第41話 サーシャの望み
方針が決まり馬車に戻ると、サーシャが暗い顔で佇んでいた。
その視線は虚空を彷徨っている。
「座ってお茶でも飲まない?」
「私は、だいじょうぶ、です」
持ち前の棘もすっかり抜けてしまい、怯えたように返答するだけ。
「お腹は空いてない?」
「はい」
「そっか・・・」
エステルはアンバーやオルガンと共に細かい調整中。
ユズハとリンちゃんもその護衛なので、ここには2人だけ。
緘口令が敷かれたにも関わらず、サーシャ背信の噂が既に広まっているらしい。
俺の関知しない所で足の引っ張り合いは行われている。
結局、エステルたちが戻ってきても彼女はほとんど口も聞かなかった。
「私は、なにも見ていません・・・」
誰に問われるわけでなく、サーシャは言った。
彼女は最初から昨晩のことを言いふらすつもりは無かったのだ。
これは予想通りではあった。
しかし、今の彼女が置かれた立場は想像を遥かに上回る酷さだ。
サーシャがミスをしてしまった理由は分からない。
だが、やはり俺が暗殺者に襲われたことから始まったことで、責任は俺にある。
(何とかしないといけないのに、どうしたら)
時間が解決してくれるだろうか。
いや、そう簡単な話では無いだろう。
彼女が努力で勝ち取った信頼も地位も、このままでは全てを失ってしまう。
最初から最強が最弱になった俺より、その落差はきっと大きい。
勇者カケルは前の世界で努力らしい努力はしなかったし、ハーレムを作りたいがために走り回っただけ。
この世界でようやく気付けたが、それでもせいぜい一か月程度。
サーシャとは掛けてきた時間も量も違う。
「俺はどうしたら良いのだろう」
生前の知識でも前回の経験でも何でもいい。
とにかくヒントが欲しかった。
♦♦~ Sasha View ~♦♦
夜になり、私は独りテントの中にいた。
いつ移動したかも、誰に案内されたかも定かでない。
いつのまにかここにいて、足を抱えて座り込んでいた。
「・・・おわった」
私の人生は終わり。
『白薔薇騎士団の中に間者なんているわけがないわ』
訳も分からないまま勇者を助け、エステリーゼ様の所のメイドに組み伏せられ、感情的になっていた。
だからと言って許されることではない。
団長不在で私がしっかりしないといけなかったのに。
勇者を暗殺しようとしたのは自然教。
ここ数年で信者を増やしているらしく、ガレリアでは禁止されている。
最初から分かっていたら、私だってちゃんと報告したのに。
「・・・」
こんなこと言い訳だって分かってる。
でも、それしか縋るものが無い。
もし団長がいれば、勇者を助けなかったら。
一度でも冷静になれてさえいれば。
どれか一つでも違えば、こんなことにならなかったのに。
たらればが頭を埋める。
『お兄さま素敵な方なの!きっとサーシャも気に入ると思うわ!』
アンジェリカ様からそう言われ、自然と勇者を意識していた。
正直に言えば、私は勇者が嫌いだ。
最初から特別で、召喚されただけで英雄扱い。
伝説によれば、勇者は人がどれだけ努力しても辿り着けないほどに強いらしい。
努力もせずに強い彼。
自分が否定されたかのような気持ちになった。
しかし、周りはそうでないらしい。
勇者が来たから大丈夫としきりに話していた。
自分たちの世界を、少しは自分でなんとかしようという気概は無いのか。
私の方がおかしいのかと、認めたくなかった。
別に彼自身が特別嫌いなのではないが、勇者という存在は嫌い。
まるで自然教徒と一緒だ。
「どっちでも一緒か」
もう何を考えても遅い。
どれだけ言い訳を重ねても、例えそれを信じて貰えたところで。
勇者が私を助けたのは、彼なりの情けのつもりだろうか。
どうせ結末は変わらないのに。
私は騎士ではいられない。
城に戻れば待つのは剝奪と追放。
暗殺者を仕向けた首謀者と疑われれば、処刑だってありえる。
そうなったら、家族にも危害が及ぶだろう。
あいつさえいなければ。
森に入った所をたまたま見つけなかったら。
全部、勇者が。
「・・・私は自然教の信者じゃない」
暗闇に思考が沈むのをギリギリで留める。
努力は水の泡と消えたけれど、彼が悪いわけではない。
私が選んだ結果が最悪なものとなっただけだ。
それに彼は私の想像と違って、思ったよりも普通の人で、暗殺されそうになるくらい弱かった。
もしかしたら彼なりの苦労もあったのかも。
「せめてこれだけは誰にも」
命を助けられたお礼に、口を閉ざそう。
私は紙とペンを取り出した。
本が数冊と、紙とペン。
これは勇者が気を遣って用意してくれたものらしい。
きっと私がこれから採る最後の選択を見越してのものだろう。
手紙を書かせてくれるなんて、気が利く人だ。
「ごめんね、お母さん、お父さん」
両親と妹たちへの手紙。
そしてアンジェリカ様への感謝の手紙。
最後に、家族を巻き込まないで欲しいと書いた嘆願書。
涙で紙が何度も濡れて、何度も書き直した。
家族への手紙は書き直すたびに長くなって、死への恐怖が高まってしまう。
「前の休暇で会いに行けば良かったな・・・」
目を閉じれば鮮明に思い出せるが、実際会うのとは違う。
帰るたびに自慢の娘だと褒めてくれる家族。
「死にたくないよ」
それでも、私がこうすることがきっと正しい。
どんな処分でも、もうまともに暮らすことはできないだろう。
家に帰っても家族に迷惑が掛かる。
だったら、命と引き換えにせめて家族だけでも守りたい。
「・・・もう耐えられない」
本当はこれが一番の理由だ。
城に戻り、全てを失う瞬間を想像するだけで頭がおかしくなりそうだ。
衆目に晒され今までの人生が無駄だったと分からされる瞬間。
アンジェリカ様はどんな顔をするのか。
陛下は、家族は、騎士団の皆は。
「耐えられない、耐えられない、耐えられない・・・」
私は死にたくないと言葉では言いつつも、死にたいのだ。
ここで無に還れば何も見ないで済む。
「いいよね」
結構頑張れた方だと思う。
そしてもう頑張れない。
私は懐にある短剣を手に取った。
普段使っている物は取り上げられてしまったが、これは見つからなかったらしい。
それともわざとか。
ペンに比べたら楽に死ねるから有難い。
(頑張った。私は頑張った)
自己弁護するように頭の中で繰り返す。
しっかりと手入れされた刀身は、一突きで首から喉の奥深くまで刺さってくれることだろう。
(もし次の人生があるのなら、普通の女の子になりたいな)
頑張るのはもう疲れた。
努力して上に行っても、崩れる時は一瞬。
だったら普通に暮らして、結婚して、子どもが生まれて。
そんな人生を送りたい。
両手で短剣を持ち、刃を自分に向ける。
カタカタと震える手に力を込めた。
(痛いのかな。どれくらいで死ねるのかな)
自分に剣を向けた経験は無いし、人に斬られたことも無い。
首に刺してからどれくらい苦しむのだろう。
痛みや苦しみを考えると、なぜか心が静かになる。
普通は逆ではないか。
それほどまでに死にたかったのか。
「あはは、そっか。これが私の望みだったんだ」
渇いた笑いが出る。
きっと心の底では死を望んでいた。
死ぬために生きていたなんて、虚しい人生だった。
「さようなら、私」
その言葉と入口に彼が現れるのはほぼ同時だった。
「さ、サーシャ。止めるんだ」
なぜか息が上がっている勇者が、そこにいた。
♦♦~ Sasha View End ~♦♦
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