第5話 街道にて
ボクは住んでいる町、アルジャンに向かって歩き始める。
クロエは昨日死にかけたばかりなので、元気になったとはいえ長く歩けるほど体力は戻っていない。 熱も下がったようだけど、そもそも犬の平熱がわからない。
ボクの懐に入って鼻だけ出している。
今度は毒消し草の群生を見つけた。これはとても高く売れる。全部採ればかなりのお金になる。根さえ残せばまた生えてくる。
クロエに君は幸運を運ぶ犬なのかな?とか言いながら採りまくった。
背負い袋には入り切らないので、四角い布を出してそれに包んで背負い袋の上に固定する。
疲れたので一休みする事にして、宿で作ってもらったお昼を食べる。パンと燻製肉を出して、竹筒に入れたスープをそのまま、集めた松ぼっくりと小枝を燃やして作った焚き火に入れて温める。
寒い季節なので温かい物を食べられるだけで疲れが全然違う。
クロエに薬を飲ませて、パンをスープに浸して分け合う。誰かとご飯を食べるなんて滅多にないから幸せな気分になる。
後片付けと火の始末をしっかりして歩き始める。しばらくするとクロエが何かを警告するように鳴く。
右の草むらからホーンラビットが2匹こちらに向かって来る。角のあるウサギだけど、こいつは鋭い牙も持っていて肉食である。子供のボクは獲物に見えるのだろう。
気がつくと、暖炉の前で毛布にくるまった子供に温められていた。死んだと思ったがどうやら生きているらしい。悪寒と寒気は酷いし力が入らないが、なんと心地良い事か。
暖かくしたミルクを与えられる。夢中で飲む。涙が出る。
病気だから飲めと言われて薬らしき物を目の前に出される。解熱効果のある薬草だ。
犬の口では飲みにくいが頑張って飲む。
いい子だと褒められてまた子供に抱かれる。しばらくすると熱が下がったのか体が楽になりそのまま寝てしまった。
次の日の朝目覚めるととても楽になっていた。良かったねーと頭を撫でてもらい、温かいミルクに浸したパンを2人で食べる。何ヶ月ぶりかのヒトの食事だ。落ち着いて見ればここは田舎の宿屋らしい。この子はこの家の子供だろうか?
朝食を食べて一休みすると、子供はさあ帰ろうかと言って部屋に戻って荷物を持ってくる。
昨日は暖炉の前で寝ていたが、私を温めるためで、ここの客だったらしい。
私がこの村の犬でない事を確認して、誰かが探してたら教えるように自分の名前と住処を教えて私を懐に入れて彼は歩き始める。
ボクはジップという名前だよ。たぶん7歳。君はクロエで良いんだよね。こう見えてもボクは冒険者なんだ。将来は勇者になって魔王を倒すんだよ。君の体が良くなったらお肉を食べようね。今日はお日様が出てるから安心さ。
彼は私に話しかけながら街道を歩く。なんで子供がこんな所を1人で歩いているんだろう。子供の冒険者はいない訳じゃ無い。
いや、決して豊かで無いこの世界で圧倒的に足りない孤児院などを補う為にあちらこちらで冒険者という名前で自活している小さな子供は沢山いる。
社会から取りこぼされた孤児達が、怪しげな仕事に巻き込まれてて死んだり、飢え死にしたり凍死するのを減らすためのセイフティネット
にもなっているのだ。
でもこの位の子供の冒険者達は町の教会が作った「子供の家」で共同生活を送りながら助け合って生活している。
仕事も街の掃除やらメッセンジャーなど安全な仕事をしており、たまに大人に混じって集団で町の周辺で薬草摘みをするくらいである。
こんな町から離れた、誰もいない野原で、嬉々として毒消し草を収穫したりしていない。
摘んだ毒消し草を集めて、木を集めて焚き火を始めた。お昼ご飯にするらしい。竹筒のスープを温めパンを浸したものを分け合ってたべる。
久々の塩気がたまらない。身体に力が戻って来るのを感じる。
後片付けをしっかりして出発。程なく私の耳は異変を感知する。街道右手の草むらから何者かが近付いてくる。人では無い。獣か魔物が2匹。とりあえずワンと吠えてジップに知らせる。
まずい、ホーンラビットだ。野犬くらいなら私の魔法で追い払える。狼でも2匹なら倒せなくても追い払う事はできると思う。獣は火を怖がるからファイアボールを使えば無理にちょっかいを出してはこない。
だが、魔物は違う。ファイアボールや更に上級の魔法を使うものも沢山いる。ホーンラビット1匹なら私がなんとかできる。でも2匹では無理。
一般人でも男なら武器さえあれば倒せる魔物だが、子供や小犬では歯が立たない。せっかく助かったのになんという事だ。
私が相手をして喰われている間にこの子を逃すしか無いだろう。一宿一飯の恩があるし、何より私は大人だ。子供を犠牲にして生き残る訳には行かない。
ジップの懐から飛び出して戦闘準備。
と、上からのんびりした声が聞こえる。
「ポリーニ村の依頼は討伐対象は全部引き渡しだったけど、ここで倒したやつはボクの物だよね。この季節のホーンラビットのシチューは体が温まってとっても美味しいんだ。君はやっぱり幸運を運ぶ犬かもね」
いつのまにか背負い袋を下ろして、袋に固定してあった剣を構えている。50センチ位の刃渡の片刃の剣だ。僅かに反りが入っており、刀身の刃の無い方には見たことのない文字が鍔から刀の先の方まで彫ってある。
ジップが飛び出す。迅い。とても子供の動きでは無い。舞うように刀が振り回される。2匹のホーンラビットの間を彼が走り抜け、右側に剣を水平に構えて残心。ホーンラビットは首の血の管を切られている。あまりの迅さにまだ飛び掛かろうとして前脚を上げたままである。首からヒュルヒュルと血が吹き出す音がしてホーンラビットは倒れる。血振をしてポケットから出したボロ布で刀身を拭いて鞘に収める。
多少力が強くても子供が骨を断ち切るのは膂力の問題で難しい。大剣のように重さとパワーで切るというより、断つような使い方をする剣と違って、細身で美術品のようなジップの剣は骨などに当たれば刃こぼれもあるだろう。切先で血管を狙うジップの剣術は誠に理にかなったものだった。
だけど、この子の力は何か違う。技術とか剣の性能とは根本的に違うものだ。だけどそれが何なのか私にはわからなかった。
近くの木にホーンラビットを逆さに吊るして血抜きをする。この時期は冷やさなくても肉が悪くなりにくいから楽だよねーとか呟いている。
その後、獲物も背負って私達は彼の住む町、アルジャンに向かったのであった。
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