第19話 ハポン

 結局、私達は祭壇の前にいた者たちの頭領の屋敷に連れて行かれて、事情を聞かれる事になった。とは言え聞く相手がジップである。頭の良い子ではあるが、ジップから詳しい話を聞くのは至難の業である。

 わかってなかったり、気にしてない事も多々あるし。


 で、頭領の話とジップとの会話からわかったのは、ここは大陸の東の果てにある島国ハポンである事。

 そして彼はハポンの王に剣術指南役として仕える楊生獣兵衛といい、楊生真影流の総帥らしい。

 ジップの持つ変わった剣は刀と言って、ハポン独特の剣である事。そしてジップの刀は昔出奔した獣兵衛の兄、楊生一兵衛の持ち物である事。

 ジップの覚えている、ジップを拾い育てたダンチョーがイチベー・ワギュー。ジップの剣の流派がワギユーチンカゲリュー。5歳の時死に別れたようだから、間違いなくダンチョーは獣兵衛の兄であろう。

 

 私達の旅の当座の目的はどこにいるのかわからない放浪の大魔女ララ・ロクサーヌを探すこと。大魔女と呼ばれるような者は滅多に死んだり消滅しないがどこにいるかもわからない。極端な話この国にいてもおかしくないのだ。


 それにララ・ロクサーヌが私達の問題を解決できると言う根拠も無い。私の知っている唯一の、そっち方面のエキスパートだと言う話だ。

 この国に私達の問題を解決できる人間が居たり、技術があっても不思議ではないのだ。せっかく来たのでその辺りを確認してから旅立とうと思う。

 

 ジップを介してなので、こちらの意思がどの程度伝わったのか微妙であったが、楊生獣兵衛と話した結果、とりあえずジップがこれから成長と共に増大する魔力量に負けてしまう前にそれをコントロールする方法というのはあるらしい。

 100年程前の楊生家の分家の楊生豹悟と言う人物がジップと同じように、大魔力を持ちながら魔力路が閉じた人物であった。

 だが、彼は気の流れを自在に操る事により、体内の膨大な魔力を特殊な刀に移して敵に当てる事が出来るようになり、剣聖と呼ばれる達人になったという。


 私も気の流れと気力を充実させれば、変身しなくて済む可能性があるらしい。私の希望は犬ににならなくて済む方法だが、何せ間に入っているのがジップだから、ヒトにならなくて済む方法の可能性もある。良く確認しないと危ない。


 修行するなら、このまま楊生家に留まり、内弟子として修行するように言われた。兄の養子なら自分とっては甥であり、一族である。

 一族となったジップにどこかでワギューチンカゲリューなどを広められたら、楊生の面目丸潰れであるからして、この際に楊生真陰流を学び直してもらいたいと言う。


 私はジップの忍犬として、裏楊生の総帥である獣兵衛の弟の楊生劣導にしっかり仕込んでもらうようにと申し渡された。


 次の日から早速修行が始まる。私はともかくジップはある程度の基礎は一兵衛から学んでいるとの事で、楊生道場の高弟と共に真剣で修行と言うより荒業としか思えないような訓練を受けている。


 私はひたすら走り込み。犬でなければ死んでいるレベルだ。飢えに耐える訓練とか、音を全くたてない訓練とか、目隠しして迷路の中を走り回る訓練とか訳のわからない訓練をさせられている。

 脱走はできない。どうみてもアモンより強い弟子達が見張っていてとても逃げるのは不可能だ。


 死線を何度も超えた所にある生を見た時、悟りと共に超人への道が開ける。それこそが楊生真陰流活人剣。劣導の声が頭の中で木霊のように響き続ける。

 私の精神は崩壊寸前。休みはヒトに戻った満月の日だけ。この日はジップとのんびり過ごせたと言いたいところだが、2人とも布団の上で1日転がっていただけである。


 「どうじゃ劣導、犬は物になりそうか?」


 「普通はもっと大きな犬を使いますので、あのような小さな犬を一人前の忍犬に育てるのはなかなか難しゅうございますな。しかし不可能ではないと考えておりまする」


 「気力を充実させて、気の力で体の魔力の流れを制御できるようにすれば良いのだから、戦闘力は程々で良いのではないか?」

 「第一、犬の戦闘力は体の大きさでほぼ決まってしまうであろう。人のように技で補うようなことは難しかろう」


 「お館様、忍者こそ天地の間で、そこから取り込んだ気を練る事により、人の頸城から離れて人外となる者達でございます」

 「忍術を極めし者は、その姿すら変え寿命すら超越いたします。聞けばあの者は人である時、全く別の法により、既にその域に達していたと聞き及んでおります」

 「ならば忍術により死を超越した最強に至れるなら、今の呪からその身を解き放つ事ができるやも知れませぬ。死中に活を求める事こそあの者の求めるべき道。生半可な覚悟では願いは成就いたしますまい」


 身も心もボロ雑巾のようになった8ヶ月目の満月の日、人に戻った私は声を出せるようになっていた。

 ここ数週間続けさせられている水を飲まずに炎天下をひたすら走るという、殺そうとしているとしか思えない訓練のため夢の中ですら喉が渇いている私は寝起きの寝ぼけた頭で水をくれと言おうとしたら声が出た。


 「水……」


 無詠唱魔法が発動し、私とジップは布団の中でびしょ濡れになったのであった。


 声が出るようになったので次を期待したが、残念ながら、そこから先には進まなかった。

 師劣導は、忍術による気の操作によるこの度の魔法解除と、私の変身は根本が全く違うのではないかと言う。

 声が出るようになったのは変身の一部が解除されたので無く、付随してかけられていた魔法が修行により、解けたのだろうと言うのだ。

 魔法陣の書かれていた本を精査して解除法を見つけるか、上からもう一回重ね掛けして人の姿に固定するか。

 後は声が出せれば上級魔法が使えるから、これ以上の修行をするより、そちらを研究して強制解除魔法を極めた方が現実的ではないかと言う。

 修行により魔力量も前より増えているはずだし、魔法の精妙な操作力も数段上がっているはずだと言われた。

 ここまでしかできなかったと頭を下げられたが、ここに来なかったらそれすら出来なかったはずだから、感謝の気持ちしかない。


 ジップは改めて楊生真影流の免許皆伝となった。かなり刀に魔力を移せるようになってきている。

 あと数ヶ月の修行で、戦い続けてさえいれば成長に伴う魔力増大で死ぬ事は無くなるだろうとの事だ。

 ただ修行は一生。ここを出てからも続ける必要がある。最終的には刀が無くても魔力を飛ばせるようになるはずだが、魔力路が開くわけではない。そこから先に行けるかは修行次第らしい。


 楊生豹悟が最終的に魔力路を開けたのかは伝わっていないが、人のまま70まで生きたそうなので修行次第で人としての生を全うできるはずだと言われた。

 私の場合はどうなろうと、ある程度自業自得なのだが、ジップに関しては彼には何一つ非は

無いのであるから、修行により将来の道が開けたのは素直に喜びたい。

 パルムのダンジョンの達成特典は案外相手を見て特典を与えているのかもしれない」

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