第38話 赤き衣の人

 私の名はマリー。風の谷にあるアント村に父親と住んでいる。歳は14歳。母は私が幼い頃死んでしまっていない。

 私の住んでいるアント村とその周辺の村は5年前から山賊達に支配されている。

 領主様いるのだが、5年前に当時の領主様が殺され、跡を継いだ息子の領主様は何も言わなくなったのだ。

 辺境の更に奥地の、何も無い場所なので国もここで何が起こっていても気にしない。

 領主様に2割、山賊達に5割の税を課されて、

冬になると死者が出る。


 若い女達は、山賊のアジトは連れて行かれて慰み者にされる。そして孕んでお腹が大きくなると奴隷として売られてしまう。

 私も来月15歳になると山賊の所に行かなければならない。

 この風の谷には救世主の伝説がある。私はその救世主が現れて、村を救ってくれるように今日も神に祈る。


 その小犬を連れた男の子はフラッと村にやってきた。村でただ一軒の雑貨屋兼食堂兼宿屋である私の家に来て、個室があれば犬と一緒に二晩泊まりたいと言う。

 食事は出るなら食べるが、別料金なら要らないと。

 自分達も満足に食べられない状態で、とても泊まり客に出せるような食事は用意できないので、食事は無くて銀貨1枚と銅貨5枚と言うと、彼は金を払って部屋に向かった。


 夕方、食堂で彼は持参の食事を食べている。

どこから持ってきたのか分からないが、肉のたくさん入ったシチューの鍋とパンを小犬と分け合ってたべている。

 水を持って行った私は不覚にも腹が鳴ってしまった。

 私を見た彼は、みんなで食べた方が美味いからぜひ付き合えと言って、どこからか私の皿を出す。

 何年かぶりのまともな食事だ。涙が出てくるのを抑えるのが大変だった。

 継ぎ接ぎだらけの服を着て、どう見ても栄養失調の私を奴隷か何かと思ったのだろうか?

 まだ、かなり残っているシチューの鍋と沢山のパンをテーブルに残したまま、彼は残りは処分してくれと言って部屋に戻った。


 次の日の朝、彼は女の人と食堂に降りてくる。

 女の私でもうっとりするような気品のある美人。プロポーションも抜群に良い。

 金糸で不思議な模様を刺繍をした、白いワンピースを着ている。とても似合っていて、彼女の美しさを引き立てていると思う。

 この人と比べたら着飾った領主様の奥様でさえ下女に見えるだろう。

 2人でパンとベーコンと卵料理、スープの朝食を食べる。今回もかなりの量のパンとスープが残されていて、処分してくれと言われる。


 その後、またどこから持ってきたのかわからないが、2人で店の前の道にテーブルと椅子を出してお茶を淹れて優雅に飲み始める。

 ここでは目立つから、家の後ろの木陰で飲むように勧めるが、風が気持ち良いのでここで良いと言われる。その後、彼女は読書を始める。

 2時間ほど経った頃だろうか。道の向こうから20人程の、山賊たちの見回隊がやってくる。

 しかも今日の隊長は、副頭目のガルダだ。腹の虫の居所が悪いと、見境無くなく人を殺す。

 道の真ん中で夫を殺し、その妻を犯したこともある獣だ。

 実兄である頭目のセルジオよりはマシだという噂ではあるが。

 

 馬に乗ってやってきたガルダは女性に気づき嫌らしい下品な笑いを浮かべる。

 馬を降りて女性に近づき話しかける。

 私は怖くて店の扉の後ろに隠れて見ていたので、話の内容はわからない。

 女性は首を振り、ガルダが女性の胸を掴もうと手を出す。

 胸を掴んだかと思ったら、ガルダの手首が落ちて、ガルダが道に吹っ飛ぶ。椅子に座っていたはずの男の子がいつの間にか女性の横にいる。

 一瞬何が起こったかわからないのか、盗賊達は固まっていたが、一斉に剣を抜き2人に切りかかる。


 勝負は一瞬で着いた。勝負にもなっていない。一方的な殲滅だ。

 気がつくと盗賊はガルダを除いて皆斃れている。ガルダは両方の手首を落とされ、傷口を火の魔法で焼かれている。

 女性が何かを聞き、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔で答えている。

 何か気に触る事でも言ったのだろうか。

耳を落とされた。女性の手には短刀が握られている。


 女性と男の子はガルダの首に縄をかけて歩かせ、馬に乗って後をついて山の方に向かう。まさかアジトに向かっているんじゃ。

あそこにはまだ120人はいるはずだ。やめるように言おうとしたが、わたしは腰が抜けて動けなかった。


 その村に来たのは全く偶然だった。緑色の温泉があると聞いてジップと入りに来て、調子にのって長湯して私が湯当たりを起こしたのだ。

 誰も居ない天然の露天風呂だったので、いつもの桶でなく、2人で入ってたのが気持ちよくて油断した。

 私を懐に入れ、ジップは帰ろうとしたのだが、私が道を教えられないので、当然のことながら道に迷って、たまたまその村に出た。

 満月の前日だったので、村で過ごすことにした。人の私は長時間歩くのは苦手だ。


 村でただ一軒の宿屋に泊まるが、なんというかとにかく貧しい。畑を見ると収穫は悪くなさそうだが、何故だろう。

 宿の女の子が腹を空かせていたようで、それを見たジップが食事を分け与えていた。

 次の日、朝食の後宿の前にテーブルと椅子を出してティータイム。

  春先で、暑く無く寒くなく風がとても良い。

そう言えばこの場所の名前は風の谷というらしい。

 家の裏の木陰に場所を移すように勧められたが、この気持ち良い風は捨てがたい。

 それに今日は何か予感がする。本能がここに居たいというなら、ここに居た方が良いだろう。


 道の向こうから血の匂いのする集団が馬に乗ってやってくる。皆頭の悪そうな顔をしている。

 私を見てリーダー格の男がやってくる。そうだろう。私は美人だし、しかも今日の服は珍しく白。いつも黒なので、偶にはイメチェンという事で前に町で買っておいた物だ。

 朝、ジップにどう?と聞くととっても綺麗で素敵だと言う。ジップは私に嘘をつかない。

 綺麗だと言えば心からそう思って言っている。


 リーダーの男は、これから一緒に来て酒の酌をしろと言う。そうすれば自分以外の男に抱かせないで俺の女にしてやると。

 あいにく男は間にあっているから、結構だと答えると、こんな身体をしているのにもったいないじゃないかと言って私の胸に手を伸ばす。

 店の前で首を斬りおとすと、血が沢山出るから迷惑かなと思った瞬間、ジップが男の手首を切り落として蹴り飛ばしていた。

 ジップは私を侮辱するやつを許さない。

 首を斬り落とさなかったのは私と同じ理由だろう。


 残りの男達が剣を抜いて斬りかかってくる。

 道をあまり汚さないようにとジップに声をかけて小太刀で顎の下から脳髄を突き通す。これならあまり血が出ない。

 ジップも延髄を刺したり、目から刀を突き入れたりと同じような戦い方で斃してゆく。

 最初に手首を落として蹴り飛ばした男はもう片方の手首を落として生かしておいた。

 仲間がいないか聞くためである。別に恐くは無いが、あとあと追われるのも面倒だ。


 男はガルダと言い、この辺りを根城にする山賊の一味の副頭目だそうだ。すぐに降伏しないと仲間がお前たちを殺しにくる。お前なんか、

 股が擦り切れるまで慰み者になるとか言う。

まだ元気が余っているようなので耳を切り落とすと静かになった。

 首に縄をかけて歩かせる。アジトが見えるところまで来て、大声を出そうとしたのか、息を思い切り吸い込んだので、ジップが槍で延髄を貫いて静かにさせた。


 最初からこいつらの存在を知っていれば、夜陰に紛れて仕置きができたが、今更言っても仕方ない。大陸の西には大きな盗賊団などはいないと思い込んでいたこちらの失態だ。

 さっきの事件も大勢の村人が知っている。

領主が出てくるのも時間の問題だろう。

 さっさと片付けて、罰金を徴収しなければならない。表に出てしまったので、半分くらいは残さなければならないだろうが、手間賃くらいは貰いたい。


 アジトの防壁を爆裂魔法で破壊する。ジップが刀から、連続でいく筋ものアイスランスを飛ばし上から中の人間を串刺しにする。

 2人でアジトに飛び込み片っ端から切り伏せる。終わる頃には流石に私の服は返り血で真っ赤になっていた。

 いつもの手順でまずお宝の取り分を確保。囚われていた女達を解放してヒールで治療。

 残りの財宝と備蓄されていた物資を砦の馬車に積み女達に持たせてアント村に向かう。

 ちょっと離れた所から、アジトを極炎魔法で山賊達の死体ごと焼き尽くす。

 沢山の死体を放置しておくと魔物が集まるし、証拠隠滅はこの商売の基本だ。


 

 宿に戻って、風呂の準備を頼む。薪が無いというので、浴槽だけあれば構わないと言って銀貨1枚をわたす。

今日はどんなに大量の湯だって自由自在だ。


 白い服も軽く洗って血を流し、クリーン魔法で完全にきれいにして風魔法で乾かす。

 せっかくジップに褒めてもらったのに半日しか着れなかった。

 今度は山賊団や、盗賊団のいない町の中で着よう。


 片手間仕事と考えれば悪くなかった。ジップが、


『老中の命により悪行を行う輩を成敗致した。ゆめゆめ悪徳領主になるなかれ。我らは常に貴殿の後ろにいる。闇打ち同心』


という手紙を書いている。領主の枕元に置いてくるらしい。


 夕方女の人と男の子が山賊に攫われた人達を連れて帰ってきた。女の人の服は返り血で真っ赤に染まっていた。

 浴槽を貸して欲しい。洗濯もしたいと言われて銀貨1枚をもらう。

 湯を準備出来ないと言うと構わないと言われた。

 何事も無かったように夕飯と翌日の朝食を食べ、次の日の朝彼は出てゆく。

 彼はと言ったのは綺麗な女の人はいなくなり、うちを出て行ったのは、男の子と小犬だけだったからだ。

 助け出された人達の話では、山賊は皆殺しにされていたようだ。

アジトは女の人が杖をかざして呪文を唱えると地獄の業火に包まれたという。

 その後、領主様にその事を報告すると財宝や物資は村々の復興と被害に会った人達の補償に使って構わない。ただ、秋の税は昔通り4割を納めるようにと言われた。


 あれから数年たって風の谷は、栄えてこそいないが、元の平穏を取り戻しつつある。

 そして私はあの時私達を救ってくれたあの女性こそ、伝説の救世主だったのだと思っている。


風の谷の伝説は伝える。


 『その者、赤き衣をまといて血まみれの大地に降り立つべし。

 失われし平穏を取り戻し、悪しき人々を地獄の業火に導かん』

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