第38話 かみかみメイド

 結局エステルの真意は不明なまま会話が終わった。


「うふふっ」


 しかし、彼女は心底嬉しそうなので掘り返さないことにしよう。

 ズカズカと地雷原に踏み込むほど愚かなことは無い。


「姫様、連れてまいりました」


 時間にして10分経たないくらいだろうか。

 屋上から出て行ったユズハが扉から入って来た。

 そしてその傍らにはメイド姿の女の子が一人。


「ご苦労様です。リン、カケル様にご挨拶を」

「はじめましゅ・・・はじゅめ・・・リンです」


 噛み噛みだった。

 そして最終的に諦めた。


「初めまして。昨晩はありがとう」

「し、しごとです」

「それでも助かったよ。強いんだね」

「・・・っ!」


 シュバッとユズハの後ろに隠れてしまった。

 顔だけチラリと出している。

 

 (なにあの可愛い生き物)


「リン、勇者様に失礼でしょう?」

「で、でもユズ姉」

「でもじゃありません」


 小柄なユズハより更に小さいメイドさん。

 アンジェと同じくらいだろうか。

 黒髪に黒い瞳。髪はユズハよりも大分長い。

 

「ユズハがお姉さんしてる」


 微笑ましい光景だった。

 本当の姉妹では無さそうだが、出身が一緒なのだろうか。

 黒髪自体この世界ではあまり見ないため、その線が濃厚だと思う。


「お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありません」

「どうして?良いと思うけど。リンちゃん可愛いし」

「・・・小さい子がお好きなのですね」

「いや、あくまで子どもに対しての可愛いだからね」


 隣からボソッと呟かれ、一瞬凍り付く。

 アンジェの時もそうだが、エステルは嫉妬の対象が広すぎる。

 

 (そりゃ、この子も成長したら・・・おっと)


 三方向からの視線を感じて頭を振る。

 ユズハは可愛い系だが、リンは多分綺麗系。

 目鼻立ちがはっきりしているし、きっと美人に育つだろう。


「ところで、彼女も勇者邸にいるの?」

「はい。普段は家事と警備を行っています」

「へぇ、俺の知らなかった3人のうちの1人がリンちゃんなんだ」


 一度も見たことない、その存在すら怪しかったメイド隊。

 まさかこんな少女だなんて。

 素晴らしい世界じゃないの。


「紹介も終わったところで、今後について話しましょう」

「サーシャのこと?」

「それも、そうですが」


 サーシャと言っただけで、エステルの纏う空気が変わった。

 重大なことだから無理もない。


「目撃者で生きているのは、アンバーとサーシャの2名で間違いないですね?」

「はい、間違いありません」

「あ、暗殺者は?」

「全員しまちゅ・・・しました」

「そっか、ごめん」


 リン曰く、あの場にいた10人程の暗殺者は全員始末したらしい。

 俺に関わったことで死んだ人間と、手を汚した子たち。

 重たい気分だ。

 とても「名も知らぬ暗殺者、アーメン」なんて気持ちにはならない。


「元気、出して、ください」


 よほど暗い顔をしていたのか、小さな手が俺の手に置かれた。

 

「リンちゃん・・・」


 とても小さい手だ。

 この子に俺は、殺人という罪を着せてしまったのか。

 瞬間移動のごとく俺の前に来た彼女は尋常ではない強さなのだろう。

 しかし、それとこれとは話が別だ。


 (それにユズハとサーシャも・・・エステルだってそうだ)


 安易な行動のせいで。

 せめて手を汚すなら自分でなければならなかった。


「カケル様」

「・・・」

「皆、為すべきことをしたのです」

「わかってる、けど」 

 

 割り切れることでもない。

 前の世界では、俺の知る限り一度も無かったはず。

 確かに山賊も盗賊もいたが、殺したことは一度も無い。

 それをさせたことも。


「・・・話が進みませんわ」

「ご、ごめん」


 まさか『始末』で引っかかると思わなかったのだろう。

 場に微妙な空気が流れている。


「慣れろとは言いません。しかし、敵はモンスターだけではないのです」

「それは分かってるけど」


 出発時にも敵かも知れない存在について話はしていた。

 遅かれ早かれ彼らは襲って来ていただろうし、結果は恐らく変わらない。

 それでも、彼女たちの様に簡単に切り替えはできないのだ。


 エステルはお茶を一口飲むと、「はぁ」とため息をついてから口を開いた。


「確かにあなたは弱いですわ。剣も魔法も碌に使えない、守られなければ何もできない情けない人です」

「は、はい。その通りです」

「考え無しで、遊び人で、いつもわたくしに心配をかけて、ずるくて」

「・・・」


 姫様は怒るわけでもなく、しかし言葉の一つ一つに力を入れながら話し続ける。

 自分自身も良く分かっていることだ。

 弱くて考え無し。


「でも、真面目で優しくて。どんな時も一生懸命で、諦めない」


 エステルは俺の事を過剰に評価しているのではないだろうか。

 しかし、彼女の言葉は不思議と心に入ってくる。


「わたくしは」


 姫様が一度ユズハの方を見やると、ユズハが息をのむ。

 

「いいえ。わたくしたちは、そんなカケル様が好きなのです」

「それ、は」


 俺は真面目でも一生懸命でもない。

 そう見えたのはあくまで夢のため、もっと言えば彼女たちの手を離れるため。

 彼女たちのために何かをした場面もあるが、それも結局は。

 ズキリと胸が痛む。


 優しいと言っても、俺が手を汚して欲しくないというエゴなのだ。


「あなたが『勇者』だからではありません。カケル様だから」

「エステルが言うほど俺は良い人間じゃない」

「もっと自分を信じてください」

「そんなこと!・・・ごめん」


 思わず机を叩いてしまう。

 3人に謝罪をするが、予想よりも彼女たちは動揺していない。

 リンに至っては優しく微笑み返してくれる。


「少なくとも、わたくしたちは信じています」

「それは有難いけど」

「聞いてください。今のわたくしたちは、あなたの内面に惹かれ、諦めない心に可能性を感じています」


 最弱である俺に、エステルは可能性と口にした。

 

「ですから、慣れろとは言いません。しかし、皆カケル様を守りたくてしたことなのです」

「それでユズハもリンちゃんも人を殺す結果になったじゃないか。俺のせいで」

「カケル様に刃を向けた以上、仕方ない事です」

「割り切れないよ。こんなの当たり前じゃないんだ」


 人はいずれ死ぬとは女神様が言っていたことだ。

 実際、俺も似たようなことを考えることはあるし、誰しも経験があるだろう。

 だがそれは世界の片隅、自分とは関係ない世界だから言えることであって、当事者になると軽く言えない。


 それに実行したのは、年下の女の子たち。

 罪悪感は余計に大きい。


「あなたの世界の当たり前は、この世界の当たり前ではありませんわ」

「分かってる」

「いいえ、分かっていません。でなければ、カケル様がそんなに悲しい顔をするはずがありません」

「俺の受け止め方と、世界の常識は別だろう」


 勇者がいなければ、暗殺者はいないし、彼女たちも平和だったかも知れない。

 

「カケル様は、自分がいなければとでも考えているのでしょう?自分の存在が引き起こしたと」

「・・・その通りだ」


 聡明なエステルには俺の考えなどお見通しのようだ。

 

「ある側面を切り取れば、それも間違っていないでしょう。しかし、カケル様がいなかったら。もしあの場で死んでしまっていたら」

「・・・」

「あなたなら、想像するのは簡単でしょう?」


 勇者召喚に湧き、盛大な見送りをしてくれたガレリアの人たち。

 魔王に怯え、治安悪化に苦慮している国々。

 きっと世界は時と共に衰退していったことだろう。


 今回の件は俺の行動がトリガーになったわけだが、あの場で死んで良かったかと聞かれれば、答えはノーだ。


 では暗殺者を生かしていたら。

 これも俺の事を他者に知られる可能性が高いから、口を封じる他なかった。

 尋問官が敵である場合もあるし、少なくとも毒は効くと知られてしまう。


 そこでふと気付いた。


「もしかして、サーシャを生かしたのって」

「勇者様が、悲しむかと思って、逃がしてしまいました」

「そっか・・・」


 ユズハからすればサーシャを殺す方が簡単で、その方が当たり前の対応だっただろう。

 だが俺のためを思ってそうはしなかった。

 俺が受ける罪悪感を彼女が肩代わりしてくれたのだ。


「受け止め方は人それぞれです。しかしあなたのお陰で助けられた者も多くいます」

「あぁ、そうかも知れない」

「あなたの命は、既にあなただけの物ではありません。これを忘れないでください」

「・・・分かった、ごめん」


 俺は村人Aでも、姫様の奴隷Aでもない。

 

 『勇者カケル』 


 これが俺の職業で、為すべき役割だ。

 

 人を殺したのも、彼女たちは役割を全うしただけ。

 未だ最弱の俺を守りたくてやったこと。

 それを年下だから、女の子だからと押し付けようとしていたのは俺だ。


「わたくしも、ユズハとリンも、欲しいのは謝罪や悲しい顔ではありませんわ」

「そう、だな」


 やるべきことは彼女たちを落ち込ませることではない。

 

「ユズハ、リンちゃん・・・それにエステル」


 俺は3人の顔を順番に見た。

 みんなそれぞれ違う顔をしているが、一番暗い顔をしているのはユズハだ。

 彼女は自分の行為を悔いているのだろう。

 

「ありがとう。ユズハは特に俺のためによくやってくれた。感謝してる」


 今の俺には感謝を伝えることくらいしかできない。


 もし彼女たちに自分のエゴを押し付けたいのであれば、やることは一つ。


 最強勇者になること。


「・・・強くならなきゃなぁ」

「うふふ、そういうところが好きですわ」


 ゴールは変わらないが、彼女たちのために強くなりたい。

 勇者カケルはそう強く思うようになった。

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