第10話 旅立ち
春になった。ジップは少し背が高くなった。私は小犬のままで、大きくはなっていない。
ジップが文字を覚えたため、私達は筆談ができるようになり、ジップは小さな黒板を持ち歩くようになった。
表は黒板、裏には文字と『はい』、『いいえ』の二つの言葉が書いてあり、これを使えば犬の時でも最低限の意思の疎通ができる。
私はセルビアム王国にあるパルムのダンジョンに行くことをジップに提案する。アルジャンのギルドマスターに証明書を書いて貰えば旅の途中の依頼も受けられるし、パルムのダンジョンも年齢制限なく入れるはずだ。
パルムに行くには、子供の足だと最短ルートでもここから1ヶ月以上かかるが、あそこのダンジョンにはどうしても欲しいダンジョンマスターのドロップ品、マジックバッグがあるのだ。
マジックバッグをドロップする最下層のダンジョンマスターはオーガジェネラル。今のジップと私では少々力不足であるが、今のジップの力の伸びを考えると、最下層に行き着く頃にはなんとかなるはずだ。
ダンジョンマスターのドロップ品はランダムであり、マジックバッグのような希少品は出やすいとは言っても滅多に出ないのであるが、
私はパルムのダンジョンでマジックバッグを確実に手に入れる方法を知っている。
昔、どうしても欲しくて何年かここにかかりっきりになった事がある。その時に特定のパターンで階層主を倒してゆくと必ずマジックバッグがドロップされる事を発見したのである。
その後はいくつか手に入れたバッグを元にして自分でもマジックバッグを作れるようになったのだが、今の私には作れない。
子供らしからぬ身体能力と強さを持つジップではあるが、持てる荷物の量は体の大きさに制限されてしまう。小犬の私は言うまでもない。
私たちには、マジックバッグはどうしても必要な品だった。
多少お金が貯まったとは言っても、馬車を買えるほどのお金は無く、直通の駅馬車はもちろん馬車を乗り継いでパルムに行けるようなルートも無い。自前の馬車を用意できなければ基本徒歩。場所によっては駅馬車が使えるというのがこの世界の旅である。
途中の町で依頼をこなして旅費を稼ぎながらパルムに向かうこととなった。
まずは東に向かい、隣町のロキを目指すことになった。ロキまではジップの足で2泊3日。
途中宿のある小さな村がいくつかあるが、泊まれなければ野宿である。野営の準備も怠りなく我々は出発したのだった。
ボク達はパルムのダンジョンに向かって出発した。クロエ師匠が言うには、このままアルジャンで冒険者をしていても勇者にはなれないらしい。世界を旅して魔力路を開く方法を見つけるか、開ける人を見つけないとダメなのだそうだ。
そのためにはパルムのダンジョンを攻略してマジックバッグを手に入れないと子供と小犬では世界を旅するのは難しいらしい。
人間に変身した時のクロエ師匠はとっても物知りになるのでクロエ師匠と呼んでいる。その方が一緒に歩いている時なども楽だからだ。ボクといると親子にも姉弟にも見えないらしく、師匠と呼ぶのが周りから見ても一番自然な気がしたからだ。
クロエは呪いか何かでたまに人間になるけど、大体小犬なので普段は問題ないんだけど。
ロキまでの2泊は野宿だった。ジップは途中ホーンラビット3匹を狩って薬草を採取、ロキの町に入った。獲物を換金、ここでは宿をとって、公衆浴場。
やっぱり風呂に入ると疲れが取れる。タライ風呂だけど。夜は屋台で済ませて早めに寝る。
人の姿の私とは頑なに寝ないくせに、犬の時の私と寝るのは問題ないらしい。2人で仲良くくっついて寝る。
ロキ、ミーム、アトスと旅は順調に進み、3週間後にはカルタス湖のほとりにある町、カルタスに着いた。疲れも出てきたのと、そろそろ満月なのでここには何日か滞在して休む予定。
休むと言ってもギルドで何かよい仕事があれば路銀の足しにするつもり。
朝起きて、2人でギルドに向かう。掲示板には沢山の仕事の依頼が張り出されている。高額な仕事は指名のある物も多く、ここに張り出されているのは比較的短期で安い物ばかりだ。旅の途中なので泊まりの仕事は避けて近場の日帰り仕事から選ぶ。
ジップは読み書きできるようになったので、
以前のように受付の人に仕事を紹介して貰う手間もなく、初めての町のギルドでも仕事が選びやすい。難しい文章はまだ無理だが、元々冒険者も含めて、平民はあまり読み書きのできない者も多く、掲示板の依頼は簡単な文でわかりやすく書いてある。
で、ジップの選んだのはカルタス湖畔の鍾乳洞での夜光草の採取依頼。アルジャンのギルドマスターの紹介状があるとは言え子供と小犬では討伐依頼は認められない。討伐の場合、全く役に立たないようだと紹介したギルドの責任も問われてしまう。やはり採取の常時依頼の方がいろんな意味で無難なのだ。
夜光草は昼間日向に置いておくと、暗くなったあと数時間光るのである。光量もそこそこあるため、採った後干してガラスの小瓶に入れておくとちょっとした明かりとして便利なのだ。
火事の心配も無く、効果も半年くらい続くので蝋燭より人気がある。ただ、どこでも採れる訳ではなく、鍾乳洞など水分の多い比較的大きな洞窟に生えていることが多い。また、好んで夜光草を食べる夜光イモリという魔物と遭遇する事もあり、採取には多少のリスクを伴う。
夜光イモリは成体で体長2m位。夜光草だけでなく、小動物も食べる。
しかも麻痺毒を吐くちょっと厄介な魔物だが、魔石が大きく、干した胆嚢は良い解熱剤となり、その肝臓は、干して粉にして小瓶に入れると夜光草を干したものより明るく、光っている時間も期間も長いため倒せれば結構高く売れる。
ただ、子供のジップと小犬の私は獲物とみなされる可能性もある。出会わないに越したことは無い。
鍾乳洞用の装備など持ってないので、松明や防水の皮袋など今日は必要な物を揃えて、明日から採取を行う事にした。
宿で早めの朝食を食べ、頼んでおいた弁当を受け取り鍾乳洞に向かう。
ギルドに簡単な地図があったので、松明に火を灯しそれを見ながら奥へ進む、ダンジョンと違って自然の洞窟なので道が別れていたりは少ないのであるが、分岐点ではかならずマーキング。瘴気溜まりとかに気をつけながらゆっくり進む。
私もジップも小さいので、下の方にできやすい瘴気溜まりに気づかないと、息ができなくなって死んでしまう。
幸い犬の時の私は鼻が効く。夜光草の匂いを一度嗅いで覚えれば、匂いの強い方に進むことで群生地が見つかる。草と言う名前がついているが、苔である。竹のヘラでこそげ落とすように採取するのはジップの仕事である。途中開けたところで昼食をとり、午後も採取活動。割と早いうちに袋がいっぱいになったので撤収した。
次の日も朝から採取活動。私が見つけてジップが採取。中の空気が思ったよりきれいだったので、今日の昼はちょっと贅沢。小さな焚き火でベーコンを炙ってソースを塗ったパンに挟んで食べる。
鍾乳洞の中に充満したベーコンの匂いが悪かったのか、私の耳にズルズルと近づいて来る音が聞こえる。犬の時の私は耳も良い。
ジップに警告。来客に備える。暗闇の向こうから夜光イモリが近づいてくる。普通は2m位の魔物らしいが、こいつはデカい。体長は優に3mを超えている。
夜光イモリという名前だけど、見た感じはサンショウウオ。魔物なので全く違う物かもしれないけれど。暗闇で体がぼんやり光る、まだら模様のぬるぬるした表皮のそれはなかなかグロテスクだ。
まずは私のウインドカッター。ダメだ。皮膚は傷つくものの深く切れない。もともと威力のある魔法ではないが、ぬるぬるした表皮と相性が悪い。と言う事はジップの剣の効果も悪いかも。
突進してくる魔物を避けながらジップが刀を振るう。頸を切ろうとするがやはり深くは切れない。すかさずファイアアローを放つ。これは有効。前脚に刺さって肉を燃やす。
だけど、攻撃場所を考えないと肝臓がダメになりそう。怒ったイモリが口から毒を飛ばす。
横に逃げて反対の前脚を狙おうとした時、ジップの声。
「クロエ、上に気をそらせて!」
イモリの頭の上にウォータで拳大の水の球を出してそこにファイアアローを打ち込む。一瞬で気化した水が爆発する。威力は無いがイモリは首を上げて上を見る。
その瞬間、引いた右手に剣を刃を上にして水平に持ち、剣先をイモリに向けて、左手の甲を剣先の棟に添えた格好のジップが突進する。
イモリの正面から、踏ん張る後ろ側の足と剣先に魔力を集めて、右手を突き出し、頭を上げたイモリの首を突き刺す。
全身のバネを使った見事な刺突だ。首から入った剣は延髄を突き刺し、イモリは一瞬で絶命する。
「奥義、龍月」
ジップが呟く。奥義を使った後のこの呟きは流儀の作法らしい。旅芸人の一座に育てられて、そこで剣を習ったらしいので舞台の演出とごっちゃになっているような気もするが、さすが元役者。様になっていて格好良い。
使う技を相手に教えて使うのは闘いにおいては賢いやり方では無い。
攻撃魔法も詠唱を簡略化する段階で魔法名を口に出すだけで使えるようにする事があるけど、使う魔法を教えてしまえば、効率良く防がれてしまう。無詠唱魔法が求められるのにはそんな理由もある。
イモリを鍾乳洞の中を流れる川に引きずって行って、頸の血管を切って血抜きをする。胸からお腹の皮を切って魔石と肝臓を胆嚢ごと切除。他は価値が無いのでいくつかに切り分けて川に捨てる。
魔石と胆嚢の付いた肝臓を更に川の水で洗って今日は撤収。これ以上は持ち帰れない。
ギルドで夜光草と獲物を売って今日も風呂。
明日は満月。人間に戻れる日なのだ。
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