第46話 ハンメル2
ジップが私の方を見る。仕方ない。お前は優しい子だから。私は頷く。
ジップがエルフたちに聞く。
「力が欲しいか?」
彼等は頷く
「ではくれてやろう」
「ねぇチャウ、悪魔契約が成立したわ」
『成立したわ』
「微妙な感違いがある気がするけど」
『あるけどもう駄目よ。自分で選んだのだから』
「手遅れよね」
『手遅れよ』
弓のサブウェポンとして使うのに、まず短剣はいただけない。
達人であれば短剣でも魔物を倒すのに問題無い。
だが素人ではリーチのある長剣の方が対魔物戦においては圧倒的に有利だ。
私達はハポンの刀を使うので、それ以外のドロップ品の剣などはワトソン商会に卸しているが、なんだかんだで、使わない剣が常に10本くらいマジックバッグに入っている。
彼等には、軽いしミスリルの剣が良いだろう。
剣を渡して構えさせる。弓の名手だけあって腰はしっかりしているし、体幹も真っ直ぐで悪くない。
だが、ジップが正面に立って構えると3人ともいきなり腰が引ける。殺気を少し込めると膝が震えている。
近距離で敵に対峙する気力が足りないのだ。
楊生真陰流には効果的な気力の鍛錬方がある。
これをやって気力を鍛えた方が圧倒的に後の伸びが違う。
私が満月の日しか人に戻れないのに目録になれたのはこれをやったからだと思っている。
ジップがエルフ達に近づいて当て身をする。
彼等は何が起こったのかわからないまま気を失う。
彼らの服を肩まではだけて木に縛りつける。
首も固定して、舌を噛んだり声をあげられないように猿轡をして、目をつぶれないように瞼と頭を固定する。
頭から水を掛けると蘇生したので、ジップが刀で顔を切り刻む。
目を傷つけず、傷も顔の凹凸に合わせて、薄い血の筋がつくギリギリを見切って切るのだ。
正直言って、ジップの太刀筋は素晴らしい。見ていて惚れ惚れする。
ぼろぼろに傷ついた顔をヒールで治してまた切り刻む。
これは、シンで家に来訪した泥棒君達にやった事と同じである。
楊生の師匠達は、うまく乗りきれれば長足の進歩を遂げるが、失敗すると精神をやられ、最悪廃人だと言っていた。
泥棒君達は、廃人にこそならなかったが、心がちょっと弱かったようで人を怖がったり、ちょっとした音で震えが止まらないようになった。
まぁ、二度と他人の家に盗みや強盗に入ったりする気は無くなったろうから、牢に入るより遥かに効率よく矯正できたと言う事で良かったと思っている。
エルフ達は母親の為に強くならないといけないと言っていたからきっと耐えてくれるだろう。
ウォーウルフやジャイアントグリズリーがいつ襲って来るかもしれない森の中で、縛られたまま斬りつけられ続けるという3日間の修行に、彼らは色々な所から色々な物を垂れ流しながら良く耐えた。
実際に襲ってきた魔物はジップが斬り倒したのだが、胆力をつけるために、ギリギリの所で斬り倒す。何度も死んだ気がしただろう。
そして3日後、彼等の心と顔はすっかり戦人になっていた。
生に対する執着を捨て、冥府魔道に踏み込んだ者の顔になっていたのだ。
心はできたが、剣が上手くなった訳ではない。剣技はこれから学ぶのだ。
弓を取り上げ、剣一本のみを腰に差し、先頭に立たせてダンジョンの攻略を進める。
魔物と戦い続けながら先に進み、生死のギリギリの狭間を見極めさせる。
流石に死にそうな時はジップが介入して死ぬ寸前で助けるが、無傷で助かる訳ではない。
28階層でデュラハンの部隊と死闘を繰り広げ
30階層の階層主、魔法も効かず脂で刃が滑って太刀筋が少しでも狂うと傷も付けられない、巨大なG、デスコックローチを倒した時には、剣に魔力を乗せる技を習得したのであった。
ドロップ品は炎の弓だった。
彼等は、寝る場所こそ自分達の持参したテントだが、風呂もトイレも私達の小屋を使えたし、食事は訓練中の兵士にとって充分な量が与えられた。
もちろん私達のコレクションを惜しまず放出したのと、味王ジップが腕をふるったので、味は極上。
毎回、貪るように食べている。厳しいだけでは力は伸びないからね。
Gとの戦いで彼等のミスリルの剣がダメになった。
あと残っているのは両刃の大剣が何本かと、魔剣の類である。
大剣だとかなり戦い方を変えねばならないし、ジップはアモンに教わり、大剣も使いこなすが人に指導できる領域には達してない。
あと数年して身体がもう少し大きくならないと大剣を自由自在に振り回すにはバランスが悪いのだ。筋力があれば良いと言うわけではない。
魔剣は未熟な者が使うとそれに頼ってしまい、技量が伸びなくなってしまうし、そもそも彼らが目指しているのは魔剣士ではない。
剣に頼った戦い方は、剣を失うと命まで失ったしまう。
可愛い弟子達である。ハポンで手に入れた数々の刀のコレクションからかれらの身体に合った物を選んで渡す。
ハポンの刀は特殊な魔鋼にオリハルコンやヒヒイロガネを混ぜ込み更に魔力を注ぎ込みながら鍛える。
いわゆる魔鋼剣の一種だが、ミスリルの剣程度なら簡単に断ち切ってしまう。
ただ一般的な剣のように使っていると、上手く切れないし、すぐに駄目になってしまう。
刀に合わせた剣術が必要なのだ。だが、今の彼等なら使いこなせるはずだ。
座学と型の稽古で刀の使い方を教える。元々教えていたのが楊生真陰流なので、ちょっとした修正だ。
そして数日して復活したGをジップが彼らに渡したのと同じ一般的な刀で、一刀のもとに斬り伏せる姿を見せる。この時もドロップ品は炎の弓だったので、彼等に与えることにした。
ダンジョン踏破までにこの位は出来るようにならねばいけないので更なる修行に励むようにと告げる。
「彼等はなにを目指しているの?」
『何を目指しているのかしらね?』
その後も、33階層の砂漠で突然砂の中から出てくるワームの気配を探りながら戦ったり、35階層のマーダーアントの大群を殲滅したりしながら40階層に到着。
階層主とご対面である。ここにいたのは定番の3つ首ドラゴン。
炎、毒、氷の3種類のブレスを吐く龍を相手に危なげなく勝利したのであった。ドロップ品は光の弓。弓が多いのは住民がエルフだからなのか?
一応目的達成と言う事で、転移石を使って地上へ。現在進行形でショウ達の母親が病気で苦しんでるしね。
ダンジョンから2日位の場所にある彼らの家に向かう。
母親は熱病のようだ。高熱を発して皮膚は黒くなっている。
「マロリー熱ね」
『マロリー熱よ』
「コナナ草がよく効くわ」
『コナナ草しか効かないわ』
ハンメルに行けば売っているらしいが、金は集まった魔石を売ればなんとかなると思う。
だが本当にあるのかわからない。希少品らしいので何かの拍子に売り切れている可能性もある。
ここからハンメルまで片道5日。キリマンジユの山またもその位だ。
山に登って薬草をとってきてもプラス5日。これはハンメルでも変わらない。
山に行っても、ファウとチャウが生えている場所を知っているらしいので無駄に探さなくて済むだろう。
しばらくはこの大陸を旅する私達も、特殊な熱病の特効薬と言うのであれば手に入れておきたい。
ショウ達の母親も具合は悪そうだが、すぐにすぐ死にそうではない。
私達はキリマンジユに向かう事にした。
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