第33話 リヨン大ダンジョン

 街道に魔物は出るが、シンやアサムのような大盗賊団や、悪の教団、悪徳領主がこちらにはいない。

 せいぜい悪い役人がいるくらいである。これでは正義の外科医も闇討ち人も出番がない。

 どうりでハポンに行くまで、その手の話を聞いたことが無かったはずだ。

 美味しい仕事を見つけたと思っていたが、世の中は中々上手い具合にはゆかない。

 まぁ、数百年は遊んで暮らせるくらいの財産は持っているし、調味料が尽きたらアサムあたりに仕入れがてら出稼ぎに行っても良い。


 いつも通り依頼をこなしながら、リヨンに向かう。

 途中、ハーピーの大群と戦ったとき、ジップは沢山の火炎弾を拡散させて撃つ技を開発した。

 気を良くして、今は剣の先からヒールを放てないか練習しているが、なんとも言えない気持ちの悪い光が出て対象がドロドロに溶ける。

 私が怪我をして死にかけていても、絶対かけないように念押しした。とどめを刺されたのではたまらない。

 

 リヨンに着くと、勇者アモンが来ているとの事で町は盛り上がっていた。

 パレードがあるとかで見にゆく。何年かぶりに見るアモンはすっかり青年になっていた。

 体つきもすっかり戦士になっている。相変わらずイケメンで白い歯を見せて笑う好青年だ。

 向こうから気付いて声をかけてくる。槍を持った犬連れの子供の冒険者は珍しい。というかジップだけだろう。


 夜になってアモンが訪ねてくる。ダンジョンに潜るのかと聞かれて、そうだと答えると一緒に踏破階層の更新に挑戦しないかと誘われる。

 現在、特に討伐しなければならない対象もいないので、旅の資金調達も兼ねて、数ヶ月かけて最深部を目指し記録更新を狙うという。

 勇者であっても冒険者である以上、ここは一度は潜ってみたいのだが、勇者の能力を持ってしても記録更新を目指すとなると、流石に1人では心許ない。

 是非一緒にやりたいという。


 確か、女性3人とパーティを組んでいたはず。

 最後に別れたとき、死ねば良いのにとか、誰か殺してくれないかとか物騒な事を言っていた。

 女達の話は、全く出ない。あれから更に拗れているようだ。ちなみに闇討ち人はこの手の問題には手を出さない。

 子供と小犬だから男女の心の機微とかはよくわからないのだ。


 アモンと組むことにはしたが、前と変わってなければ力押しのゴリゴリで、ダンジョン内での食事もあまり気にしない。水を出すくらいの魔法は使えるので、硬いビスケットと干し肉を齧っていれば問題無し。

 夜はセイフティエリアで毛布を被って寝るだけで、万が一、敵が来た時は気配で目が覚めるからダイジョーブ。

 1週間もすれば、男の臭いで鼻が曲がるという、勇者のチート能力に頼った、およそ快適さとは無縁な攻略だった。

 本人に言わせると、女達の嫌がる下品な男を演じているうちに、そうなってしまったらしい。

 今日のワイルドな感じでは更に磨きがかかっている気がする。

 潜る前に潔斎のため身体の毒を出しておきたいから7日後に出発しよう。ジップお前も何年かしたら連れて行ってやるからとか言ってたし。


 アモンはそれで良くても、こっちはそうはいかない。犬の私は鼻が良い。男性ホルモンムンムンの臭い男と居たくない。

 風呂は外せないし、トイレも野○ソなんて真平だ。

 私達の野営小屋は3人で寝るにはいささか狭いので、至急なんとかしなければいけない。

 大工を何人か雇って、大至急で小さな寝室、折りたたみの寝台の3つ付いたストーブコンロ付きの食堂、風呂とトイレの付いた小屋を作らせた。今回は時間が無いのであまり細かい造形などにはこだわらない。機能優先である。

 流石に4軒目なので設計は問題無い。無駄のない物ができた。

 魔法陣を描きこみ、私が人に戻った時に魔法をかけ、浄化システムを組み込む。

 食料や飲み物、スープや料理、パンを料理屋で頼んで用意する。ハポン料理やシンの料理、アサムのカリなども大量にあるので心配無い。

 伝説の味王ジップもいるので、食材も用意する。

 携行食もパルムで商会と商品開発を行った時、試作を兼ねて色々なものを沢山作ったから問題ない。

 勇者は回復系魔法の名手だからポーション類は今のままで充分だ。

 ダンジョン豪華攻略旅行の準備は完了した。

明日はいよいよ出発である。


 ここは各階層が広い上に、転移石も20階層、50階層、75階層、100階層の4箇所しか確認されていないので、ダンジョン内での野営無しには攻略できない。

 訪れる冒険者も多く、30階層の広いセイフティエリアにはギルドが店を出している。

 内部構造が変わっても、潜っている人間が巻き込まれて消えるような事は無く、突然知らない所に移動するだけである。うまくできていて湖の中とかに移動する事は無いようだ。

 魔物も一瞬消えるらしく、戦っていた場合、相手がいなくなる。 

 階段やセイフティエリアはそれごと移動するためそこにいて巻き込まれても、そこに出現する。

 ギルドの店も場所は変わるが、消えたりすることは無いのだ。

 ギルドの専属冒険者がマジックバッグで食料、ポーション、雑貨などを運び、ダンジョン価格で売られている。聖魔法や光魔法を使える魔術師も常駐しており、金を出せば治療も受けられる。

 50階層より下に潜れる冒険者パーティはごく一部である。一般冒険者は40階層くらいまでしか潜れないので結構重宝されている。


 私達は冒険者としてはかなり上級である。

アモンは最上級だろう。サクサク攻略して一月余りで60層まだ進んだ。

野営小屋は私の作った小さいリュックサックに入れてアモンに持たせた。

 彼の荷物は以前譲ったマジックバッグだけで、ジップと同じような軽防具を使っている。

 フルプレートも持っているが、やはり野営したりを考えると不便なのだそうだ。

 勇者の鎧は使う人間に合わせて完全にサイズが合うようにできているし軽いのだが、トイレも手間がかかるし、気分的に暑いのだと言う。

 魔法障壁と勇者の剣だけでかなりの防御となる。

 勇者の鎧はパレードとドラゴンや魔王の討伐専用だそうだ。

 それに使い込んだ革鎧はワイルドで女にモテると言っている。

 私もオンナのつもりだが、さっぱりわからない。アモンの鎧は汗臭いし、変な匂いがする。

 犬の時は特に気になるので密かにクリーン魔法をかけた。闘気とかと関係ない生活費魔法だし、本人にではなく鎧にかけたので勇者でも気づかない。


 最初に野営した時、野営小屋を出したらびっくりされた。

 食事は屋台で肉の塊を串刺しにして塩を振って焼いた物とか、肉の塊の入ったスープとか、ローストした肉塊とか、要するに茶色いメニューを大量に買ってバッグに入れてきたらしいが却下。マジックバッグを手に入れて少しマシになったようではあるけどいただけない。

 温かいし、塩辛いだけの干し肉と違って不味くは無いけど、でも少し考えた方が良い。勇者じゃなかったらそんなもんだけで何ヶ月も過ごしたら体を壊す。

 私達の心配は杞憂では無かった。


 風呂は面倒だと言ってあまり入りたがらなかったが、一度満月で私が人に戻ったのを見て以来、毎日下着を変えて、鎧も綺麗にして、風呂に入って歯も磨くようになった。

 俺もお前みたいに飼われたいとかジップに言ってたのは聞かなかった事にしよう。


 リョンで資金稼ぎを兼ねてダンジョンに潜ろうとしていた俺は、歓迎のパレードの途中ジップを見かけた。槍を持って小犬を連れた子供の冒険者なんてまずいない。

 顔には面影があるし、犬も見覚えがある。

声をかけて宿を聞き、夜に訪ねた。

 ジップがダンジョン目的でここにいるなら、一緒にダンジョンに潜ろうと誘おうと思ったのだ。

 うちの妖魔どもはリヨンの商人や市長と親睦を深め援助を引き出さなければならないから、ダンジョンには潜らないそうだ。

 最近はあちらこちらの困り事を解決して回ったせいか、援助したいという商人や貴族が増えている。援助を受けると言う事はしがらみを増やすという事だが、わかっているのだろうか?

 まぁ、最近は公式な席以外では別行動だし、財布も完全に別になっている。援助は妖魔達の財布に入っていて俺には回ってこない。

 一緒にいても魔物と戦うのも俺1人だ。何故か魔王が現れない為パーティは解散にならないが、今のままでは、魔王が現れたとて皆で力を合わせて戦うような事にはならないだろう。

 ジップもダンジョンに潜るためにリヨンに今日着いたらしい。

 旧交を温めた俺達は、一緒にダンジョン攻略に挑むことになった。


 

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