第三章 連合会議編

第51話 問題は一つずつ


 原因不明の湧き場活性化と、過去最大級の犠牲者。

 この事態を受けてガレリア国内は大きく変わろうとしていた。


 軍備増強、拡張と指揮系統の一本化。

 これまでのガレリアは貴族が各々の私兵や騎士団を纏めていたが、これを廃止。

 国王管轄の軍部が全てを仕切ることになった。


 貴族の反発が大きなものになるかと思われたが、勇者を擁する王派閥は今や圧倒的な支持率を誇り、貴族にとっても領内の湧き場がいつ活性化するか分からない以上、反対するものは少なかった。


 唯一の例外が『キュクノス騎士団』他、王家に属する騎士団。

 これに関しては今まで通り、各自が指揮権を持つことになる。


 大きく舵を取った陛下は、他国にこれまで以上の協力が不可欠と考え、連合会議の招集を各国へ要請。

 開催は2週間後、中立都市イルコンセで行われることが決定した。

 

 参加するのは、剣王国オルラント、聖アテーレ教皇国、獣人連合、エルフ族。

 他には中立の立場である『賢人会』や人族の分類ではあるがドワーフ族。

 そして自然界に棲む妖精族も参加するらしい。


 もちろん俺も参加しなくてはならない。

 対外的にも湧き場を世界で初めて閉じたのは勇者となっているからだ。


 最強勇者ならワクワクしそうなこの状況。

 俺の心はとても重かった。


 問題は大きく3つ。

 勇者がまた弱くなった事を話していない。

 リヴィアについて話していない。

 ユズハが最近冷たい。


 特に3番目は俺の心に苦痛を与え続けている。

 二週間後の開催といっても、人族3か国の丁度中心に位置するイルコンセまでは約一週間の行程。

 結論、一週間で色々お片づけをする必要があった。


「はぁ、寂しい」

「急に気持ち悪いっ」

「リヴィアも少しは考えてください」

「いやよ」


 リヴィアは宙に浮いたまま器用にポテチを食べている。

 俺の魔力で出したお菓子はきっと美味しいのだろう。

 ちなみに呼び捨てになった理由は、彼女の要望。


『もう女神じゃないし、リヴィアって呼んで』

『元々名前呼びだったじゃないすか』

『口答えするな。あの事バラすよ?』

『ごめんなさい』


 エステルとの件で大きな弱みを握られた俺に権利は無い。


「とにかく!ユズハと仲直りがしたいんです!」

「がんばって」

「う、はい」


 全く役に立たない元女神。

 この居候。


「今何考えたの?」

「リヴィアは今日も可愛いなぁって」

「あっそう。そっちがその気なら私にも考えがあるわ」


 ポンポンポンと次々にお菓子を召喚するリヴィア。

 そしてガリガリ削られる魔力。


「や、やめ。ごめんなさい」

「いーやーよー!」


 こんな調子だが、仲は良い。

 一番話しやすいのは結局長年一緒だったリヴィアなのだ。


「・・・うるさいっ」


 そろそろ心を読むのやめてくれないかな。

 




        ♦♦♦♦




「ユズハの好きな物、ですか?」


 困り果てた俺は、ユズハと一番付き合いが長いであろうエステルの元へ。

 部屋の隅々まで確認したから今はメイドはいないはず。


「最近距離がある気がしてさ、お礼を兼ねてプレゼントでもしたいなぁと」

「うーん。花が好きだったのは小さい頃ですし。あとは」


 姫様はそう言うと俺と目を合わせた。

 途端に顔を赤くして逸らしてしまう。


 あの夜以降、エステルはずっとこんな調子だ。

 しおらしいとでも言うのだろうか。


 (可愛い、けど・・・)


 記憶に焼き付いているのは俺も一緒。

 罪悪感が残っているが、姫様は悪いように捉えてはいないようだった。


「以前、城下町のお菓子が美味しいと話していましたの」

「さすがエステル。記憶力も良い」

「・・・ご、ご褒美がまだでしたね。城下町に行ってきても良いですよ」


 記憶力に反応したエステルは顔を真っ赤にしている。

 あのご褒美は無かったことにしたいのだろうか。


「優しくて涙出そう。俺頑張る」

「ユズハを誘っても構いませんわ。わたくしにとっても大切な子ですもの」

「え、エステルさん・・・」

「お願いしますね」


 姫様もユズハの状態について思うところがあったらしく、話は意外にもあっさり終わった。

 なんと城下町散策チケット付き。

 

「くれぐれも勇者だとバレないようにしてください」

「了解です!」


 顔を背けたまま、ぴっと指を立てるエステル。

 この世界にスマホがあれば写真に収めておきたい可愛さだった。




         ♦♦♦♦




「リンちゃんには特別任務を与えます」

「わ、わかりましゅ・・・した」


 特別と聞いて「ふんす」と気合を入れるリンちゃん。

 相変わらずの噛みっぷり。


 ユズハとお出かけをするに当たり、障害が一つある。

 それは、サーシャの存在。


 彼女の事だからきっと自分も着いて行くと騒ぐに違いない。

 ただお出かけするだけならむしろ歓迎だが、今回ばかりはお留守番。


 そのためのリンちゃん。


「・・・と、こういうわけだから、サーシャを部屋から出さないで欲しい」

「がんばり、ます」

「ありがとう!お土産買ってくるからね」

「おみ・・・?」


 言葉の意味は理解できていないようだが、とにかくやる気満々のご様子。

 頭を撫でると嬉しそうに微笑む姿が愛らしい。


 かくして準備は整った。

 後は本丸を落とすだけ。


 



         ♦♦♦♦




「仕事がありますので」

「そ、そんな」


 サーシャが寝付いたのを確認し、万全を期して誘った結果、あっさりと拒絶。

 

「他に用が無いのでしたら、失礼します」

「待って!ちゃんとエステルにも許可取ったんだ」

「・・・姫様が?いえ、私でなくリンに頼んでください」


 どうしても俺と出かけるのが嫌らしい。

 冷たい態度に心が折れそうになる。


 しかし勇者は諦めない。

 それが例えデートのお誘いであってもだ。


「リンちゃんは他の予定があるんだ。サーシャもね」

「あの2人なら言えば着いていくと思います」


 それはそうだ。

 だが予定があるのは間違っていない。

 お留守番と見張りという立派なものが彼女達にはある。


 そもそもユズハは何故頑なに距離を取ろうとするのだろう。

 失敗を引きづっているのか、それとも本当に。


「やっぱり俺の事が嫌い?」

「好きとか嫌いとか、そういう話ではありません」

「嫌いなんだ・・・」


 あり得ない話ではない。

 特にエステルとの夜は致命的だった。


「・・・他に無いようですので、これで」


 ユズハは一瞬困ったような顔をしたが、話を切り上げて後ろを向いた。

 この世界に来てからずっと味方でいてくれたメイドさん。

 

 離れて行く姿を見ると、無性に泣きたい気持ちになってくる。

 

「まっでええ!いがないでええ!」

「ひゃっ!?ゆ、勇者様!?」


 泣きたいというか、既に大泣きだった。

 俺は彼女の腰にしがみつき懇願をする。


「ユズハに嫌われたらもう生きられないぃ」


 細いユズハにしがみつく姿は、本当に勇者なのか。

 

「で、ですから、嫌いなわけでは」

「じゃあどうじでえ」

「それは、あの。もう、わかりました」


 泣きわめく俺に根負けしたように、ため息交じりに言葉を発した。


「ご一緒しますから。これでいいですか?」

「う、うん!」


 不可抗力ながら、泣き落としが効いたようだ。

 こうしてどうにかユズハを誘うことに成功した。


「・・・どれだけ甘えんぼなんですか」

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