第40話 方針決定会議

 馬車から離れしばらく歩くと、大きめのテントに辿り着く。

 方針決定会議の会場である。


 どうもこのためだけに建てられたらしく、木材で補強までしてある代物だ。


 (軍隊って大変なんだなぁ・・・)


 この感想は少し間違っていて、実際は姫と勇者のために金を掛けている。

 エステルに話を聞くまで勘違いしていた。


「さて、入りますかね」


 どんな流れになるか分からないが、俺の中の結論は決まっている。


「おぉ勇者様。どうぞこちらへ」


 中に入ると黒い鎧を纏った初老の男性に奥へ案内された。

 人数は十数名。

 長机に背もたれがしっかりした椅子が人数分。

 

 そして部屋の奥には立派な椅子が2脚。

 誰が座るかは容易に想像がつく。


 (エステルと一緒に来ればよかった)


 片方は俺が座る椅子なのだろうが、どうも居心地が悪い。

 

「カケルちゃん、昨日は大変だったわね」


 とりあえず椅子に座ると、近くにいたアンバーが声を掛けて来た。


「俺の方こそ迷惑掛けてすまない」

「良いのよ。悪いのは」


 アンバーが部屋の入口の方を見る。

 その視線を追うと、数人が暗い顔をして下を向いていた。


「犯人が分かったのか」

「まだ調査中みたいだけど・・・一体誰が勇者様の命を狙ったのかしらね!」


 彼はわざと全員に聞こえるように大声を出した。


「・・・っ」


 ぐっと堪えるように更に俯く面々。

 

「やめんかアンバー!」

「はいはい、オルガン爺は相変わらず固いわね」

「憶測でものを言うなと言っておるんだ」


 先ほど俺を案内した初老の男性は、オルガンというらしい。

 俺と姫の席を除けば一番上座に座っているのがこの2人。

 黒い鎧なのは調査隊の隊長といったところか、


 そしてアンバーの隣に座っているのが、サーシャ。

 さっきから俺のことを睨み続けている。


「サーシャ昨日は」

「・・・ふんっ」


 ユズハから聞いた話によると、彼女は一度リンちゃんに拘束されたらしい。

 不信感極まっているだろう。

 どこかで話をする機会を作らないと。


「なにかあったの?」

「・・・どうも片思いらしい」

「あら!大変ねぇ!」


 アンバーは野次馬スマイルを披露している。

 こうして冗談を言える人は貴重だ。

 

「エステリーゼ様が参られました!」


 場の空気が固いものに変わる。

 王族としてのエステルがどれだけ評価を受けているか分かる場面だ。


「ご苦労様です。それでは、始めましょう」


 姫様の号令で会がスタートした。


「まずは儂から皆を代表して謝罪致します。この度は勇者様を危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳ありません」

 

 俺たち以外の全員が頭を下げる。

 その謝罪は、俺よりもエステルの方に重点が置かれている。

 

「責任は全て儂が取りますので、どうか」


 オルガンは下げた頭をさらに深く下げた。

 姫様の公務での姿をほとんど見たことが無かったが、少なくとも舐められてはいないらしい。

 それとも俺が舐められているだけなのか。


 結構軽い感じで案内されたもんな。殺されそうになったのに。


「オルガン」

「ははっ!」

「あなたが負い目を感じる必要はありません。それよりも、一体誰がカケル様を殺害しようとしたのか。こちらの方が余程重要です」

「ははぁっ!」


 才色兼備で勇者召喚すら行えるエステル。

 彼女は決してお飾りではない。


「報告してもよろしいでしょうか!」


 若い筋骨隆々の男が手を挙げた。


「お願いします」

「はっ!昨晩の暗殺者の遺体を調べたところ、全員に『悪魔の眼』の入れ墨があることが判明致しました」


 俺は『悪魔の眼』について何も知らないが、どうも驚くべきことらしい。

 それまで静まり返っていた場がざわざわとし始める。


「つまり、自然教の仕業と」

「おそらくは」


 また知らない単語が出て来た。

 悪魔の眼と自然教。

 

 悪魔はともかく自然はなんか優しそうなのに。


「カケル様。自然教と言うのは、自然に身を任せるべき、もっと言えばこの世界はモンスターに自然淘汰されるべきと考えている宗教ですわ」

「物騒なこと考えてるんだな」

「はい。カケル様を狙ったのは、本来この世界にいないはずの者だからでしょう」


 自然は自然でも自然淘汰の方。

 モンスターの方が強いから、人類はみんな死のうってことだろうか。

 なんとも壮大な心中だ。


 国が疲弊すると邪教が蔓延るなんて話を聞いた事があるが、まさにこれだ。

 そして彼らはイレギュラーな存在である俺を消して、成就を果たそうと言うわけか。


「くだらないな」

「全く、その通りですわ。報告を続けてください」

「犯人は死亡しているため、足取りを追うべく部隊人数を再度洗い直しました」

「結果はどうでしたか」


 エステルの問いに報告者は一瞬躊躇の色を見せた。

 良くない報告なのだろう。


「け、結果は4部隊の人数が合わない、と」

「それで、どこの部隊だったのですか」

「は、はい。リッチモンド家、ランカスター家、コールマン家」


 入口付近に座っていた3人だろう。

 傍から見ても明らかに意気消沈している。

 

 主君に命じられた来た彼らは、この先の暗い未来を想像しているのだ。

 もし彼ら自体が何も知らなかったとしても、家名を傷付けた罪はきっと重い、


「ここまでは、自己申告での報告通りでした」


 ダブルチェックか。

 一応体裁を保てるようにという温情だろう。


「そ、そして虚偽の報告をしたのは」


 報告者が息をのんだ。


「白薔薇騎士団です」


 バンッと一人の人間が勢いよく立ち上がった。


「う、うそ・・・!」


 白薔薇騎士団副団長サーシャ。


「サーシャ!貴様!」

「ち、違うんです!これは何かの間違い・・・」


 真っ当な報告をしても疑いが晴れることではないのに、彼女は嘘の報告を上げた。

 これが意味するところは、明確な反逆。


「ガレリア王家に泥を塗るつもりか!アンジェリカ様への恩まで忘れたか!」

「ち、ちがいます。オルガン様、信じてください」

「何を信じろというのだ!」


 激高するオルガンに、真っ青な顔で弁明するサーシャ。

 だが、その言葉を信じる者はこの場にはいないだろう。


 他の部隊の話も聞かなければならないのに、最早犯人が決まってしまったかのようだ。


「お、お願いします!エステリーゼ様!私は」

「・・・」


 その問いにエステルは何も答えない。

 答えようがない。

 嘘の報告をしたのは事実。

 そして彼女は実の妹を守るために存在している騎士団の副団長。

 

 暗殺者を出したかも知れないだけで問題なのに、それを隠蔽するかのような行為。

 少なくとも傍に置いておくのは危険だと判断するだろう。


「そんな・・・」

 

 サーシャは絶望したような顔で、身体はガタガタと震えている。

 

 (彼女が本当にアンジェのスパイだとしたら)


 仮定の話だが、だとするとアンジェの信頼を得ていたはずだ。

 平民の出の彼女が努力で勝ち取った副団長の座を、わざわざ捨てるようなことをするだろうか。


 確証は無いが、彼女は自然教とは関りはないと思う。

 致命的な凡ミスを犯しただけ。


 会議が始まる前ずっと俺を睨んでいたが、嘘をついているならもう少し違った態度を取るのではないか。


「もう良い!こいつを連れ出せ!どこかに監禁しておけ!」

「はっ!」


 端に控えていた兵士が命令を受け、サーシャを拘束する。


「いやあああ!!」


 それを必死に振りほどこうと抵抗し、絶叫。

 

 俺の命を助けただけで拘束され、今もまた拘束されようとしている。

 なにかできることは無いのか。


「やめて!もう一度調べてください!お願いします!」


 机に押し付けられながらも、涙ながらに訴える。

 それでも誰一人味方をする者はいない。

 今のサーシャは孤独だ。


 もし彼女がこのまま連れていかれたら、良くて追放、悪ければ処刑。

 

 切れるカードはある。

 結果迷惑を被るのは俺だけではない。

 それでも、


 (サーシャには恩がある。それに、俺は可愛い女の子の味方だ・・・!)


「待ってくれ!!!」


 その声に、時が止まったかのように周りの動きがピタリと止まる。


「サーシャは、命の恩人なんだ。毒を受けた俺を助けてくれた」

「カケル様・・・」


 心配そうに俺を見るエステル。

 彼女には後で謝ろう。


「しかし!それすらもサーシャの計画かもしれませんぞ」

「かもしれないで人を罰するんじゃない」

「例え勇者様と言えど、こればかりは聞けませぬ」


 見せしめのつもりだろう。

 あとで大ナタ振るってやろうか頑固爺。


「とにかく、狙われた俺自身がこの件を預かる!」

「みすみす見逃せと仰いますか!」

「そうだ!」


 俺とオルガン爺の口論を周りは静かに見つめている。

 静かと言うより動けないが正しいか。


「甘すぎますぞ!」

「何が悪い!もし言うことが聞けないなら、俺はこの国を離れる」

「そ、そんなことできるはずが」

「俺は勇者だ。どの国でも国賓待遇だろうさ」


 この発言はジョーカーだ。

 たった一人の女の子のために使うには、重すぎるカード。


 二度使ったらオオカミ少年扱い。

 今回だけでも、勇者の評判は大いに下がることだろう。

 何かあれば他国に逃げる勇者なんて言われるかもしれない。

 

「オルガン殿!さすがに勇者様を失うのは」

「そうです!ここは勇者様に」

「ぐ、ぬぬ」


 空気が変わった。 

 勝ったな、がはは。


 (結局傷つくのは、エステルか・・・)


 勇者の評判が落ちても俺は気にしない。

 そもそもが最弱だから。

 しかし、俺を守り続けている姫様はそうはいかないだろう。


「そこまでになさい」


 エステルから終了のゴングが鳴らされた。


「オルガン、指示も無しに勝手な行動をするのはお止めなさい」

「はっ、申し訳ございません」

「カケル様も、言いすぎですわ。冗談は大概にしてください」

「ごめん・・・」

 

 俺は空気が変わればエステルが味方をしてくれると分かっていた。

 卑怯にも、彼女を利用したのだ。


「サーシャに関してはカケル様に預けます。それ以外の三家は城に戻します」


 これで良いのでしょうと呆れた表情を俺に向けてくる。


「詳しい調査は任せますが、わたくしの方から良いように取り計らうよう言っておきます」

「あ、ありがとうございます!」


 次に罰せられるのは自分かと、暗いままだった3人はようやく顔を上げた。

 エステルの慈悲深さに涙を流している。


「一旦仕切り直しましょう」


 暗殺者の件はとりあえずの終結を迎えたものの、今度について話し合える空気ではない。

 会議は帰還兵を纏めてからとなった。




         ♦♦♦♦




 『湧き場の調査が続行可能であれば、続行せよ』


 これが陛下の言葉だそうだ。

 盛大に送り出した調査隊がなにも得られずに戻るのは、王家の威信にも関わるのだろう。


 ただしこれは暗殺者が出て、撃退をしたという報告に基づいた言葉だ。

 サーシャ以外の白薔薇騎士団と他3家がそのまま抜ける事態となった今、慎重に議論を進める必要があった。


「調査隊の責任者としては、本隊が無事な以上続行したく存じます」


 これはオルガンの意見だ。

 彼の気持ちも分かる。

 このままでは勇者と姫様のお守りをして終わりなのだ。

 陛下にも顔向けできないだろう。


「また襲撃される可能性も捨てきれません。せめて姫様はお戻りになるべきかと」


 アンバーの意見ももっともだ。

 俺が彼の立場なら同じことを言う。

 

 だがエステルが帰還するなら、俺も一緒にということになる。

 

 (困ったな・・・)


 今回の会議で、俺は調査続行の意見を通すつもりだった。

 しかしサーシャのこともそうだが、離脱者が多く出るとは思いもよらなかった。

 

 命が狙われたのが勇者だけで良かったが、もしエステルも狙われていたら。

 なんか姫様なら余裕そうだけど。

 


「カケル様はどう思われますか?」

「そう、だな」


 姫様の問いに即答することができない。


 約250名の離脱と自然教の存在。

 今の俺では自分を守ることすらままならない。

 万が一の事を考えれば、答えは決まっている。


「俺は、中止するべきだと思う」


 欲を言えば行きたい。

 これを逃してしまったら、モンスター討伐の機会がいつ訪れるかも分からない。

 それでも彼女たちの命に比べてしまえば軽いものだ。


「儂はこのまま帰れません。なんとか本隊だけでも向かう許可を頂きたく」

「オルガン・・・」


 彼が反対するのは目に見えていた。

 任された仕事を全うしたいのだろう。


「オルガン様。次の機会がきっとあるわ。安全策を採るべきよ」

「陛下からの命なのだぞ!それに陛下も可能であれば続行せよと」

「状況がもう違うでしょうに」

「儂に次は無い」


 悔しそうにオルガン膝を叩いた。

 陛下が咎めることはないと思うが、何を深刻に考えているのだろう。

 

「オルガン。残った戦力で湧き場の調査は可能なのですか?」

「はっ、勿論です」

「被害も最小限に抑えられると?」

「ガレリア兵は精強です。期待には必ず応えて見せましょう」


 エステルの情が反応したのか、流れが続行に傾いている。


「エステル、一度戻った方が」

「勇者様、儂に名誉挽回の機会を」

「暗殺者のことなら、オルガンさんのせいじゃないでしょう」

「それは違いますぞ。隙を作ってしまった儂の責任です」


 責任感に溢れる頑固爺。

 厄介な相手だ。


「オルガンの言い分はわかりました」


 俺たちの話を聞いていた姫様が口を開いた。


「調査は続行します。わたくしたちと共に」

「姫様・・・」

「アンバーの心配も分かりますが、わたくしにも果たすべき責任があります」

「姫様がそういうのであれば、私は何も言いませんよ」


 半ば無理やり着いてきた形になった彼女も、同様の責任を感じているのか。


「エステル」

「ふふ、カケル様が守ってくださるから大丈夫ですわ」

「全力を尽くすよ」


 俺たちが抜けるより戦力的にはこちらの方が安心ではある。

 エステル、ユズハ、リンちゃん。

 彼女たちがいれば大概のことは何とかなる。


 (俺が出来ることは、なるべく一人行動を避けることか・・・)


 これで方針は決まった。

 この選択が正しいかったかどうかは、数日中に明らかになることだろう。

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