第8話 責任

 公衆浴場からのいつもの食堂で夕ご飯。今日は渡り牛のシチュー。夏は涼しい北の草原に。寒くなると暖かい南の草原に数十万頭という大群で移動してる牛だ。

 怒らせると、群れに蹂躙される。魔物のスタンピート並の破壊力で城壁のない町など消滅してしまう。1匹1000キロもある、牛というよりほぼ魔物並みの破壊力。昔は魔物に分類されてたとか。

 それだけ数があるとはぐれるやつが時々いて、それを狩る。味は抜群。この時期と初夏にしか食べられない季節の味だ。特にこの時期は脂がのっていて美味い。

 ゴロゴロした肉の入ったボリュームのある茶色いシチューを堪能して帰宅する。明日はステーキを出すから必ず来いと言われた。何を置いても行かねばなるまい。


 寝る前に歯磨き。私も特注のブラシで磨いてもらう。口臭のするレディなんてありえない。 火の始末をして灯りを消してベッドに潜り込む。暖房は無いけど毛布も2枚掛けてるし、2人なら寒くない。


 朝だろうか、窓の外明るくなってきている。なんだろう、この懐かしい気のする甘い匂いは。

 ぷにぷにしたものがボクの頬に触れている。誰かに抱かれている……

 目が一瞬で覚める。今、毛布にくるまっている僕はベッドで誰かに抱かれている。とっても綺麗な女の人だ。子供だって綺麗な人くらいわかる。

 今まで見た事もない程綺麗な人。一度だけ見た大きな劇団の女優さんより綺麗……で、この人裸だ。裸は肌が何もつけてないで全部見えちゃう状態。服も下着もつけてない状態が裸だ。 うわぁ、見ちゃいけない。何故かはわからないけどきっといけない。

 あたふたしてたら女の人が目をが開ける。笑った。恥ずかしくて下を向いたらおっぱいが見えて、頭がクラクラする。落ち着けボク。

 そうだ、こんな時どうしたら良いかをボクは知っている。前に知り合いの冒険者が教えてくれた。そのあと周りから子供に何を吹き込んでいるんだって、どつかれていたけど。


 慌てて毛布から飛び出して正座で着地。地面に頭を擦り付けてフライング土下座。これが正しい作法だ。実演してくれた冒険者に感謝。ボクはあのあと何度も練習して完璧な所作を身につけている。そしてキメのセリフ。


 「すみません、ボクは子供だけど喜んで責任をとらせてもらいます。大人になったら結婚して下さい。頑張って幸せにします」


 目が覚めたらヒトに戻っていた。見るとジップが固まっている。そりゃあ犬が人間になっていたらびっくりするだろう。赤くなったり青くなったりしていたと思ったら、突然ベッドから飛び出して土下座した。挙げ句の果てにプロポーズしている。7歳児が何を考えているんだか……笑いたいが声が出ない。腹が捩れる。

 誰かにからかわれて、何かおかしな事を教えられたらしい。


 さてどうしよう。とりあえず毛布を巻きつけてベッドに座る。1日しかこの姿ではいられないが、無駄にしたくない。まずは服だな。いや、その前にあれだ、土下座しながら目をつぶって私を拝んでいるジップの頭を突っつく。

 無視してひたすら拝み続けている。負けずにしつこくツンツンしていると上目遣いにこちらを見るので、首輪を指さす。

  

 「クロエなの?」


 頷くと手を持って教会に行って呪いを解いてもらおうとか言い出す。肩を抑えて、落ち着かせる。

 口が聞けない事を身振りで教える。そうだよね犬だから喋れないよねって言って納得してるけど無視。

 ジップの服を指して、次いで財布を指すと、勘の良い子だ。すぐわかって服を買ってくるんだね?と尋ねる。頷いて部屋にある薪をウインドカッターで薄く削ぐ。消し炭で私のサイズ、女性用の下着、安い服、フード付きのコート、靴下、靴となどと書いて渡す。


 しばらくするとジップが荷物を抱えて帰ってきた。この辺りの平民街で売っている普通の品だが、趣味は悪くない。そう言えばジップの服装もなかなか機能的で格好良い。

 だいぶ使わせてしまったが、嫁にもらってくれるらしいし、私の飼い主なのだから大目に見てもらおう。

 外に出ようと誘って手を繋いで外に出る。嫁にもらうとか言ってたくせに恥ずかしいらしく手を離そうとする。とてもかわゆい。

 あまりからかうと可哀想なのでやめた。店に行って下着と靴下をもう1セット買ってもらった。それとちょっと高かったけど紙を少しと筆記具。黒板、チョーク。

 仲良く屋台を回って、午後はジップに字を教える。いつもの食堂はクロエが人間になったとか紹介しそうなので遠慮した。そして今日も公衆浴場。死ぬ前に人生で幸せだった日を10日間選ぶとしたら今日は絶対入るに違いない。 


 夜は一緒に寝ようって言う誘ったら頑なに断られた。床にマントを敷いてそれで寝るという。静かだなと思ったら寝てたのでベッドに運んで一緒に寝た。


 綺麗な女の人はクロエらしい。何故ならクロエの首輪をしていた。服が欲しいらしい。当然だよね。ボクも服を着て欲しい。器用に薄い紙みたいな物を作って消し炭で必要な物を書いてくれたので、買ってくる。

 服を着て一緒に外に出て、追加の買い物をしたり、一緒にご飯を食べた。犬のクロエとご飯を食べるのも楽しかったけど、人とご飯を食べるのも悪くない。誰かと一緒にご飯を食べるのなんて一年ぶりくらいじゃないかな?

 なんで黒板なんて買ったのかと思ったら字を教えてくれるらしい。頭の中良い犬だと思っていたけど、字も教えられるとは。クロエ師匠と呼ばなければならない。


 一緒に寝ようとベッドをぱんぱんされたけど遠慮した。何度も一緒に寝て赤ちゃんができたら困る。7歳で父親はさすがに無理だと思う。

犬って何匹も赤ちゃんを産むらしいし。

 朝起きたら、クロエが治ってまた犬に戻っていた。良かった。本当に良かった。何かの呪いだったのかなぁ。服は念の為、片付けて取っておく。病気ならまた再発するかも知らないからね。

 

 朝起きたら当然の事ながら犬に戻っていた。治って良かったねーとか言って涙を浮かべている。7歳児はやっぱり綺麗なお姉さんより小犬らしい。

 服を畳んで部屋の隅の空き箱の中の予備の下着と一緒に仕舞っている。履いていた下着と靴下は洗濯物用の朝袋に入れている。なかなか見どころがある。気の利く男子は将来モテるぞ。

 

 

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