第47話 キリマンジユ

 私達はキリマンジユ山に向かう。麓の村に大きなコーヒー農園があるのを見つけてジップが狂喜する。

 味王ジップは只今バリスタを目指して絶賛勉強中だ。焙煎機や様々なコーヒーを淹れる機器なども既に購入済みだ。

 大量のコーヒー豆を購入した。苗木も欲しそうだったが、中央大陸では温度の関係もあり、アサムあたりまで行かないと育てられないだろう。


 いよいよキリマンジユに入山。山に入るといきなり魔素が濃くなり魔物が増える。

 ダンジョンの魔物のようにめったやたらと襲ってくる訳ではないので、群れで襲ってきても何匹か倒せば、ほとんどの場合残りは逃げてゆく。

 指導の甲斐あって、魔物を倒しつつ、妖精の導く方向に危なげなく進んでゆく。

 確かに出会った頃の腕では既に10回以上死んでいる。

 高度が上がるとチベタのように少し空気が薄くなるが問題となる程ではない。

 入山3日目に目的の場所に着いた。


 「ここよ」


 『ここだわ』


 「あれがコナナ草よ」


 『あれがコナナ草だわ』


あたり一面が全てココナ草らしい。

 採取して纏めてバッグに放り込む。マジックバッグは使う者の魔力によって容量が増えるし、使い込む事によっても容量が増える。

 数年使い続けている私達のバッグは容量の心配は無い。

 町に大量に持ち込めば一部の人間は値段が落ちた事により損はするだろうが、絶対量が少ないのなら総額は大した事はないだろう。

 それよりショウ達の母親のような人達が助かるメリットの方が大きい。

 エルフ達も背負えるだけ収穫している。

 採取が終わって下山する。ワイバーンが襲ってきたりしたが、夕食の主菜になっただけだった。ワイバーンは竜程ではないが結構美味い。

 5日後、家に戻り母親に薬を服用させる。

10日くらいして快復したのを確認して出発する事になった。


 出発の数日前にショウから相談を受ける。

ハポンに行って剣を学びたいので、楊生に紹介状を書いて欲しいと。

 ダンジョンで魔物を倒して手に入れた魔石がかなりあるから費用もなんとかなると言う。

 その意気や良し。ジップは楊生獣兵衛宛てに紹介状を書いて渡す。

 中央大陸に渡る港町カーロまで同行して、そこでパルムに帰る私達と、アサムからシンヘと舟旅を続けるショウは別れる事になる。

 

 マーベルとシーラ、母親にに別れを告げて、出発する。街道に戻る為まずはハンメルに戻る。

 次に目指すのは海岸の町トロム。そこから海岸沿いの街道を北上してカーロに向かうのだ。

 久々の海だ。海鮮が楽しみだ。


 旅の途中もショウに剣術を教える。特に部屋の中など狭いところでも使いやすい抜刀術と小太刀の技はダンジョンでは教えてなかったので喜ばれた。

 船の中でも練習して行けばハポンに着いてからが少しましかもしれない。

 生活費の為に役立つだろうと、闇討ち同心や、闇討ち人の仕事を教えたらドン引きしていたのは気のせいに違いない。

 ハポンはともかく大陸の東側は仕事がゴロゴロしているので、稼がない理由は無いと思うのだが。


 20日程歩くとトロムに着く。漁業と製塩業を中心とする町だ。

 町に入ると何となく活気が無い。とりあえず宿に入る。夕食は不漁なのでこれしかできないと言われ魚と野菜のスープとパンがでた。

 不味くはないが、せっかく海辺に来たという感じが全くない。

 主人に聞くと、向こうに見えるマダガス島の周辺に海竜が住みつき漁がほとんど出来ないと言う。

 漁れるのが海岸から釣竿で釣れる魚だけなので、どうしてもこんな料理になってしまうらしい。

 一般的に、ワイバーンは美味く、竜は更に美味いと言うのが常識である。

 長く生きているが、実は海竜を食べた事はない。

 我にジップあり。狩れば美味しく料理してくれるに違いない。


 私の名はショウ。エルフである。齢は130歳。

ハンメルの近くのブルリ村に母と2人の妹と住んでいる。

 2月程前母が熱病にかかった。通常効くはずの薬が効かずどんどん衰弱してゆく。

 村の古老に見てもらうと、これはマロリー熱でキリマンジュ山の中腹より上には生えるコナナ草がよく効くという。

 キリマンジユの山は魔素が濃く、強い魔物が沢山棲みついている。普通の者があの山に入るのは自殺行為である。

 私達はなけなしの金を持ってハンメルの町に行く。コナナ草を買おうとするが、簡単に手に入らないと言う事で、1束金貨10枚だと言う。

 そんな大金を用意できる訳がない。


 キリマンジユの山に入れる程の腕は無いが、弓には少々自信がある。妹達も弓の名手だ。

 妹とハンメルの町に行きダンジョンに潜ろう。

 魔力量の多いエルフが住むこの大陸では、魔石の値段は他より安いが、下層の魔物が残す大きな魔石ならそこそこの値段で売れる。

 それにダンジョンで出てくる魔物と戦い続ければ腕も上がるに違いない。

 金貨10枚分の魔石を稼ぐか、腕が上がるか、コナナ草が手に入るなら、どちらの方法でも構わない。


 このダンジョンには地図があるので、それを買って最短経路で下層を目指す。

 10階層の階層主のドロップ品は鋼のナイフ。

20階層の階層主のドロップ品はワイバーンの革の胸当てだった。高く売れる物ではない。

 20階層を超えた辺りから、急に魔物が強くなったが、構わず進む。我々は焦っていた。

 25階層でウォーウルフの群れに囲まれた。3人で矢を放つが倒せたのは一匹だけだ。

 飛び込んできた一匹がシーラを突き飛ばし、頭を打ったシーラは昏倒してしまう。

 その1匹をマーベルがナイフでやっと倒したが、片腕を噛まれて戦闘不能におちいる。

 その間に私が2匹倒すが、まだ30匹以上残っている。

 私は馬鹿な賭けに妹達を巻き込んだ事を後悔していた。

 

 その時、小犬を連れた少年が現れた。よく見れば妖精もいる。少年は剣を抜き、その先からアイスランスを多数飛ばす。

 連れている小犬も従魔なのか、同じくアイスランスを飛ばしている。

 あっという間にウォーウルフは半減する。

 少年が残りの群れに飛び込み、舞うが如き剣技でウルフを倒してゆく。

 少年が現れてからウルフが消えるのにかかった時間は1時間にも感じだが、おそらく5分も経っていないだろう。

 少年と小犬はこちらに近づいてきて、ジップとクロエだと名乗り、そのあと何故か小犬が治癒魔法をかけてくれた。


 少年に実力相応の20階層より上に戻れと言われたが、我々は病気の母のために強くならなければならない。

 キリマンジユ山にのぼるだけの力をつけなければならないのだと言って断った。

 今にして思うが、心の卑しい私は、他人の我々を無償で助けてくれたような親切な彼が、一緒についていってやろうとか言うのを期待していたのかもしれない。

 そうでなければ戻らないなんて言葉が出てくるはずもない。

 戻っても何も解決しないが、戻らなくても何も解決しないのだ。


 暫く私を見ていた少年は私達に問うた。


 「力が欲しいか?」


 思わず頷く私達。少年は続ける。


 「ではくれてやろう」


 少年がどこからか剣を出して私達に持たせ、構えてみろという。

 言われたようにすると、少年が私達の前で剣を構える。

 なんと言う威圧感。これが子供か?膝が震え油汗が流れる。気を失いそうだ。


 少年の姿が霞んだと思った瞬間、私の意識は刈り取られていた。


 次に目覚めた時、私達はそれぞれ肩まで服を降ろされ木に縛り付けられていた。首も頭も固定され、瞼も閉じられないように何かで固定されている。

 目の前に少年が抜身を下げて立っている。

その目に映っているのは、虚無。どう見ても人ではない。そこにいるのは死そのものだ。

 少年が刀を振る。肌が切れ、今私は殺されたのを理解する。

 妹達も同じ事をされている。臭いから失禁したのが分かるが、解放しては貰えない。

 ズタズタにされて治癒魔法をかけられまた斬られる。時々目が乾かないように目に水をさされる。

 夜になると水を飲まされ、目を閉じる事を許されたが、次の日も同じ事をされる。

 気を失ったり、疲労で倒れたらしないように何かの薬を使われているのか、ひたすら斬られて殺され続ける。

 あまりの殺気に気を失うことすら許されないのかもしれない。


 3日目に解放された時、私達は生きながら死んでいる、ハポン人の言うところの戦人となっていた。

 風呂に入れられ、汚れを落とされたが、今のできたのは心構えで、修行はこれからだと言われる。

 これからは剣だけで戦うからと言われ弓は取り上げられた。

 修行の師であるから、これからはジップ師匠と呼ぶことにする。

 

 構え方と剣の振り方だけ教えられてダンジョンの中を進む。

 私達3人で前衛を務め、師匠が後から付いてくる。魔物が襲ってくると私達だけで戦わされる。

 死ぬ寸前まで戦い、いよいよダメだとなると師匠が介入する。

 治癒魔法で治されてまた進む。その時に多少剣の型を直されたり、振り方を教えてもらうがそれだけだ。

 強くしてやると約束した以上、強くしてやる。その代わり逃げたり動けなくなったら殺すと言われているので言う通りにするしかない。本気だと思う。

 ただ、食事は村育ちの私達は食べた事も無い、豪華で美味い物が与えられた。


 

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