろう。エビフライはタルタルで。カツのソースは無いので、カラシと岩塩で食べる。揚げたてなら充分美味いはずだ。カツサンドは醤油と胡椒、出汁を煮詰めてカラシを効かせたソースで味付け。

 これなら俺でもうまく作れる。


 ジップを見ると米を研いでいる。この辺の人間は米など食べた事はないだろう。

 受け入れられない可能性を考えてないのか?筋切りやエビのワタヌキが終わり、パン粉を作る。

 ジャガイモを、細く切り野菜を千切る。

ゆで卵をつくりタルタルソースの準備が整う。

後は時間を調整して揚げるだけだ。


 ジップもトンカツを揚げるようだ。パン粉を作り肉の筋切りをしている。

 そして古鍋で何かのタレを作り、鰻を割きはじめた。手早くそれを済ますと串を打ち、蒸し始める。

 フライパンに脂を張って加熱しフライの準備も始める。

 なんという手際の良さだ。思わず見惚れてしまった。

 

 時間終了。審査員の目の前には俺の作ったフライとカツサンド、ジップの作ったカツ丼と鰻丼が置かれる。

 恐々と審査員達は料理を口にする。だがすぐにジップの料理の取り合いになり、剣を抜きジップに締め落とされる者まで出た。

 ああ、どうして俺はあれほど出汁や醤油を渇望しながらそれを使おうとしなかったのだろう。

 美味いものは美味いのだ。日本中の人間が長い間愛し続けだ味がまずいわけがない。

 旨みも甘味も脂もこの世界の大部分の人は未経験だろう。

 だがそのどれも舌から脳へ直接幸福感という刺激を与える麻薬のような効果があるのだ。

 俺が作るべきだったのは美味いものであって、受け入れやすいものではなかった。

 絶望のあまり死のうとしてジップに止められた。

 

 その後、ジップが落とされた奴に活をいれ、全員に好きなものを作ってくれた。カツ丼を一口食べた時に、同じ材料を使ったのに、カツが全く別次元の物である事を思い知った。


 料理人として生きるにしても、今のままでは米と醤油の国ハポンに行ったとして、料理人としての成功はおぼつかないだろうとはっきり言われた。

 いまこの大陸の西側で醤油や味噌、昆布などハポンの食材を作ろうとしている。

 いくら食材を作っても使えなければ普及しない。

 出汁とハポンの調味料を扱える料理人がぜひ欲しい。

 ジップの町で料理店を開いてそれの普及を助ける気はないかと誘われた。

 店の手配や準備はすべて彼がするという。

 夢のような話だが、この店はどうする。そう考えていたら、出汁は俺も扱えるように教えてもらったから行けと主人が背中を押す。

 お前はこのまま一生ここの下働きで終わるつもりなのかと。

 あれはありがたく申し出を受けることにした。


 ジップが店の主人に引き抜き代だと金貨5枚を渡し、俺にも支度金だと5枚くれた。

 俺はそれを持って神父様に別れの挨拶に行き、教会に寄付させてもらった。

 俺は3年分の給料がほとんど残っているし、支度と言っても、旅用の上着と靴を買う位で大した準備は要らなかったからである。

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