第43話 シレーヌ
アイスドラゴンを勇者に片付けられてしまった私は、夢を見た。
黒き神が現れて、私に告げる。
いずれ我が大魔王を倒して人々を救済するから、その教えを広めよと。
そして、間も無く国の南の大森林で魔物の大発生が起きるから、神の意を受けた巫女して私がそれを防ぐのだと。
目が覚めた時、私は私を巫女として選んでくれた神に感謝した。
単なる夢にしてはあまりにリアルであったし、目覚めた私の手の中には黒い指輪が握られていた。
そうだ、王になったりしなくても世界を手に入れる事は可能なのだ。
中央大陸の西側では、デルス神を祀る教会が権威と大きな権力を持っている。
時には王や貴族に命令して魔物の討伐を命じたりもする。
治癒魔法を使う者はほとんど教会の関係者だし、各種ギルドとも深い関わりを持つのだ。
東の国々では別の神が信仰されているらしいし、妖精大陸でも信仰されているのはデルス神ではない。
世界には沢山の神がいて、それぞれに信仰する人々がいるのである。
デルス神を信仰する教会には昔から広く知られた予言がある。
『遠い未来に大魔王が現れる。誰もその魔王を倒すことはできず、人々は滅びを待つばかりになる。その時、黒き神が降臨して大魔王を滅ぼして信仰厚き人々を救うだろう』
と言うものだ。
そしていよいよその時が来るのだ。大魔王に備えよ。
黒き神の教えを広めて、信仰の輪を広げよ。さすれば人々は救われるだろう。
私は父と兄の所に行き、神のお告げを伝える。
2人ともそれを信じず動かなかった。その為南の森の魔物の大発生を防ぐことができなかった。
あいにく勇者も近くにいなかったため、人々の被害は大きくなった。
最終的に国軍が投入されたが、死傷した騎士や兵も多く、私の伝えたお告げを聞いていた者も多かった為、結果的に私の権威が上がった。
黒い指輪をしていると私は神の言葉が聞こえるようになった。
ワイバーンの群れに襲われる村があるとか、疫病が流行るとか、お告げが的中するにしたがって人々が私の周りに集まり始めた。
黒き神の教団が組織され、人とお金が集まり、国王すら私を無視できなくなるまでに、さほどの時間はかからなかった。
私タンムーズは計画が上手くいったので、満足していた。
アイスドラゴンを暴れさせて、シレーヌに討伐させるという案は、勇者によって阻まれてしまったが、よく考えるとそれ程良い案ではなかった気がする。
人の心はうつろいやすく、忘れっぽいもの。勇者のように次々と大物を討伐し続けなければ、シレーヌの功績などすぐに忘れられてしまうだろう。
討伐し損ねて、うっかりシレーヌが死にでもしたら元の木阿弥である。
そして考えついたのが、シレーヌを巫女としてトマス様を信仰する教団を作る事だった。
幸いデルス神の教えには黒き神の予言がある。
黒き神トマスを信仰する人間が増えれば、その祈りの力は封印を解く一助にもなるだろう。
そして集まった信者達を使って戦争を起こして魂を集めても良いし、信者達の魂を贄にして、トマス様の封印を解いても良い。
シレーヌに来るべき未来を教えるのではない。教えた未来に合わせて魔物を誘導したり、疫病を流行らせるのである。
何回かそれをすれば、後は簡単だ。適当なお告げを行い、それを防ぐ為に皆で祈るのだと言う。
当然何も起きないので、祈りが通じたと言えば信者は増える。
集まった沢山の信者の中には教団組織を運営する術に優れた者も、金を集める術に優れた者もいるはずだ。
あっという間に教団は拡大するはずだ。
どうして今までこんな簡単な事に気づかなかったのだろうかと思う。
兄は私の行動に眉をひそめているが、父王は何も考えていない気がする。
国庫の金は一切使っていないし、王家の権威を否定している訳ではないのだから。
しかも黒き神の存在はデルス神の予言にもあり、決して怪しい神ではない。
予言の中の神であった為に、信仰の対象にならなかっただけだ。わたしの行為に教会も異端の烙印を押す事はできない。
デルス神を否定してるわけではは無いし、ただ神のお告げ通りの災厄が起きないように祈っているだけなのだから。
だが、念の為賄賂を贈って教会の分派の下部組織として上納金を納める事にした。
「サザール枢機卿が、姫巫女様を晩餐に招待したいと言ってきておりますがいかがいたしましょう?」
私に問うのは教団長のルシアスだ。早くから私に心酔していて身近につ仕える男である。
「教団に集まっているお金が欲しいのでしょう。私を傘下に置けば、近い将来の教皇選で
頭ひとつ抜け出せますからね」
「ただ、あの男が私を見る目が気に入りません。あの目で見られると、まるで服を一枚一枚脱がされていくような気がします」
「何かと悪い噂のある男です。お告げでは、将来神を裏切り大魔王につく男なのです」
「あの男の変態趣味と性癖の証拠を調べてライバルのブランソン枢機卿に送りなさい」
「王都にあるマダムローズの娼館を見張れば証拠は掴めるはずです」
「晩餐は出席します。失脚するまではご機嫌をとって、せいぜい働いてもらいましょう」
指示を聞くとルシアス教団長は一礼して部屋を出てゆく。
彼がいなくなるとタムが現れる。
「サザールもブランソンもどっちもどっちだけど、少年や少女を責めて犯すのが趣味のサザールより、金貨を眺めるのが趣味のブランソンの方がマシよね」
「あなたのおかげで助かったわ。教えて貰わなければ、そんな男だなんてわからなかったわ」
「仕方ないわよ。高位聖職者がそんな奴だなんて誰も思わないわ」
「サザールが失脚すれば跡を継ぐのはレイ司教よ。彼はあなたに心酔しているこっちの人間だわ」
「ポルトーにいる2人の枢機卿のうち、1人は子飼いで1人は金で動くわ。そうなれば好きなように動けるから、教団の更なる拡大は確実よ」
私達の企みは続く。
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