第32話 帰宅

 討伐依頼をこなしつつ、ゆるゆると黒の森を目指す。何か特別な物があるわけでは無いが、数年振りの懐かしい匂いがする。

 私のいた黒の森はドルチェ王国の西にある。アルジャンはその隣のスパイン王国にあり、その下に勇者アモンの出身地ブランカ王国がある。

 シンやアサムのような大国は無く、大小様々な王国や大公国がたくさんあって、ひとつの文化圏を作っているのだ。

 大陸の東側より魔物やダンジョンも明らかに多く、人間同士の戦争をしている場合でなかったのも原因の一つかもしれない。

 国同士の戦争も無いわけでは無いが、基本的に国軍は対人より災害級と呼ばれる上位魔物や魔物の大量発生に備えたものである。


 5年ぶりの我が家に帰ってきた。満月の日に魔法を解き中に入る。かなり埃っぽい。クリーン魔法で掃除してお気に入りの椅子に座る。

 なんか良い。ニマニマしているとそれを見たジップも嬉しそうに笑う。

 やばかった。だけど見苦しいほど顔は崩れていなかった筈だ。ジップは最近人の時の私を眩しそうに見ている事が多い。初恋か?

 スキンタッチしたり着替えを覗いたりしないのは彼の善性によるものか。

 不満はないので私も無理に恥ずかしがったり、見せつけるような事はしない。今の関係を崩したく無いのだ。

 私達は最高のバディなのだから。

 相変わらず犬の時は抱きしめられたり、匂いを嗅がれたり、口付けされているが、ジップの頭の中の切り替えはどうなっているのだろう。

 まぁ私も犬の時は何故かジップの顔をペロペロしてしまうし、顎の下から胸をコチョコチヨされるとお腹を見せてゴカイチョーになってしまうのだが。


 そういえば、ジップは5年分成長したが、私は25歳のままである。犬の時も毛並みなどは変わってないので歳をとらないのかもしれない。


 黒の森で私達は狩りをして、旅の間に集めた調味料を使って色々な料理を試している。

 私達と言ったが、私は基本犬なので月に1日しか包丁を握れない。味見と指導担当だ。

 料理をするのは若き天才料理人ジップ。その華麗な包丁さばきは大蛇だろうがドラゴンだろうが真っ二つ。ハポンやシンの暮らしの影響か、天賦の才があったのかジップの料理の腕は素晴らしいレベルに達している。

 これならいつでも嫁に出せる。クリーン魔法を使えるようになれば完璧だが、できるようになっても、刀を通して発動しなければならないだろうから、文字通りクリーン、対象を消してしまうかもしれない。

 やはり魔法以外の方法で出来るようにならねばならないか。


 3ヶ月もすると尻が落ち着かなくなってきた。

旅と冒険の日々が懐かしいのだ。

 何百年もここで引きこもりをしてきた時間は不満も無く、それなりに充実していたけれど、この数年間の生活はそれに匹敵する濃いものであった。

 いや、それ以上かもしれない。ジップも同じことを考えてるとわかる。私達は言葉を交わさなくてもお互いの考えている事がわかるようになっていた。


 よし行こう。この家は残しておいても誰の迷惑にもならない。こんな魔物の多い森の奥には普通の人は住みつかない。

 周りに障壁魔法をかけ、魔物が入り込んだり、家が劣化しにくいようにする。

 鍵はそれほど複雑なものをかけない。私が死んでしまい誰も開けられないようだと中の魔法書などが死蔵されてしまう。

 家にあったマジックバッグは持ってゆく。ポーション類を作り、旅用の小屋を黒の森の硬い木材で作り直す。前のものは改築を重ねたためメンテナンスするより、新しく作った方が楽だったし、良い物ができると思ったのだ。様々な工夫を詰め込んだ力作である。


 食事も美味しい携行食シリーズというのを工夫した。持ち歩ける食料でなく、歩きながらでも食べられる美味しい食料である。

 マジックバッグの中には調理済みの料理が沢山しまわれているのだが、場所によってはテーブルの設置などもしにくいし、街道を歩いているときに休める場所が無かったり、ダンジョン内のセイフティエリア意外での昼食などを考えると色々便利なのだ。


 私達はまずパルムに向かう。パルムには調理器具を作る良い鍛冶屋があるのだ。

 これは刀剣とは全く別物で、銘刀を打てる鍛治師が良い鍋や農具を作れるわけでは無い。両者の技術は全く別のものだ。

 今使っている物も以前パルムで誂えた物だが、野営の時使うには少々大きいので、今回は野営用の物を作ってもらおうというのだ。

 ダンジョンの中や小屋の中でも使える焚き火用のストーブ兼用コンロとかの設計図も描いてある。


 今回も今までの旅の途中で欲しかったり、考えた便利な道具を沢山注文したため1ヶ月以上かかるという。

 そのため、ダンジョンに潜ってマジックバッグを集めることにした。それでも時間が余れば温泉もある。

 マジックバッグは便利に使えるため、贈り物や賄賂につかうと、同じ稀少品であるオリハルコンの剣などよりはるかに喜ばれる。

 特にパルムのダンジョンでドロップされる、内部では時間が経過しない物は最上級品だ。

 これ一つあれば運送業だってできるのだ。時間経過のないバッグを作れる者は、私の知る限り私以外にはいないし、あちらこちらのダンジョンでたまにドロップされるだけで供給も少ない。誰でも使えるため需要は多く、高値安定で換金性も高い。数年ぶりだが、転移石はまだ有効なはずだ。


 クニサダチュージの護符の効果もあり、1月余りで5つのバッグを手に入れた。コンロや鍋などを受け取りに行くと、ワトソン商会の主人を紹介された。

 私達の作った道具を冒険者に売りたいので契約したいと言う。鍛冶屋が作り、商会が売り、私達のギルドの口座にその何%かが振り込まれるという。

 別に独占したい程の知識では無いので了承し、神聖契約書を作った。

 これは作るのに金が必要だが、破ると教会に追い詰められ破滅するという怖い契約書である。


 気分が良かったので、ついでにマジックバッグから小屋を出して、至高のお泊まりセット、野営の王様だと言って自慢した。

 マジックバッグをこちらで用意できるなら是非これも扱いたいというのでこれも契約したのであった。

 非常に高価だが、稼いでいる冒険者が欲しがるに違い無いと思う。

 クロエ印の防御魔法陣、風呂、自動処理のトイレが着いているのがポイントである。

 とはいえ滅多に売れるとも思えない。

 基本受注生産にしたが、私達は常に連絡がつく訳ではないので、見本も必要だろうとバッグと、小屋のセットを1つ渡しておく。

 小屋を作ったりする間も、バッグを集めたので、一つ商会に渡したが、さらに二つ手に入れた。

 私が自宅に持っていた分と合わせれば、マジックバッグ屋が開けそうだ。


 それらの雑事を片付けた私達はパルムを出て、リヨンの大ダンジョンに向かう。

 これはスパインとブランカの国境にある商人達が自治を行っている町、自由都市リヨンにあるダンジョンである。

 過去に何人かの勇者達も挑戦しているが、各層がやたら広いのと、しょっちゅう内部の構造が変わるのと、変異体の階層主が良く出るため、今だに最深部は踏破されていない。

 魔石の一大供給源であるため、スパインとブランカが奪い合って何度も戦争になったが、結局は、自由都市になって両国に税を半分ずつ払う事で決着した。

 戦争をしている間に魔石の供給が減り、経済が悪くなるからである。

 5年前の段階で100層位まで到達していたはずだ。

 踏破を狙うわけでは無いが、誰でも知ってるザ・ダンジョンである。冒険者たるもの一度は

ここに挑まねばならない。

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