第36話 闇の森
ブランカに闇の森と呼ばれる場所がある。古くから不死の吸血鬼が住み着いていて伯爵を名乗り、あたりの人間を襲って吸血鬼にしたり、財宝を奪ったりして、それを溜め込んでいるという。
湯治に飽きてきた頃、旅の行商人からその話を聞いた私達はその伯爵に天誅を加える事にした。
不当蓄財をしている悪い奴には、天に代わって天誅を加える必要がある。
不当蓄財をしていない悪人を処罰するのは、領主や王の仕事だ。
ジップが破れ傘の外科医の出番が無いから、是非それで行きたいと言ったが、私は彼の思い違いを指摘してやはり闇討ち同心で行くべきだろうと言う。
私達はどちらも外科医では無いし、その知識すら無い。破れ傘も持ってないし、吸血鬼討伐にブラックジャックが効くかどうか未知数だ。 そして何より相手が人間じゃ無いから、『てめえら、人間じゃあねえ』の決め台詞が合わないではないか。
私の説得にジップは得心し、更なる協議の結果、闇討ち人で行く事になった。何事も様式というのは大事である。
いつものように2人で、てくてく歩く。犬の時は歩いているだけで心がウキウキするのは何故だろう。
今回も当然、途中の町のギルドに顔を出して依頼を受けながら進む。
だって闇討ち人は表の稼業を持ってなきゃいけないのは常識である。
サルサという村に来たとき、先日の大きな嵐の後、村の湖に大蛇が住み着いて漁ができなくなってしまった。
困っているのでそれを討伐して欲しいという依頼を受けた。
湖に住み着く龍というドラゴンの話はハポンやシンで聞いた事があるが、大蛇と言うのは聞いたことが無い。
大蛇か住み着くのは洞窟だろうと思いながら湖に行く。
水は綺麗だし、深さもありそうだが、感覚的には直径200m程の、湖と言うより沼といった感じである。
石を投げたりしてみたが、姿を表す気配はない。魔物なら子供と小犬だけで岸辺にいれば襲ってきそうな物だが。
仕方ないので周りの林で木を切り倒し、何本か丸太を作ってそれを投げ込んだ。
派手に音をたてると湖の底から何かが上がってくる。
湖面に顔を出すこともなくまた潜ろうとする気配を見せたので、ジップが剣先から雷を出して落とすと妙に短い蛇が浮いてくる。
20m位ある大鰻である。村人は蛇だと思い込んで確認しなかったらしい。
これなら、討伐依頼など出さなくても良かったのに。まぁ私達のせいじゃ無い。
先日の嵐で増水した川の水と一緒に流れ込んだのだろう。
とは言えこれで金貨2枚を貰うのは何となく後味が悪い。
で、思い出した。この辺りは小麦だけでなく、米も作っている。味ではハポンの米にはとても及ばないが、不味いというほどでも無い。
この湖に向かう時に通った小川には野生のわさびがあった。醤油、砂糖、みりんなども充分持っている。
あれをやるしかあるまい。我にジップあり。
引き上げた鰻をバッグにしまって村に戻る。
村長に討伐終了を報告して、何人か人を出してもらう。
村の広場で鰻をウォータでよく洗ったあとさばく。血には毒があるから要注意。
肉を削いだ骨と切り分けた頭などを焼いてそれを酒と水で煮込み、醤油やみりん、砂糖でタレを作る。本当は焼いた鰻を何度も浸して熟成させると美味いタレができるのだが、時間が無い。熟成中の物も持っているが村人全員分には全然足りない。
米を大釜で炊き、急遽作った木と竹の蒸し器で鰻を蒸す。
蒸し終わった鰻を焼き始めると人が集まって来た。蒲焼を食べた事が無い人でもあの匂いに引き寄せられるらしい。
ハポンの人達は大鰻は大味でイマイチだと言っていたが、シンの人達は揚げて甘酢をかけて普通に食べていた。
湖が澄んでいたので泥臭くも無い。味見してみると結構いける。
手伝ってくれている人達が味見をかねて食べ始めると、食わせろという人達が列を作る。
白焼きを作って塩を振り、わさびを添えると酒を持ってくるやつもいて宴会になった。
味変でひつまぶし的な物も作ったがこれも好評。宴は夜まで続く。
次の日村長に別れを告げに行くと、金貨5枚を渡されて昨日の料理を教えて欲しいと言われた。
実はこちらでもいつか醤油や味噌、ハポン酒を作ろうと乾燥麹を持ち帰っている。大豆も酵母もあるし、いつか作ろうでは永遠に作れないかもしれない。
急遽ハポンの発酵食品研究会を開催。ハポン米も俵で持っているので、来年これの植え付け
を指導する。米はこの辺りでもあるという意見が上がったが、改めて普通の鰻とハポン米、熟成中のタレで作った鰻丼を食べさせたら納得した。
川の近く何ヶ所かの畑で水田を使った稲作を教える。うまくできれば収穫量が増え連作障害がほぼ無くなることを教える。
この辺りで作っていたのは長粒種の陸稲だ。
話が大きくなってきて、村営の醸造会社を作る事になり、私達もそれに出資したのだった。
半年この村に滞在して、ハポン料理を教え、わさびの栽培法を教え、ハポンわさびを100本ばかり譲り、何をしにこの地に来たのかすっかり忘れかけた頃、最初の醤油、酒、味噌などの仕込みが終わり、改めて吸血鬼討伐に出発したのであった。
後にこの村の料理や調味料、食材は大陸西側の料理界に大きな影響を与えることななる。
村は発展して町になり、ハポンに研修の為留学生を送るまでになった。
別に予定がある訳じゃ無いけど、だいぶ寄り道になってしまった。でも美味しい醤油や味噌が作られるようになれば嬉しい。
闇の森に近づくにつれ、吸血鬼の話を聞くことが多くなった。人は夜に出歩かなくなり、闇に怯えるようになっている。
移住すれば良いのにというのは短絡的である。住みにくいけど、故郷を捨てなければならない程という状態なのである。
故郷を捨てても当てが無ければ、このまま怯えながらも住み続けるしかない。世の中は流浪の民に優しくない。
私達は積極的に夜に出歩き、寄ってきた吸血鬼を始末して回った。
不死身性があると言っても、魔力を纏わせた刀で五寸刻みにバラバラにすれば消滅する。
どうも集団で襲うという習性が無いのか、頭が無いのか複数で出現しても、一匹ずつ襲ってくるので対応は楽だった。
我は闇の森の王、ノラクール・ド・ツェペル伯爵。齢1000年を数える吸血鬼である。
はるか昔、この地に住む先代の王に吸血鬼にされ、先代を殺して我が王になった。
王になったと言っても、民は我が配下にした吸血鬼のみである。はっきり言って知性は犬以下。大臣も役人も居ないワンマン・キングである。
する事も無いので、近隣の住民を吸血鬼に変え財宝を溜め込んだ。吸血鬼に物を売ってくれる人間はいないので、使う事はできないが、王たるもの金銀財宝くらいは持ってないと様にならない。
一口に1000年と言うが、苦労が無かった訳ではない。悪目立ちして勇者に討伐されてしまうかも知らないし、昼間の寝ている時はほぼ無力だ。1000年のうち半分は子供にも殺されてしまう弱い存在だったのだ。
だが、ここ100年くらいは魔力が上がったのか、昼間も起きていられるようになったし、日光の下でも短時間なら活動できるようになった。力や魔法の威力も格段に強くなったのだ。
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