第23話 真名
僕の名前は佐伯真名。ハポンからシンに来ている留学生だ。
別にハポンの文明や技術がシンに劣っている訳ではない。刀剣を作る技術などは明らかにハポンの方が優れているし、医術や算術もそうだと思う。
だが、ハポンは魔石と鉄鉱石が少ない為、大量の鉄を作る製鉄技術が無く、魔法も呪術を中心とした陰陽道と混ざり、更に剣術の操気術も取り込まれ、魔石を使わない独特の発展を遂げてしまったため、魔石は簡単な魔道具に使ったり、観賞用になってしまっている。
大陸のような古代魔法の遺跡もない為、古代魔法に関する知識も無い。
このままでは大陸の片隅にある変わった国として、世界との交流がなくなってしまうと考え、魔法技術と知識、魔石の利用法、溶鉱炉の製造法などを学ぶためにここにいるのだ。
世界で最も優れていると言われるシンの結界魔法も学びたい。
陰陽道の結界は結界内の時間の流れを変えられる程強力だが、シンの結界魔法のように町ひとつを覆うような広域結界を張る事は出来ない。
新興国家とはいえ、人口も国力もハポンの比ではなく大国の鷹揚さか、知識の隠蔽なども全くされていない。
当然軍事機密などは存在するはずだか、基礎知識や基礎技術などは外国人でも平等にこの大学で学ぶ事が許されている。
そんな僕の元に、小犬を連れた僕と同じか
少し年下のジップという子供が訪ねてきた。
彼も国外からの留学生だそうだ。
将軍家からの紹介状を持っている。黒目黒髪だけどハポン人ではない気がする。
国を聞くと、旅の劇団に拾われてあっちこっち移動してたから自分の国はわからないと言う。
ただ、最近ハポンの士分にとりたてられたのでハポン人になったのかもしれないとか言っている。
紹介状には彼は塞がっている魔力路を開く方法を探していて、彼の犬は魔法で犬にされた女性で、魔法を解く方法を探しているので力になってやって欲しいと書いてある。
最近ハポン人になったかもしれないという彼が、どのような理由で将軍家の紹介状を持っているのかわからないが、偽物ならわざわざ将軍家の紹介状を持ってくるはずはない。
将軍家を勝手に語れば死罪だ。普通ならせいぜい奉行の紹介状だろう。
「何ができるかわからないけど、力になるよ」
と彼に言う。紹介状なんてなくても異国で同郷の者の力になるのは当然だ。
彼と少し話したが、今の僕の知識には彼の役に立つようなものは無い。彼も大学に入学したらしいので、明日その方面を研究している知り合いや教授を紹介する事にした。
彼が故郷の味をどうぞと言って、刺身、天ぷら、味噌汁、白米などを、どうやって出したのかわからないが腰のバッグから出してくれた。
味噌と梅干しくらいは持ってきているが、和食は1年以上食べてない。
少しじわっときたのは秘密だ。
次の日にまたやってきたジップと大学に行く。まず、気の流れを研究している成平という教授の元に行き、事情を話す。
成平の話では、自力で閉塞した魔導路を通す方法はあるのかもしれないが、今の所公表されてはいないそうだ。
だが、相手の魔力を引き出して奪う魔法技術というのがあるらしいので、それを応用すればもしかしたら可能かもしれないと言う。
また、チャクラには一般に知られている8つ以外に、獣のチャクラと呼ばれる9番目のチャクラがあるらしく、人間が犬になったのならそれが関係しているのかもしれないと言う。
ただし、9番目のチャクラ云々は、学問というより伝承や御伽話の世界であるから、それでもよければ研究者を紹介すると言って、藩礼文という男を紹介してくれた。
藩礼文は市井の農学者で、若い頃、内乱の戦を逃れてアサムとの国境にあるチベタまで流浪した。
そこで9番目のチャクラ、獣の座の話を古い寺院の老僧から聞いて、古文書を見せてもらったと言う。
大陸で一番勢力を持っているのはデルス神を信仰するクリスタ教であり、シンにもその教会はあるが、他の神を信仰する宗教が大陸にはいくつもある。
たとえば、ここシンやハポンではデルス神よりホトカ神の信仰が盛んだし、南のアサム帝国ではヒドラ神信仰が盛んである。
その時の古文書にはソーマを使い、第9のチャクラを回せば人は獣に変じ、逆に回せば人に戻ると書いてあったという。
ソーマとはチベタの地にある天まで届く大きな山、チョモマの山頂に生える木であり、それは西方で言う世界樹と同じものではないかと藩は言う。
ただし、チョモマの山は山頂近くなると空気が無くなり人は死んでしまう。故に山頂に至った者は無く、そこにソーマがあると言う話はなんの根拠も無い話だと。
自分は長年、第9のチャクラに関する伝承を集めているが、今の所、存在の確証すら掴めていないと彼は言う。
微妙な情報である。ソーマを探してチョモマ山に行くのは今の所愚策だろう。
藩に礼を言い、謝礼を渡して彼の家を出る。
明日から4日間は真名は用があって付き合えないとの事で、そのあと魔法陣の研究者を紹介してもらう事になった。
その間は大学の図書館に行って何か情報が無いか調べる事にした。
魔法知識の少ないジップ1人で図書館に行っても多分必要な情報は探せないと思われたので私がどうにかしなければならない。
だがイヌの私は入館が許されないかもしれないので、使い魔として登録。構内のどこにでも入れるようにした。
図書館には司書がいて、一緒に探してくれた。4日間探したが今の所何の情報も出てこない。
この図書館を含めて大学は前王朝から存在しており、戦火を逃れたためここには数百年かかって集められた本や論文が存在している。
4日調べたといっても全体から見ればごく一部だ。しばらく通わねばならないだろう。
まぁ、そんな簡単に見つかる物なら苦労しないのではあるが。
魔法陣の研究者の都合が悪くなったとかで、会えなくなった。
せっかくなので、真名にペクンの町を案内してもらっている。中には入れないので王宮を外から見て、町の真ん中に造られた凱旋門をくぐり、市場の屋台でペクンの名物料理ペクンバーガを食べる。蒸しパンみたいなマントゥに甘辛い味付けで焼いた家鴨肉を挟んだ料理である。
市場では様々な人種の商人達が様々な品物を売り買いしている。
そんな中、頭にターバンを巻いた肌の黒い小男が、瓜と書いた立て看板を横に立て口上を述べている。
「アサムの甘い瓜が一つ銅貨5枚で手に入る。食べて甘かったら是非買ってもらいたい」
「ただ買ってもらうのでは申し訳ない。せっかくだからアサムの魔術も見てもらおう」
男が懐から瓜の種を取り出して地面に穴を堀ってそれを埋める。上から水を掛け呪を唱えると芽が出て葉が出て蔓が伸びる。
見る間に生い茂る瓜に花が咲き実をむすび、見事な瓜が沢山実る。
1つとって切り分けて皆に配る。甘いと言って皆が争うように瓜を買って嬉しそうに帰ってゆく。昔からよくある幻術だ。少しすれば客は自分が大事に持っている物が石塊や藁の玉である事に気づくだろう。
真名が慌てて買おうとしていたので、それをジップが止め、こっちの方が美味しいよと言ってハポンの西瓜をバッグから出して渡している。流石に修行の成果もあって惑わされないようだ。
男が横目でジップを見ながら道具を片付ける。瓜を売る商売でなくて、瓜を売る幻術を見せる商売なのだが、それを理解せず暴力を振るう客もいる。さっさと逃げる方が無難なのだ。
銅貨5枚で殴られたのでは割に合わない。
後で、ジップに幻術だと聞かされた真名は修行が足りないと頭を抱えていた。
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