第11話 勇者
外が明るくなって目が覚める。良かった。人間に戻っている。ひと月に一日だけとはいえ、この日があると救われる。いずれ魔法を解ける可能性もあると言う事だから。
ジップは私に張り付いて寝ている。もう少しすると目を覚まして裸の私をみて騒ぎそうだが、面白いからそのままにしておく。
ちなみに満月の日に限って人間に戻る事は言ってない。これも面白いからだ。
まだ、性的な興味は無さそうだし、触りたがる訳でも乳に吸い付く訳でもない。犬の私に早く魔法が解けると良いねーとしみじみ言ってたりする。
あれは魔法が解けて人間に戻ると良いねーじゃなくて、魔法が解けて人間にならないようになれば良いねーの、早く解けると良いねーに違いない。
別にジップをどうこうする気はないが、親になって育てる気もない。先行きのわからない者同士、楽しく過ごせれば良いのである。
目を覚ましたジップはまたまたジャンピング土下座。いつも通り、大人になったら責任持ってお嫁さんにしますとかいっている。
何度見ても飽きない。実に面白い。
真面目な顔で言ってるので、私も約束ねと笑いかけて指切りをしたりする。東の国の風習らしい。ジップの育ての親のダンチョーに教えてもらったそうである。薄いボディスーツ風の服を着て、その上から薄いコートを羽織る。
やはりマジックバッグが欲しい。他の荷物も持たねばならないのでジップが持てるのはこれが限界。コートはジップと犬の私が野営する時の毛布兼用である。
宿で朝食を食べて今日はカルタス観光。立派な教会、大きな橋、丘の上から見る湖。ジップに世の中を見せるためという名目だけど、この短い時間をかなり楽しんでいる私がいる。
この数百年、無限に時間があって、やりたい事は何でもできると思って引きこもりをしていたが、何でも持っているのは何も持っていないのと同じと言う事だろう。
夕飯は少しだけ贅沢をして美味しい物を食べ、浴場に寄って疲れをとって宿に帰る。帰った後はジップは勉強。イモリが思いのほか高く売れたので明日は出発だ。
私達はそのまま東に進み、ペジャンの町を経てトゥルムへ向かう。
10日後私達がトゥルムに着いた時、町はお祭り騒ぎであった。ブランカ王国の公認勇者が町の近くに棲みついたドラゴンを討伐したらしい。
実はこの世界には勇者が沢山いる。そして魔王も沢山いるのである。時たま現れるジップのような、身の丈に合わない大きな魔力を持って生まれた人間がいる。
放出する術を持たないジップのような者は成人前に死んでしまうが、放出する術を持った者は魔法使いや魔法剣士、高位聖職者などで頭角を現すのである。
大魔力を待ちそれを操る技術を極めると私のように寿命もなくなり、ヒトの姿はしているものの、人かどうか怪しい者が生まれてくる。
そして、中には寿命をなくし、増やした魔力が臨界を超えると共にヒトの心も無くしてしまう者も現れ、彼等は魔王と呼ばれる。
気に食わぬ者は殺し、魔力を取り込むためにヒトを喰うのも厭わず、気分次第で町や村を破壊する甚だ迷惑な存在となる。
ヒトの心と寿命を持ったまま、魔王に匹敵する魔力を待ち、魔王を倒す光魔法を使える者は特に勇者と呼ばれ国や町の庇護を受け活動する。
何十人といる訳ではないが、世界には魔王も勇者も常に十人程存在していて、戦いを続けている。
もちろん魔王が勝つことも珍しくなく、新たな魔王も勇者も生まれるため、この戦いは終わらない。勇者はパーティを組んで活躍する事も多く、世界の巡回のついでに迷惑なドラゴンや魔物も討伐してくれるため人気が高い。
また、勇者は自己申告であるため、光魔法を使えなくても、強い魔力を持つ者が勇者を名乗っていたりする。
勇者は歓迎され、大事にされるのでそれなりの実力があれば勇者を名乗るメリットは大きいのだ。それに途中から光魔法を使えるようになる者もいて一概に偽物とも言えないのである。
そして、子供の頃から異能を顕した特別優秀な者は公認勇者として国に庇護され育てられるのである。
公認勇者とはいっても、国の戦力として戦争に参加したりはしない。国境に関係なく魔王や魔物と戦うだけである。彼らが名をあげる事により、国家の威信を高める事を目的としている。
稀ではあるが、勇者であったのに、魔力に押し潰され、闇堕ちして魔王になる者もいる。こいつが現れると国が滅びる程の災厄となる。
俺の名前はアモン、17歳。ブランカの勇者をやっている。今はトゥルムの町でドラゴン討伐をしたお祝いの祭りでパレードに参加している。
一緒にいるのは、魔法使いの女の子ベルゼ、弓使いの女の子モレク、賢者の女の子フルーレの3人。 子供の頃、ブランカ王国に才能があるといって集められて一緒に育った幼馴染だ。
俺らは勇者の星の元に生まれた運命の子だとかで、皆17年前の大彗星が接近した同じ日に生まれている。
そしてその後、国の大占星術師に指名されだというか、見つかってしまい8歳の時親元から引き離されそれぞれの才能にあわせて英才教育という名の地獄のような訓練を受けて、15歳になると魔王を倒すようにと言われ国を出された。
各地の冒険者ギルドで不自由しない程度のお金は受け取れるし、その時に報告書を提出するくらいで大して面倒ではないし、人々には敬意をはらわれ、訪れる町や村では歓迎され、世間一般の冒険者より遥かに恵まれている。
だけど、それでもである。俺はとっても不幸だ。勇者なんて呪いとしか思えない。
あと1日早く生まれていればとか、あと1日母親のお腹の中にいればとか、何度考えた事だろう。
勇者の才能も要らないし、魔法なんか使えなくて、故郷で父親の跡を継いで、畑を耕している生活を何度夢に見た事だろう。
目が覚めたら、今の現実が全て夢で、勇者でも何でもない普通の人だったらと思った事も何度もある。
確かに俺に剣と光魔法の才能があるのは間違いない。一流の教師をつけられたとはいえ、15歳の時には全ての教師を凌駕していた。教師の中には元勇者もいたのだ。これは他の3人も同じで、今回の勇者達は歴代最高の強さだとか言われたのも、間違いない気はする。
でも、俺には誰にも知られてない、決定的な弱点がある。恐ろしく気が弱く、およそ戦いというものに向いてないのだ。勇者なんどから克服しなければと思い、必死で努力したけどどうにもならなかった。
ホーンラビットのような弱い魔物でも正面から向き合うと足がすくんでしまう。闘いになれば訓練のせいで、体が勝手に動いて勝ててしまうのだが、とにかく怖いし、闘うこと自体好きじゃないし苦手だ。
悟られないように、余裕の顔を作り、倒した後、ポーズをとって 「弱すぎてつまらんな」 と呟いてみたり、戦いの前に 口角を上げて「剣の真髄を見せてやろう」と呟いたりとか必死に演じているけど、心臓バクバク、ちびるのを我慢するだけで精一杯なのである。
魔王を倒す前に、ストレスで死にそうなのだ。
おまけに同行のベルゼ、モレク、フルーレの3人。俺は彼女達がとっても苦手なのだ。
なんで神様は男4人のパーティでなく男1人に女3人を選んだのだろう。せめて2人と2人にできなかったのだろうか。
知らない人間から見れば、美少女3人を引き連れたハーレムパーティなのだが、内情は全く違う。俺が昔、魔物を前にしてお漏らしをしたり、腰を抜かしたのを知っているせいか、俺の事を完全にばかにしている。
必死でポーズを決めている俺の気持ちも知らないで、キモッ!とか言って3人でくすくす笑うなんてのは良い方で、わざと俺の前でスカートの中が見えるような格好をしたり、薄着で挑発するようなポーズをとって、ついそれに目を向けてしまった俺に「変態」とか言って3人で笑ったり、見下すような目で見たり、最悪である。
そのくせ、人前では俺の事を褒めたり持ち上げたりして、そんなそぶりは絶対見せない。
俺は、自分で言うのもなんだが、見た目も最上級ではないにせよ、それほど悪くはないと思っている。
俺を見た女性達が、皆黄色い声をあげ騒ぐのは勇者だからだけでは無いと思う。
昨日もトゥルムの領主の令嬢が、俺の事をうっとりした目で見ていたが、その後、ベルゼがすれ違いざまに
「ヘタレのお漏らしが、調子に乗るんじゃねーよ」
と囁く。一体なんなんだろう。一回パーティから逃げ出したことがあるが、ベルゼの追跡魔法で探されて捕まり、一晩正座させられて説教された。殺し合いになったら1対3でも勝てそうな気もするが、勇者がパーティメンバー殺して無理心中と言うのは、勇者に期待している人々を見ているととても出来ない。第一魔物やドラゴンは殺せても、人を殺す自信がない。
そして、ヘタレの俺は彼女達が戦いの時ピンチにおちいったとき、見捨てるような事もできないのだ。
人々に害悪を撒き散らす魔王を1人倒せば勇者の義務は終わってパーティは解散、勇者も引退するらしい。その日を夢見て俺は今日も魔物を倒して、魔王と戦える程の力を得るべくレベルアップに励むのであった。
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