おまけエピソード3 酒は飲んでも


 この話は、謁見があった日の夜。

 英雄を盛大に送り出そうと陛下が宴を開き、終了した後の出来事。


「酒にも弱くなったのか・・・」


 普段嗜む程度にしか飲まない俺も、今回ばかりは飲まない訳にはいかなかった。

 湧き場での話を聞きたいと次々に現れる令嬢。

 そして空いたグラスに注がれ続ける酒。


 最終的にギリギリまで飲んだ俺は、ふらふらと勇者邸を彷徨っていた。

 

 (こんな時ユズハがいればなぁ)

 

 いつもお世話をしてくれるメイドさんは、最近相手をしてくれない。

 正直言うと結構寂しい。

 お風呂も一人で入っているから、余計寂しい。


「はぁー、とうちゃくぅ」


 回っていない頭で部屋まで着くとドアを開ける。

 今日はこのまま寝るのも良い。


「おかえりなさい」

「ふっ!?エステル!?」


 酔いが一気に醒めた。

 なぜエステルが俺の部屋にいるんだ。


「おかえりなさい!」

「た、ただいま・・・?」


 姫様はベッドにちょこんと腰を掛けていた。

 頬は上気しており、どこか浮ついている。


「・・・酔ってる?」

「わたくしが、酔う?うふふ、おかしい」

「あ、酔ってますね」


 この世界は『お酒は二十歳になってから』なんて法律は無い。

 今までもエステルが飲んでいるシーンを見たことは何度もある。

 しかし、酔った姿は初めて。


「カケル様」

「なんでしょう」

「こっち来て」


 姫様の目が据わっておられる。

 少女が酔っているのは、何と言うか犯罪チック。

 多分俺が元日本人だから抱く感想なのだろう。


 そそくさと姫様の方に行き、隣に座ろうとすると、


「こっち!」


 地面を指差される。

 言い方は可愛らしいのに、指示は床。


「はい・・・」


 俺は特に指定されていないのに正座をする。

 これが自分には馴染んでいるから。


「わたくし、カケル様に言いたい事がありますの」

「な、なんでしょうか姫」

「どうしてもっと構ってくれないの!」

「・・・そんなことないと思う」

「言い訳しない!」

「はい、ごめんなさい」


 エステルが公務の時以外ほとんど一緒だし、夜も寝る直前まで部屋によくいる。

 これ以上構えというのも無理がある。


 しかし彼女は酔っ払い。

 どんな言い方をしても納得しないだろう。


「とにかく!わたくしが一番じゃないといけないの!」

「一番ですよ」

「嘘!だってまた新しい女作ったもの!」

「新しい女て・・・」


 謂れのない誹謗中傷だった。

 

 (・・・エステルの視点だとそう見えるのか?)


 エステル、ユズハから始まって、アンジェ、リンちゃん、それとサーシャ。

 なんならリヴィアも数えれば6人。

 俺からすれば妹2人とリヴィアはノーカンだが、姫様からすれば全員女。

 実の妹にすら嫉妬心を向けるほどの嫉妬の化身。

 

 俺とエステルの恋愛観はほとんど対極に位置している。

 ハーレムを作りたい俺と、一人に恐ろしいほど執着する姫様。


 寝取られ、浮気、間男など絶対に許さない価値観を持つ身からすれば、エステルに歩み寄るのが当然ではあるのだが。


 (非常に難しい問題だな・・・)


 夢を諦めることもできないし、かと言って彼女を傷つけたくは無い。

 これは人生においても上位に位置する課題だろう。


「とにかく、俺にとってはエステルが一番だから」


 結局こう言う他無い。

 恋愛感情があるのか自分でも分からないが、それを抜いても一番には違いない。


「本当に?誓えますか?」

「は、はひ」

「・・・ふ、ふふ」


 何が面白いのか、姫様は急に笑い出した。

 

「そうですわ。カケル様にご褒美を差し上げませんと」


 良いことを思いついたかのように、エステルは口元を歪ませた。


「えっと、ありがとう?」


 この場合、俺にとっては以下略。


「うふふ、カケル様?」

「は、はい」


 今の姫様は普段着、白いドレスを着用したままだ。

 宴が終わった後お着替えをしていない。


 そんな姫様は、俺に右足を近づけてくる。

 途中で靴が脱げ、コンと床に落ちる。


「・・・どうぞ」

「えっと」


 白い靴下を纏った右足。

 それを見ながら、この『ご褒美』とされる行為の起点となった記憶を探る。

 

「こ、これが、欲しかったのでしょう?」


 酔いとは違う意味で「はぁはぁ」と息を荒げているエステル。


 以前、似たような事があった。

 あの時は生足で、未遂で終わったのだ。

 

 今回は靴下を履いたまま。

 一日中履いたそれを向けられても、俺は匂いフェチではない。

 いや良い匂いは好きだけど。


「早くしてください」

「でも、く、靴下」


 エステルは気付いていないのだろうか。

 もしわざとなら、とんでもない変態属性持ちだ。

 今更か。


「は、早く・・・舐めろ、ですわ」


 決してMではないのに、「舐めろ」に心がざわつく勇者。

 両手を頬に当て興奮した様子のエステルに、俺の気持ちもなぜか昂っていく。


「わ、分かった」


 姫様の足から目が離せない。

 公務で着ているドレス姿だからだろうか、背徳感すら覚える。


 俺はゆっくりと彼女に近づいていった。

 前回は直前でお預けを食らったが、今回は。


 (いや、俺はMでも臭いフェチでもない・・・でも)


 確かにこれは、ご褒美かも知れない。

 

 姫様による勇者カケルの調教は、新たな扉の開花という形で成功していた。


「早くしないと、また次回にしますわ」

「ま、待って。・・・あ」


 離れて行く足を思わず掴んでしまう。


「んっ・・・カケル様ったら」


 もう、後戻りは出来ない。

 手汗のせいか、別の理由か、じんわりと湿っている靴下。


 ゴクリと生唾を飲み、舌を伸ばす。

 そして彼女の足に、舌が触れた。


「はぁぁ」


 きっと大いに歪んでいるであろうエステルの顔を見る余裕は無い。

 舌先の水分が布に吸い込まれる感覚と、少しだけしょっぱい味。


 (こ、これが・・・エステルの汗の味)


 今この瞬間だけは、変態と罵られても構わない。

 そう思えるほどに興奮してしまっていた。


 一日中履いていたにも関わらず、想像していた匂いではない。

 むしろ、いつものエステルの匂いをより濃く感じる。


「ひゃっ・・・い、犬みたい・・・はぁ」


 もっと味わいたい。

 何かに支配されたかのように、俺は彼女の足の指を咥え、舐める。

 そうすると、エステルがくすぐったそうに反応して、余計に血が上っていく。


「そ、そんなに美味しいの?」

「むぐ」

「・・・もっと、お好きにしてください。んんっ」


 咥えたまま頷くと、姫様は嬉しそうな声を出した。

 許可を得た俺は、更に追撃を掛ける。


「も、もう・・・あっ」


 力が抜けたようにベッドに倒れこむエステル。

 それを追いかけ、逃がさない。


 どこまでも続ける俺は、やはり変だった。


「はぁぁっ・・・」

「むごっ」


 時間がどれだけ経ったのか。

 姫様はひと際大きな声を上げると、ビクッと身体を震わせた。

 その勢いで口の半ばまで足が差し込まれる。


「・・・すぅ」

「はぁ、はぁ。エステル?」

「・・・」


 反応が無い。

 俺はようやく足を手放すと、エステルの顔を見た。

 どうやら寝てしまったらしい。


 美しい寝顔の少女を眺めていると、急に罪悪感が芽生える。


「お、俺は、なんてことを・・・」


 年下の女の子の足を夢中になって舐めて、咥え、しゃぶり、仕舞には。


「ぬおおぉ」


 頭を抱えブンブンと振り回す。

 しかしそれで今の記憶が消えるわけでも、行為の事実が消えることも無い。


「だ、誰にも見られ・・・」


 俺は犯罪者のような事を言いながら頭を巡らせた。

 まずリヴィアにはばっちり目撃されているからアウト。


 (どうしてエステルは一人で、着替えもせず・・・?)


 こういう場面だと大体あるメイドが同伴していた。

 もっと言えば、お世話係の彼女が着替えをさせない選択肢は無いはず。


「・・・」


 完全に冷めきった俺は、ふとドア付近に気配を感じた。

 見たくはないのに、身体は勝手にそちらを向く。


「ゆ、ユズハさん。いつから・・・?」


 そこにいるのが当たり前かのように、ユズハは立っていた。


「最初からです」

「・・・そうですよね」


 彼女の冷たい声に警報が鳴る。

 まるで浮気現場を目撃されたかのような感覚に陥った。


「失礼します」

「ま、待って!待ってください!」


 バタンと扉を閉じて出て行く彼女を追いかける。

 なぜかそうしないといけない気がした。


「なんですか」

「いや、あのね。あれは、えっと」

「勇者様」

「は、はい」

「私は別に何とも思っていませんし、怒ってもいません」


 怒っている人のセリフだ。

 最近何かと距離を取るユズハをこのままに出来ない。

 これ以上嫌われたら生きていけない。


 何を話したのかも分からない俺をあしらい続けるユズハ。

 謎の追いかけっこは明け方まで続くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る