第24話 シン2
真名に連れられ、魔法陣の研究者に紹介される。
男は林民明と言う魔法使いで、長く今の帝国軍に在籍し、先の皇帝と共に動乱の中、シンの建国に尽力したと言う。先帝の崩御と共に軍を辞して市井の魔法使いとして好きな研究をしているらしい。
私を犬に変えた魔法陣を書いた紙を林に見せ、意見を聞く。
それを見た林は家の本棚から書類を綴じた物を持ってくる。そこには私の魔法陣と同じ不思議な文字が刻まれた魔法陣と古代文字の詠唱文がいくつか書いてあった。
林によると、これらの魔法陣はここ数百年の間に、いずれもダンジョンのドロップ品の書物にいたずら書きのように書いてあった物なのだそうだ。
それぞれ100里ほど離れた所に飛ばされる魔法、性別が変わる魔法、エルフになる魔法、どこかに行ってしまうか、消滅してしまう魔法であと2つは発動した記録が無いので効果は不明だそうだ。
発動により性別が変わってしまった者は死ぬまで元に戻らず、エルフになった者もなって300年くらい経つがいまだにエルフのまま。
因みにこの世界にはエルフ族というのは伝説でなく、妖精大陸にちゃんと存在する。
ただそこからほとんど出てこないので滅多にお目にかからない。
どこかに行ってしまった者は、消滅したのか、過去や未来に飛んだのか、別の世界に行ったのか、戻ってこないのでわからないそうである。
未確認の情報ではあるが、性別を変える魔法はもう一度かけたら元に戻ったと言う話がある。
自分にこれを教えてくれた者は、元々心と体が合わなかった者なので、元に戻る気は無くそのままで今に至る。
もう一回かけると元に戻ると言う話も、その者がこれを探す途中で聞いた話で、裏付けは無い。
これらダンジョンのいたずらのような魔法陣を打ち消す方法はわからない。
私のかかった魔法が人を犬に変えるものなら、もう一回かければ戻るかも知らないので、試す価値はある。
ただし、人を適当に動物に変える魔法かもしれないので、犬を捕まえて試してからの方が良いと思う。
林と会えたのは幸運であった。新しい魔法陣の知識だけで充分だと固辞する林に、いくばくかの謝礼を渡し、彼の家を辞した。
真名を家まで送り、自分の部屋へ戻る途中、背後から殺気と共に近づく気配。
暗闇を2人の人間がこちらに走って来る。
前を走る人物が私達の手前で止まり、剣を抜き後ろを向く。あとから走ってきた人物に対峙して私達に逃げろと声をかける。
近くで見れば15歳位の少女であり、負傷しているらしく、だらりと下がった左手からは血が滴っている。
「明るいところへ向かって逃げな!」
少女が叫んで、右手で短剣を構えて私達を庇う。
どのような理由でこの2人が追いかけっこをしていたのかはわからないが、追ってきた男からは瘴気を纏ったオーラが漏れ出しており、どう見てもまっとうな人間ではない。
人の血にまみれて、闇に生きてきたこういう奴は、魔物とは別の意味で生かしておく必要の無い生き物だ。
強くなった剣士や冒険者は、身にオーラを纏いその強さが他者にもわかるようになる。無意識の威圧というやつだ。
だが、楊生真陰流の達者となったジップはそのオーラを全く外に出さない。
楊生真陰流は将軍家指南役という表の顔と、将軍家の隠密の総元締めの裏楊生という裏の顔を持っている。
両者は表裏一体であり、楊生流剣術は比率は違えど基本両方の技術を体得する。
闘気を全く出さないことにより、隠遁や暗殺に役立てるだけでなく、戦いの起こりを見せないことにより、有利に戦いを進められるようになる。
私がいつもより少し低い声で唸る。
これを人間の言葉にすると『スケさん、悪人は成敗してしまいなさい』になる。
ハポンではひたすら修行する。なんとかキャンプみたいな生活だったが、そんな辛い日々にもささやかな楽しみがあった。
それが講談。小銭を握りしめ、2人で聴くたまにの講談は、私達がまだ心を持った人間である事を確認する事のできる唯一の時間だったのだ。
みんな大好き水戸◯門、愛用のブラックジャックで悪人を撲殺してまわる破れ傘の天才外科医、「またつまらぬ物を斬ってしもうた」が決め台詞の居合の達人。
私達はハポンの伝説の偉人達に夢中になったものだ。
話が脱線した。
ジップがスタスタと少女の横を通って男に向かう。少女も男も何が起こっているのかわからない。気がついたら男の前にジップがいた感じだ。
我に帰った男が黒塗りの短刀を突き出す。あたりの暗さもあり、刃が全く見えない。
ジップの姿が僅かににじんだようになり、気がつくとまたスタスタとこちらに向かって歩いてくる。
短刀を突き出す格好のまま男が前に倒れ、男の頸の血管から血がヒュルヒュルと吹き出す物哀しい音がする。
「またつまらぬ者を切ってしまった……」
だめだ、決め台詞がちょっと違う。それじゃあしまらない。家に帰ったらみっちり練習しなければならない。
いやいや、そんな事を考えてる場合じゃなかった。私は少女にハイヒールをかけて傷の手当てをする。
あれ?この子って。
戻ってきたジップが言う。
「瓜屋さん、バレて追われていたの?」
少女は先日市場で瓜を売る幻術をみせていた男と同じ人物だった。
私が家に向かうと、ジップが少女の手を引き後に続く。少女は逆らわずについてきた。
暖かいスープを飲ませ、風呂を使わせる。
ジップが明日話を聞くから、今日は寝ろと言う。逃げちゃあダメだよと言われて、青い顔で何度も頷いていたので大丈夫だろう。
少女の名はシャリヤ。アサム帝国の小さな藩王の娘だそうだ。
隣国と戦争になり負けて逃げる途中、妹のミタリと共に捕まり人買いに売られた。
途中幻術の使えるシャリヤだけ逃げ出し、ミタリを助かる隙をうかがいながら人買いをシンまで追ってきたのだそうだ。
ミタリはシンの貴族の劉哥に買われ今はここペクンにいる。
この劉哥と言う男、皇帝と僅かに血がつながっているのを鼻にかけ都でやりたい放題をしている悪党である。
高利貸から、みかじめ料の徴収、弱みを握って脅迫など思いつく限りの悪業はなんでもやっている。
中でも一番たちが悪いのは嗜虐の悪癖を持っており、奴隷として少女達を買い、責め殺すのを仲間の変態貴族共と楽しんでいるという。
シャリヤは瓜売りとしてペクンにひそみ、隙を伺い劉哥の屋敷に潜入したが、中には腕の立つ用心棒が沢山いて、すぐに見つかった。
慌てて逃げ出したが追われて、昨日ジップに助けられたのだという。
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