第2話 クロエ2

 北のダンジョンで手に入れた本を解読している私であったが、半分くらいまで解読してきて止まってしまった。

 本の余白と言うか、何も書いてないページにそれまでの内容と全く関係ない魔法陣と詠唱の言葉が書いてある。

 詠唱の言葉は古代文字であるが、魔法陣に刻まれた文字は見たことがないものである。詠唱から考えるに何かが変わると言うか何かを変える物らしい。

 そのページの前後には、魔法を使って植物の成長を変えて冬に夏の果物を収穫する事についての考察が書かれているので、関係無さそうだし、その文と詠唱の言葉の筆跡も違う。

 ダンジョンのドロップ品なのに少なくとも、人間だか、魔物だかわからないが、ふたりの文字を書ける者が関わっているという事だ。非常に興味深い。


 解読が止まってしまったのは、どうやらその得体の知れない魔法を私は発動できそうなのがわかったからだ。

 通常魔法は魔法陣に魔力を流し込みながら詠唱することにより、魔法陣に合わせて流れる魔力に波を生じさせ、それにより魔素を操り発動させる。

 能力の高い者やより高度な修練を積んだ者ほど魔法陣と詠唱を無駄のない簡略化した物にして発動できる。

 詠唱のみで魔法を発動できるのは頭の中に魔法陣をイメージで描き、それに魔力を流すことにより発動させるのである。もちろんこれも能力により発動できる魔法の規模や強さが変わるのは言うまでもない。


 したがって、魔法陣が読めるなら、魔法陣と詠唱の間に関連付けができるため、より簡単に魔法が発動できるであるが、読めなくても、詠唱に合わせて魔法陣の反応をみながら魔力を流せば魔法を発動できるはずなのだ。もちろんこれは超高度な技術である。誰にでもできるわけでは無い。


 魔法陣は読めないが、そこに反応をみながら魔力を流し込み、それに合わせて詠唱できる私なら発動できるというのはそういう事なのだ。

 だが、どんな魔法かわからないまま発動するのはリスキーであるのは間違いない。

 魔法陣の規模から言えば大した魔法では無い。爆発するような魔法であっても城や町を消滅させるような規模になる事は無いだろう。

 大体私の魔力ではどんな魔法を使おうと、そこまでの規模の発動はできない。

 ましてやメモ書きの様な魔本陣だ。何があってもこの家を吹き飛ばす程度のはずである。

 本の内容と関係ない以上、この魔法陣の解析はできない。できるとしてもいつになるかわからない。だが、どんな魔法かわかれば、逆に魔法陣の文字の解析に役立つはずである。悩ましい。

 魔法陣と詠唱の文字が違うという事は、二つの間にはそもそも何の関係も無く、何も発動しない可能性もあるが、それならわざわざ同じところに書かないだろう。


 結局、ひと月悩んだ挙句に発動してみる事にした。好奇心に逆えなかったのだ。


 色々な薬や資料もあるので、家が燃えたり爆発するのは困る。という事で家から5キロほど離れた草原に来ている。自分の周りに物理障壁を二重に張り巡らせ、魔法陣に魔力を流しながら詠唱。詠唱により生じる魔法陣の揺らぎに合わせて流す魔力を調整する。

 あれこれ試していると、遂に発動した。真っ白な光が私をつつみ、魔力の流れが周囲の魔素を集めながらその周りをまわる。集まった魔素がそこに魔法陣を描き、更に魔素を集めて新しい魔法陣が現れる。一帯が光のドームに包まれ、それが突然爆散した後、そこは元のまま何の変化もなかった。

 黒い小犬になった私以外は…


 どうしてこうなった?私が魔法を発動させたからだ。

 どうやったら元に戻る?さっぱりわからない。

   慌てるな私。伊達に500年も生きてない。今までだって色んな事があったけど、なんとかしてきた。


 光が消えた時、私は私の着ていた服にくるまっていた。目線は地面から30センチ弱。手を見ると犬の前脚。それも小さめ。自分の姿は見えないが、ワンとしか言えないから間違いない。詠唱できないから、無効化魔法は使えない。できても効くかどうかわからないけど。

 使える魔法は無詠唱で使えたファイアボールとウインドカッター。試せないけど多分ヒールも使える。

 服から這い出した私は多分裸。でも心配ない。何故なら私は今犬だから。自前の毛皮も着ているし。

 よし、とりあえず家に戻ろう。


 小1時間かけて家に戻る。途中何かの猛禽に襲われたけど、ウインドカッターが使えたのでセーフ。掴まれる前に気づいたから良かったけど気づかなかったら喰われてた。気をつけよう。

 家に戻って問題発生。鍵がかかって、魔法で守られている。留守中誰も入れないように戸締りしたんだけど、それが悪かった。入れない。


 喉が渇いたし、お腹が減った。犬になる前は喉も乾かないし、お腹も減らなかった。魔素で構築された身体だったから。お茶や酒を飲み、たまには美味しい食事を楽しんでいたが、それは楽しみのため。必要なわけではなかった。


 だけど今は何百年ぶりの空腹状態。とりあえず裏の小川に行き水を飲む。

 3日間水で耐えた。飢えでフラフラする。魔素でできた身体が変わっただけだから、死なないはずだけど、死ぬ気がする。死なないと思えば500年以上生きたから、死ぬのは怖くないとか思っていたが、死ぬ身とわかれば死ぬのが怖いというのを理解した。


 ついに我慢できずに、野鼠を捕まえて食べた。鳥とかは無理。犬でなく猫なら良かったのに。火の魔法を使えたので焼いて食べだが、使えなかったらと考えると怖くなる。

 空腹は何よりの調味料とか言ったのは誰だ。野鼠は焼いても不味かった。

 3日かけて家の横に建っている物置の横の土を掘って、物置の中に入って寝た。とりあえず雨風は防げる。これからどうなってしまうのだろう。

 ウインドカッターとファイアボールで鹿や弱い魔物くらいなら倒せそうだが、鹿なんて家の近くで見た事は無い。

 狼やゴブリンのように集団で襲ってくる相手だと確実に殺られてしまう。強い魔物や狼もいる森には入れない。

 安全そうな草原で狩をしたのだが、獲物はモグラや野鼠だった。


 困ったのは排泄。犬なのでそこいら辺にして埋まれば良いのだが、どうしても自分のお股を舐める気がしない。

 放っておいたら痒くなりそうなので何かの葉っぱに擦り付けたら、かぶれたらしく酷い目にあった。

 これは、小川の浅いところで体を洗う事でなんとかなった。

 そんな暮らしが20日も続いた頃、突然元に戻った。朝方寒くて目が覚めたら元に戻っていたのだ。

 あまりの嬉しさに叫ぼうとしたら声が出ない。おまけに家に入るため外に出ようとしたらドアが開かない。物置の扉は風で開かないように、外から閂がかかっているのだ。

 とりあえず裸なので、周りを見る。ガラクタの埃除けに古い布が掛けてある。ホコリ臭くてゴワゴワするそれを体に巻きつけ、扉の閂はウインドカッターで破砕する。


 家には入れない。さすが大魔女クロエのかけた魔法である。詠唱の出来ない私ではどうやっても入れない。

 お腹が空いたので、何か捕まえようと森に入ろうとしたが、裸足では足が痛くて歩けない。

犬の時は平気だったのに。

 物置をあさり、雪の日に作業する為に作った靴の上から履くカバーのようなものを見つけた。靴の代わりにそれを履き、昔薬草を育てた時に使った小型のクワみたいな農具を持って外に出る。

 人の体なら、できる事は沢山ある。その日はウサギと狐、鴨のような鳥を狩った。きちんと血抜きをしたため、生臭く無く、美味いとは言えないが、まだ食べられた。塩が欲しい。


 物置を少し住みやすいように整理した。扉も中と外から閂を付けて、とりあえず寝台らしきものの上で寝た。

 次の日の朝、目が覚めた時、私はまた小犬になっていた。

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