第4話 ジップ

 ボクの名はジップ。ただのジップだ。名字は無い。

 名字を持っているのは王族や貴族、騎士や名前の知れた魔法使いとかだから、ほとんどの人は名字は持ってない。


 ショクギョウは冒険者。たぶん7歳。たぶんというのは、ボクはお父さんもお母さんも知らないし、自分がいつ産まれたのかも知らないから。

 ボクの一番古い記憶は、ダンチョーと馬車に乗っている記憶だ。ボクは去年まで旅芸人の一座と暮らしていた。

 ダンチョーはイチベー・ワギュー。元は東の方の島国のサムライだと言っていた。

 ボクに剣術を教えてくれたから、騎士だったのかもしれない。


 ダンチョーの話では、ボクはある町で興行した後、次の町に向かう途中、いつの間にか荷馬車に乗って寝ていたらしい。

 3歳くらいで、ボロボロの服とも言えないような布を身体に巻き付けていて垢だらけ。どう見ても浮浪児。次もその次の町も孤児院が無かったため、何となく一座に混ぜてもらえてそのまま育てられた。

 だからボクは見つかった日が3歳の誕生日。

 

 ボクはよく熱を出して具合が悪くなった。ダンチョーが身体を強くするためにと言って、剣術を教えてくれた。

 ワギユーチンカゲリュー剣術。ダンチョーはメンキョカイデンだと言っていた。すごい事らしい。

 ボクには才能があったのか、ダンチョーがよく褒めてくれた。

 4歳になる頃には木刀で、はぐれゴブリンとかなら倒せるようになった。

 5歳になったとき、ダンチョーがお漏らし流剣術のメンキョカイデンだと言ってワキザシという名前の刀をくれた。失礼な。もうボクはおねしょはしなくなっていたのに。


 ボクの教えてもらった剣術は、一座の演劇でも役に立ち、子供のボクが綺麗な殺陣をこなすと観にきたお客はとても喜んでくれた。旅芸人の生活はとても楽しかった。

 でも、6歳になった時、ダンチョーが死んだ。 いつも通りお酒をたくさん飲んで寝たんだけど、次の日に起きて来なかったんだ。


 そしたらフクダンチョーのフェルナンドさんが次の日ダンチョーになったんだけど、ボクや年寄りのバシリオさんは出ていくように言われた。

 仕方ないので、ボクは冒険者になった。

冒険者と言っても、皆が魔物を討伐したり、ダンジョンに潜る訳じゃない。子供の冒険者も沢山いる。

 子供の冒険者は薬草を摘んだり、街道の掃除をしたり、いろんな雑用をしてお金をもらう。そして大きくなると魔物を討伐するような冒険者になったりするんだ。

 お父さんやお母さんのいない子供は町には沢山いる。

 冒険者ギルドが子供にも仕事をくれて、冒険者にしてくれるのは、そういう子供達を助かるためでもあるんだ。と知り合った冒険者が言ってた。


 その日、ボクはある村で畑を荒らすホーンラビットの討伐の依頼を受け、ベースにしている町へ帰ろうとしていた。

 15歳までは見習い冒険者と言われ、掃除や、おつかい、町の近くでの採取依頼くらいしか受けられない。

 これは、子供の冒険者を守るためでもあるんだ。

 だけど色々とあってボクはゴブリンやホーンラビットなど低級な魔物に限って許可されている。

 

 で、町に帰ろうとしていたんだけど、なぜか帰れない。知り合いに言わせるとボクは方向音痴のスキル持ちなんだそうだ。

 朝日が昇る方が東。夕日が沈む方が西。朝日を背にして、ご飯の時ナイフを持つほうが北。反対側が南。夕日の場合はナイフを持つ方が南。

 今は昼過ぎでおまけに今日は曇り空。ボクはご飯は手掴みが多いし。どちらの手でもナイフは使える。北だの東だの無理。


 昼前に依頼が終わって、この村は町の北にあるから、南に行けば良いのはわかるんだけど、南がどっちなんだかさっぱりわからない。

 たまにいる、畑仕事をしている人に聞いてそっちに行くんだけど何故かまた村に戻ってしまう。

 まさか呪いか何かで、迷宮とかダンチョーから聞いたハチモントンコーって言う異界につながる道ができたんじゃ…なわけ無いよねー。どこかに行って帰れなくなるのは初めてじゃ無いし。


 村の真ん中を流れる川を見ながら、そう言えばこの川は、町の横を流れる川と同じなんだろうか?同じなら川を見ながら帰れば良いのかもなんて考えていると上流から流木が流れて来た。

 何かが引っかかっている。犬みたいだ。自分の意思で流木に乗って川を降ってる訳じゃ無いよね。

ぐったりして首から上しか水の上に出てないし。


 川は昨日の朝まで降っていた雨のせいで増水してるし、もうすぐ冬になる今の時期に川で泳いで良いことがあるとは思えない。

 下流に向かって走って、橋の上から腰に巻いていたロープを投げて流木に引っ掛ける。投げ縄や縄抜けは舞台でやるのに練習してたから割と得意だ。

 よし引っかかった。端っこを欄干に結んでロープを手繰り寄せる。


 流れていた犬は、小さな黒犬で手足の先は薄茶色。胸から口と鼻周りが白くて、眉毛のあたりが茶色くなっている。氷みたいに冷たくて体がこわばっている。なんとか呼吸器をしているし一応心臓も動いている。

 背負い袋から布とボクの服を出して体を拭いて、周りから木を集めて火をおこす。布で身体を擦ってさらに水を拭いて僕の服の中に入れてマントをかき寄せ焚き火のとボクの体温で温める。

 しばらくしたら、呼吸が落ち着いてきたけど今度はガタガタ震え出した。火の始末をして懐に入れたまま、昨日泊めてもらった村で唯一の宿屋兼何でも屋に向かう。今度は迷わない。向こうに見えているし。

 宿屋のおばさんに、さっき助けた子犬と一緒にもう一泊できないかと頼むと、物好きだねーとあきれられたが、昨日と同じ銀貨1枚で犬と泊まるのを許してもらえた。

 今回の討伐の依頼料は銀貨20枚だから全然問題ない。それに村にくる途中、魔力草の群生を見つけて採取してきたので、これも銀貨数枚になるはずだ。

 

 宿の暖炉の前で犬をを温めてマッサージを続ける。宿のおばさんが拭いてやれと言って熱いお湯で濡らしたタオルを持ってきてくれた。ついでに濡れたあんたの服も乾かしておいてやるから出しなと言われてお願いする。

 代わりに毛布を借してもらった。暖炉は焚き火と違って暖かくてポカポカだ。しばらくしたら犬が目を開けた。

 犬の体が温まったきたら、逆に妙に熱い。

震えがとれないし、熱があるのかも。様子を見に来たおばさんに相談すると熱冷ましの薬草はあるけど犬が飲むかねぇと言って持ってきてくれた。お金を払おうとすると、そこいらに生えてるペンペン草を焼いたものだから気にするなと言われた。

 一緒に温めたミルクを持ってきてくれたのでまずミルクを飲ませてみる。良かった少しずつだけど飲んでくれる。薬はどうだろう?

 食べないと熱が下がらないよと言うと、わかるのか食べてくれた。ボクもご飯をもらいその場で食べて、毛布にくるまって2人で寝た。


 翌朝目が覚めたら、一緒に寝ていた犬は自分の足で立ち上がっていた。おばさんから温めたミルクとパンを朝ごはんにもらい、パンをミルクに浸して2人で食べた。

 首輪をしていたので飼い主がいるなら届けようと思ったけど、おばさんの話では村の犬じゃないし、川の上流は遠い黒の森まで続く大きな森であり、人など住んでいないという。首輪の金属板の文字はクロエと書いてあり、この子の名前じゃ無いかとの事だ。裏の魔法陣は何なのかわからないと言われた。


 今日は晴れだ。町に帰れる。おばさんに何度もお礼を言って出発する。この子はとりあえず連れてゆくことにした。ボクの名前と居場所をおばさんに教えて、この子を探しにくる人がいたら伝えて欲しいとお願いする。

 弱い者を子供のボクが助けるなんてほとんどできないけど、目の前にいて自分がなんとかできるなら手を貸そうと思う。だってそうしてもらったから、ボクは今生きていられるのだから。

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