第31話 ダマスコ

 航海は順調で予定通りダマスコに到着。ここは大陸の東西を結ぶ海路における要衝の一つであり、数千年前から栄えていると言われている。

 ここにはダマスコ鋼というここでしか作れない魔鋼の一種がある。

 ハポンにしか無いヒヒイロガネと、作り方が失われてしまい、幻の金属と言われるアダマンタイトを別にすると、武器や防具を作る金属素材としてはオリハルコン、ミスリル、魔鋼が一般的である。

 前者程希少で高価。魔力の通りも良く硬いとされている。

 ここダマスコで生産されるダマスコ鋼は魔力の通りこそミスリルに及ばないが、硬さと粘りではオリハルコンに迫る槍に最適の金属であると言われている。

 真っ黒な刀身で、オリハルコンやミスリルの様に目立たないのもよい。


 ハポンで買い込んだ、闇討ち同心や闇討ち人用の武器が使いすぎたのか、だいぶ傷んできている。まだ使えるが、多少心許ない。

 考えてみれば、ここ一年はほとんどそれしか使っていなかった。

 ここで、ジップ用の管槍と暗刀や暗器などを作っておきたいのだ。町の武器屋で買える標準品では既にジップの腕では役不足だ。人に戻った時の私ですらそれでは腕を活かしきれない。

 マジックバッグがあるので武器がいくらあっても邪魔にはならない。

 良い武器との出会いは努力次第である。じっくり腰を据えて良い鍛治を探そう。


 町に宿をとり、宿屋とギルドで情報収集。武器屋と刀鍛治を回る。

 気に入った鍛冶師達を集めて、槍や刀、暗器、包丁を注文する。ハポンの刀を見せて説明したところ、その刀を見た鍛冶師達は闘志をもやし、自分達の方が良い物を造れると胸をはったのであった。

 数も多いため3ヶ月は欲しいと言うので、その間、私達は北西にあると言う塩湖と、世界最高の岩塩が採れると言う岩塩鉱山を見に行く事にした。


 目的は暇つぶしなので、討伐依頼や採取依頼などを受けながらのんびり進む。

 金銭的には必要ないが、困っている人がいるから依頼が発生する訳で、それを引き受ける事は冒険者の務めであると思うからだ。

 塩湖の近くの村で、最近塩湖の岸辺にワイバーンの群れが巣を作ってしまったため塩湖には近づけないと言う話を聞いた。

 岩塩鉱山への道も、ワイバーンに邪魔されて安全に通れなくなっており、塩の流通が減ってきてしまっているらしい。


 討伐依頼が出ていたので、それを受けて塩湖に向かう。ジップに試させたい技があったのだ。

 最初は刀を媒介にして魔力を飛ばす。抵抗無く魔力は腕から刀を通して飛びワイバーンに当たる。

 弱い魔物であればそれで消し飛ぶのであるが、ワイバーンクラスとなると軽いダメージを受けるだけである。

 魔力はエネルギーの一種ではあるので、それをある程度まとめてぶつければ相手にダメージを与えたり、破壊したりはできる。

 だが本質は精神エネルギーなので、それを炎や雷に変換してぶつけたり、魔力を受け入れられるミスリルなどの剣に纏わせて切りつけた方がが何十倍、何百倍の威力となる。

 もちろんただの鋼の剣でも魔力を纏わせることによりより硬くなったり、切れ味が良くなったりはするがその効果は大きな物ではない。大魔力だと剣自体が耐えきれずに壊れてしまったりもする。


 ジップの攻撃が大したことは無いと考えて近付いて来るワイバーンは、その剣技により切り刻まれる。

 半日ほど威力を変えたり、スピードを変えたりしながら魔力を飛ばしてコントロールを上げた後、ファイアとか、アイスとか魔法をイメージしながら声に出して魔力を飛ばす。

 直接攻撃する時、なにをするのか声に出すのは実戦では褒められた事では無いが、最初はその方がイメージしやすいのだ。

 もちろん古竜とかと違ってワイバーンは人語を解さないので、この場合は関係ない。

 

 旅の途中、魔法は使えなくても座学だけはみっちりやったので、3日目には炎や氷、雷の矢が飛ぶようになり、5日目にはそれは槍になった。

 ワイバーンは次々とと落とされ、生き残ったものは巣を捨て逃げ去った。

 戻って来れないように、巣を完全に破壊して、巣のあった岩山を切り崩して営巣し難いようにして依頼終了。

 更に誰もいない塩湖で、声を出さずに飛ばせるまで訓練を行ない、終了とした。

 やはり実戦で鍛えた方が効率が良い。


 塩の湖は大昔海だった所が陸に囲まれ、できたらしい。ただ一番近い海まででも、かなり距離がある。本当にそんな事が起こったのだろうか?岩塩の鉱山というのも考えてみれば不思議である。

 世界にはわからないことがまだまだあるのだ。

 塩湖も岩塩鉱山も来てみれば大して面白くなかったが、山間の村に温泉が湧いていると言う話を聞いてそちらに向かう。

 この辺りには火山は無さそうだが、不思議な事に塩味の、良いお湯が渾渾と湧いていた。泊めてくれる家を見つけて、訓練と温泉の日々を送った。

 温泉だらけだったハポンで、透明な湯、にごり湯、硫黄の匂いのする湯や、鉄の匂いのする湯など色々な湯に入ったが、ここのように塩の湯というのは初めてだった。

 湯治の、いや修行の終わる頃にはお肌がペカリンのツルツルになった。


 ワイバーン討伐の報酬と素材の売却益により更に懐もあったかくなり、ホクホクでダマスコに帰った。もちろん最上級岩塩も手に入れた事は言うまでも無い。

 ダマスコで出来上がった刀や槍を受け取る。

漆黒の刀身には独特の木目のような模様が浮き出しており、なんとも美しい。神代文字も入れられている。


 元々ダマスコ鋼と言うのはアサムで発明されてそこで造られていたらしい。

 特殊なるつぼで製鉄されたるつぼ鋼で、戦争か何かでアサムの製鉄拠点が失われその時に逃げてきた鍛治や製鉄技術者がこの地で技術を継承しているのだそうだ。

 アサムの技術は復活することなく失われてしまったが、その頃作られた鋼はとても素晴らしく、今造られている鋼はそれに及ばない。

 同じ作り方のはずだし、今もこの地の鍛治ギルドで研究が続けられているが、魔鋼という性質上時間の経過がその差を産むのかもしれない。

 鍛治師達は、今回の依頼は今の魔鋼では満足ゆく物に仕上がらなかったので、今もまだ少し残っているアサムの古鉄を使って打たせてもらった。

 良い仕事をさせてもらったので、値段は約束のままで良い。滅多な事では壊れないので思いっきり使い倒してもらえれば鍛冶屋冥利に尽きると言う。


 安い値段ではなかったが、ワイバーンの群れの討伐報酬の方がはるかに高額だ。

 見合った報酬無しには、このような素晴らしい伝統技術は失われてしまう。約束の費用の倍額を無理やり押し付け、ついでにこの地の鍛治ギルドにも研究費の合力を行った。

 それほど素晴らしい仕上がりだったのだ。

ハポンの刀鍛冶、それも最上級の物を打つ鍛治師は神の領域に届かんとする技術を持っている。だがその距離ゆえに簡単には出かけられない。

 その点ダマスコであれば気軽にとはいかないが訪れる事は難しく無い。ぜひ更なる精進をして良いものを造り続けて貰いたい。


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