第34話 勇者5

 待ち合わせ場所に現れたジップから薄めのリュックサックを持たされた。マジックバッグになっていて、野営道具が入っていると言う。

 バッグはダンジョン攻略が終わったらおれにくれるので大事に扱えと言われた。邪魔になる大きさでは無いし、動きの妨げにもならないので問題ない。

 ジップも同じようなバッグを背負っているし、小犬も小さなバッグを背負っている。

 同じパーティって感じで良いじゃないか。俺たちはダンジョンに入った。


 ジップは12歳になったと言っていたが、とんでもなく強くなっている。別れて以来どこで何をしていたのだろう。

 パルムのダンジョンの報酬?で大陸の東に飛ばされて旅をしていたと言ってたが、旅をしていただけであんなに強くてなるはずがない。

 俺が12歳の時より間違いなく強い。いや、17歳の俺でも敵うまい。

 対人戦なら今の俺と五分かもしれない。

 12歳の子供から漏れ出しているのは間違いなく強者のオーラ。抑えているらしく、勇者の俺レベルでなければ感じ取れないだろうが只者では無い。

 ただ、その目配りや体捌きは対魔王や対魔物戦に特化した勇者の物では無く、対人戦に特化した歴戦の兵士や剣士の物だ。

 東の国々では魔物が少なく、国同士の戦争も度々起きているらしいから、そこで戦闘技術を磨いていたならこうなる事も納得である。

 

 最初の野営の時、俺の背負っていたバッグから家が出た。

 それを見た俺は口を開けて惚けていたに違いない。

 ダンジョンは基本雨が降る事は少ない。雨や雪の降る階層もあるといった話である。

 野営にテントなどを持ち込む者は、男女混合のパーティだけである。

 俺は勇者として国から貸与された物と、ジップのおかげで、大容量の個人使用のマジックバッグを持っているが、そんな恵まれた冒険者は

滅多にいない。皆背負える荷物だけでダンジョンに挑むのだ。

 深層に挑むパーティはサポート隊も付けて大人数と言うのが相場だ。

 バッグ持ちだから2人と1匹で潜った訳だが、まさか結界や障壁付きの家を持ち込むとか信じられん。

 

 信じられない事はまだまだ続く。昼は簡単な食事だったが、夜は料理店の様な食事がテーブルに並ぶ。

 それを片付けると寝台が壁から現れる。風呂にも入れるし、トイレも完璧。

 ダンジョン攻略はどれだけ耐えられるかで決まるとか言ったのは誰だ。

 朝仕事に出かけ、魔物を倒して魔石を拾い、夕方家に帰るような生活を繰り返し、果たして自分が冒険者なのか疑い始めた頃50階層に達した。


 転移石で地上に戻り3日間の休息。消耗品の仕入れをして再び潜る。

 ある日また俺が惚ける事件が起きた。明日の朝びっくりするなとジップに言われて起きた朝、家にあの美女がいた。

 ジップの姉か母親か。見た目は20代半ば。5年前にちらっと見たときと変わらない。

思えば、あれは俺の初恋だった。

 この人がいたから魔女達の魔の手から逃げられた気がする。

 思わずプロポーズして断られた。せめて貴女のおかげで魔女の手から逃れられましたと伝えなければ。

 私も魔女よと言ってたが、そんな筈はない。少し黒いオーラが漏れていたが気のせいに違いない。


 女性の名はクロエ。魔法の事故で犬になってしまい、満月の日だけ人に戻れるらしい。

魔法を解除する方法を探してジップと旅をしていると言う。

 今日ほど勇者の星の元に生まれた事を悔やんだ事はない。

 そうでなければ俺だってジップのようにバディと呼ばれる関係になれたかもしれないのに。

 ため息と共に漏れた言葉は


 「良いなぁ、俺もお前みたいに飼われたい」


 だった。誰にも聴かれなくて良かった。

 

 60階層の階層主がロックドラゴンの変異体だった。ロックドラゴンとは言うが、形はトカゲかドラゴンだがこいつはゴーレムの一種だと思う。

 しかし変異体はドラゴンの様に口からブレスを吐き、どういう方法だか岩のくせに空を飛ぶ。

 天井があるため飛べる範囲は限られているが、なかなか厄介である。

 俺の剣でも切れないし、炎や氷も効果がない。光魔法の大魔法、グランドトレントでも使うかと考えていたところ、ジップがマジックバッグから一本の剣を出して抜き、摺り足でドラゴンに近づく。

 クロエ様が光の球をドラゴンに飛ばし、ドラゴンがそれに気を取られた時、一瞬ジップの剣が揺れたと思ったらドラゴンがバラバラになった。

 

 俺の目でも見えなかった。やっぱりこいつは怖い奴だ。まさかとは思うが、こいつが魔王なのか?

 友達で良かった。


 その後も蛇のやたら多い密林とか、只々広い砂漠が続き時々ワームがこんにちわをしてくる階層とかを超えて70階層の主、三つ目の大猿と対決する。

 魔法耐性が強く、大きな棍棒と強大な筋肉を武器とするパワーファイターだ。60階層ではクロエ様に良いところを見せられなかったので、今度はなんとかしなければいけない。

 振り回される棍棒の音が尋常じゃない。剣でまともに受けるのは気が進まない。あんな勢いで振り回していれば疲れそうだが、相手は魔物。期待はできない。

 剣を構えていた手を下げて体の力を抜く。俺が諦めたと思ったのか棍棒を両手で持って振り上げる。

 振り上げた棍棒を振り下ろす動作に変える時の、筋肉が止まった一瞬に、勇者魔法縮地を使って大猿の懐に入る。

 これで棍棒を当てる事はできなくなり、改めて後ろに身を引くか、脚を使うしか無くなる。

 棍棒を振り上げた常態て、足を使おうとすればバランスを崩して転ぶ可能性が高くなるから、当然後ろに下がろうとする。

 だが俺はそれを許さず、大猿を股間から斬りあげる。

 勝負は一瞬でつき、大猿は光の粒子となって消えてゆく。


 このダンジョンのドロップ品は今までミスリルの塊とか、オリハルコンの塊とか、箱いっぱいの金貨とか金目の物が多く、旅の資金集めも目的のひとつだった俺としてはありがたかったのだが、これぞドロップ品みたいな他で手に入り難いような物は出なかった。

 ジップによれば、欲しい物が出やすくなる護符を持っているので、そのせいではないかという事だったが、今回は古い本だった。天気の予測について古代文字で書かれた本のようだ。

 ジップがクロエ師匠が集めている本だよというので、クロエ様に渡すことにした。

 本にも天気にも興味はないので、クロエ様が集めているなら是非もらって貰いたい。


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