第49話 シレーヌ2

 私シレーヌの興した教団は数年で、勢力を拡大。今では大陸西部に支部を多数開設。各国政府も無視できないようになっている。

 貧者救済と神の予言による災厄の忌避を旗印に大きくなってきた。

 別に教会や王権と対立した事は無く、そんな気もない。彼等の足元を気付かぬうちに徐々に蚕食して行くつもりなのだ。

 だが、教団が大きくなるにつれ、敵対する者も出てくる。

 政治的な事やスキャンダル探し位なら、教団長のルシアスで充分なのだが、暗殺や恐喝、誘拐となると彼には荷が重い。

 私の意のままに動く闇の手が必要だ。


 そんな時、タムが1人の男を連れてきた。

 ダークと名乗るその男はかつてある国の暗部に所属しており、黒き神の信仰のためにそこを部下と共に追われたと言う。

 もしシレーヌの教団が、庇護下に置いてくれるなら、部下と共に命尽きるまで忠誠を誓おうと。

 タムが信用できると言うなら疑う理由はひとつもない。

 私はその男を部下にする事にした。


 確かにダークは有能で、恐喝や金集めから、敵対者の暗殺まで表に全く現れる事なくこなして行った。

  特に金品などの報酬を望む訳でもない。タムに聞くと、彼等はこの世の全てを恨んでいるので、あなたを助けているのだと言う。

 いずれ堺の支配者になったあなたを倒そうとするなら、殺してしまえば良いという。

 タムは間違ってた事が無い。覚えておこう。

 

 一年半位した時突然ダークが姿を消した。定時連絡が無いので、タムが様子を見にゆくと根拠地からいなくなっていたのだ。

 それとそこにため込んでいた裏金が全てなくなっている。

 タムによると、神の精神支配もかかっているので、今の段階で逃げ出すはずが無いと言う。

 アジトはさっきまでいたとしか思えないような状態で、器やカップがテーブルに出ている。常に10人前後の人間がいたはずなので、襲撃を受けたとも思えないらしい。

 

 その後も調べを続けたが、この件に関しては神のお告げも無く、結局何が起こったかもわからないままであった。

 タムはまた同じような人間を見つけて来ると言っていたが、私は必要なら信者になった闇組織の幹部のツテを使う事にした。

 裏の金は手に入らないが、別の神による神隠しではないかと恐れたからだ。

 神隠し。それは神の意思により人がその空間からや突然消えてしまうと言われている。

 食事をしてたり、談笑していた人が突然消える。

 どこへ消えたのかはわからない。消滅したのだとも、別の世界に飛ばされたとも言われるが、帰って来た者はいないと言われている。

 神が相手ではいくら注意や警戒をしても無駄である。

 私に神のお告げや保護があるなら、別の神がお告げをしたり、保護をする人間もいるだろう。

 今回の事は人の成した事とは思えない。

 この事に他の神の意思が働いているなら、私はそれに関わる事が怖かったのだ。



 我を賛美し崇拝する教団は拡大を続けている。

 シレーヌは自分の権力が大きくなっていると考えているらしいが愚かな事だ。

 流石に大きくなり、国を超えて広がると色々問題が起きてくる。

 処分するために、前に分身体を入れたが上手く操れず分身体が消滅してしまった男を使う。

 前回分身体の侵入により、野心を待ち、国を裏から支配しようとしたが失敗して妻や子供を皆殺しにされた男だ。

 もちろん自分に分身体が入った事など気づいていない。

 命一つで部下達と逃げ出した男は自分の国に害を与えるためなら、何でもすると誓っていた。

 部下達も一族皆殺しにされており、皆同じだった。


 直接支配する事はできないが、一度入った男に影響を与えるのは難しくない。

 特に闇の心を持っている者の闇を深くする事など児戯に等しい。

 我は男に、黒い神の教団にもぐり込み、それを利用する事を思いつかせた。

 シレーヌの命令で悪事を働いているうちに、男は闇に侵され、我の完全な眷属となり、家族を殺した国だけでなく、次第にあらゆる国や権力、金を持った者達全てを憎悪するようになった。そして部下もそれに引きずられていった。

 シレーヌの指示だけでなく、自分達の判断で貴族や豪商を襲い、殺して金を奪い始めた。

 我の眷属が殺した魂は私の封印を解くための贄となる。

 金は教団の拡大に使っても良いし、その金を

人々が憎しみ合うように使っても良い。

 憎しみや恨みの気持ちも我の力となるのだ。


 だがそれは突然に終わりを告げた。男達との眷属の絆がいきなり切れた。

 殺されても死体が残っていればしばらくは何らかの繋がりは残るのだが、それすらもない。

 分身体を派遣して調べたがやはり何もわからなかった。

 しかも金も全く残っていなかったのだ。また同じような男達を探そうとしたが、怖がるシレーヌに拒否された。


 仕方ない。ここでこれ以上シレーヌの心を支配しょうとすると誰かに我の存在を気付かれるかも知れぬ。

 我はシレーヌを使い教団の拡大に努めよう。信者を使って教会と宗教戦争を起こしても良いし、信者を殺して大量の贄を得ても良い。

 

 適切なお告げにより災厄を避けられた人達が教団の組織を、現在の教会の下部組織でなく私を教皇とした新たな教会組織として独立するべきだと言い始めた。

 黒き神を信じる、デルス教の分派であると言う立場をやめようと言うのである。

 確かに現教会は私達の集めた金の何割かを吸い上げるだけで、何もしてくれない。

 災厄を防ぐために動いているのも私達だけで特に援助がある訳でもない。

 デルス神はお告げすらしてくれないのだ。ただ、気持ちも分かるが、まだ力が足りない。

 ひとたび異端認定でもされたら、大陸の西側全体が敵になる。

 何人かの枢機卿は取り込んでいるが、まだまだ私達の力は小さいのだ。

 神は人々の安寧のみを考えている。自らの権威など望んでおられぬ。

 争い事の元になるような事はするな。権力争いの最初に犠牲になるのは弱き民だと説得する。

 


 確かに大きくなった教団は危うい立場にある。

 教会がその大きさに危機を感じればすぐに潰そうとするだろう。

 教会といっても、長く続いてきた組織は大きく中には色々なタイプの聖職者がいる。

 性根の腐った枢機卿は放置しておいて構わない。

 私が怖いのは高位聖職者なのに清貧な生活をおくり、教義を守り、神の教えを信じ、自分を律する生活をおくり、変化を嫌う排他的な教義至上主義の昔の聖職者だ。

 彼等は頭が固く、少しでも教義に反する教えを嫌い、異端だと騒ぎたてる。

 教会にはままだまだそんなタイプの聖職者はいて、馬鹿にできない影響力を持っている。

 教会と教義にしか興味がなく、金も欲しがらず、政治に口を挟まないため国からのウケも良い。

 平民や商人、農民が多くて、あまり厳しい事を言わない私達の教団と対立する可能性が高いのだ。


 タムと図って、そう言うタイプの聖職者の筆頭、パウル枢機卿を長兄にうつしたのと同じ熱病に感染させた。

 何年も経っているし、彼が死んだところで、直接私に利益は無いため疑われないだろうと言う判断だ。

 熱病にかかったパウル枢機卿は衰弱し、死の目前まで行ったが、旅の冒険者の持っていた妖精大陸の薬草で快復したらしい。

 とんでもない値段を吹っかけられたらしいという噂が聞こえてきた。

 清貧な生活をしているパウル枢機卿はお金を持っていないが、金満家で有名な兄のトスカーナ侯爵が出したらしい。

 人の苦労も知らず、全く迷惑な話だ。

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