第36話 ハーレム要素が必要だと思ったんだ
辺りが火で包まれている。
その熱の中、モンスターと対峙していた。
『コロス、コロス』
「うるせえ!」
『ギャアア』
モンスターの声が聞こえるが、斬り捨てる。
周りにはモンスターと人の死体がいくつも転がっている。
『ヒト!コロス!』
「クソがぁ!」
背後からの声に反応して、振り向きざまに剣を振るう。
不思議と身体は軽く、疲労感は感じない。
「なっ!?」
背後にいた存在に驚愕しながら剣を止めようとするが、止まらない。
「・・・」
ザクリとその存在に刃が通り、相手も驚いたようにこちらを見ている。
「さ、サーシャ・・・」
俺がモンスターだと思っていたモノはサーシャだった。
目を見開いたまま涙を流し、口からは血が流れだす。
「シニタクナイ」
彼女はそう言うと、頭からドロリと血を流しながら、溶けた。
「うわぁ!」
その声と共に、目が覚めた。
現実に戻ってこられたらしい。
「ひっ」
夢のせいだろうか、流れた汗が血の様に感じられて思わず悲鳴をあげる。
それにしても嫌な夢だった。
昨日色々あったのは確かだが、誤ってサーシャを斬るなんて。
これは警告か、まさか正夢だろうか。
(無いな。だって俺よりサーシャの方が強いし)
万が一があっても、斬られるのは俺の方だろう。
「朝・・・なのか?」
外が静かだ。
カーテンが閉まっているため、外の時間がイマイチ分からない。
「ん、っと」
意識がはっきりしてくると、両腕が暖かいことに気付く。
何となく痺れを感じて動かそうとすると、
「ううん・・・」
声と一緒に腕への力が強くなる。
ふにふにとした感触も感じ、俺はある答えに辿り着いた。
(そ、添い寝!?しかも・・・2人!?)
そう、これは添い寝。
何時間寝ていたが分からないが、幸運にも俺が最初に目が覚めた。
「んっ・・・」
左の、恐らくエステルが声を出す。
頼むからまだ起きないでくれ。
「・・・すぅ」
セーフ。俺はまだ楽しみたいのだ。
初めての添い寝を。この世界の初めてね。
(顔が見たい)
布団を深々と被っているせいで、俺の肩から下の状況がイマイチ分からない。
何となく2人の配置は分かるが寝顔を見たい。
ユズハの寝顔は初じゃないか?
「頼むぞ・・・」
俺は小声で呟くと、塞がっている腕の代わりに足で布団をずらし始める。
忍びの様にこそこそと、難易度A級任務を遂行。
(よし!もう少し!)
2人の頭が見えて、緊張が高まる。
ゴールまであと少し。そこに待つのは桃源郷。
数ミリずつ、焦らずに動かす。
そして、ようやく2人の寝顔が目に入った。
「・・・あ」
ユズハとばっちり目が合った。
寝起きだからかどこか呆けているようだが、瞳には俺の姿が映っている。
「・・・おは」
「ぐぅ」
「・・・?」
メイドの挨拶を遮り、俺は眠ることにした。
まだきっと朝早いから、二度寝が許されるはず。
「勇者様?」
「・・・」
俺は寝ている。
狸寝入りなんてことは決してない。
起きてしまったユズハは、二度寝の存在を知らないのか、モゾモゾ動き出した。
シーツと服の擦れる音がすると、吐息が近づいてくる。
(俺は寝ている。俺は寝ている)
「・・・ゆうしゃさま?」
「すぅ!?すぅ」
耳元でボソボソと話されるが、俺は「すぅ」を維持。
「くすっ・・・ふーっ」
「うひん」
「おはようございます」
「・・・す、すぅ」
いい加減しつこいと思われているだろう。
当事者である俺はできる限りの抵抗をするのだ。
メイドさんは諦めたのか「はぁ」と可愛く息を吐くと、身体を起こした。
片腕の感触が無くなり、どこか物足りなさを感じる。
「きゃ」
「・・・あっ」
寂しさの余り、俺はユズハの手を掴んでいた。
「あの・・・?」
困惑の表情を浮かべる彼女に、俺は無言で掴んだ手を引く。
昨晩殺されかけたのだから、多少のハーレム要素はあって然るべきだ。
ちなみに手を掴むときに一瞬目を開けたが、また閉じた。
寝ている設定なのだから当然だろう。
「・・・もう、仕方ないですね」
パーフェクトメイド様は、意図を察してくれたようだ。
俺の力など彼女からしたら赤子同然だろうに、また身体を倒してくれた。
「うーん、腕枕。むにゃむにゃ」
寝言でそう言うと、俺は右腕を横に伸ばし待機。
「か、かしこまりました」
声が上擦ったユズハが、その小さな頭を俺の腕に預ける。
俺とエステルの我儘に付き合ってこの子も大変だなぁ。
しかし、
(すごくハーレムっぽい!)
そう思わずにいられない。
両手に花どころか、彼女たちは華だ。
性格に難アリとゴリラパワーだが、基本的に可憐でお淑やか。
「恥ずかしいです・・・」
このメイドさんは、自分からするのは良くても、されるのは恥ずかしいらしい。
良いことを聞いた。
きっと腕枕も初めてなのだろう。俺と一緒だ。
あれ、『初めて』ってエステルが怒るやつかもしれない。
(ま、まぁバレなきゃセーフ)
浮気してるわけじゃないし。
キッスだってしていない。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ユズハ?」
彼女の息が荒いことに気が付き、目を開ける。
「ゆ、勇者様」
目の前の彼女は頬を上気させ、その息も蒸気のように熱い。
そして、瞳が赤く光っている。
「ど、どうしたの」
「あの、恥ずかしくて」
「おち落ち着こう」
咄嗟に彼女の頭を撫でる。
腕枕中のため、やや変な形になるが仕方ない。
「はぁ、ふぅ・・・はぁ」
息が荒く、見つめ合う2人。
この構図は何かそれっぽいが、暴走を食い止めているだけ。
そして左腕には、エステル。
「ん?あれ?」
左腕の感触が無いことに気付いた。
まさかと思い、ギギギと首を回す。
「・・・」
お姫様と目が合った。
いつの間に顔がつきそうな距離まで移動したのだろう。
「お、おはようござい」
「カケル様」
「は、はひ」
光沢が消えた瞳が目の前にある。
もうそれ以外入らない。
あまりにも距離が近すぎる。
恥ずかしくないのだろうか。
俺は怖い。
「なにをしていますの・・・」
「あ、あのこれは」
反対側では一見興奮しているユズハと頭を撫でている腕。
そう言えばまだ撫でていた。
「う、浮気・・・?」
「ちが!ええい!」
幸せ空間から一転、カオスになりつつある状況をなんとかしたい。
俺は無理やりエステルの頭を撫でた。
「か、カケル様?」
無心無言で柔らかな髪に指を通す。
落ち着くはずなのに、鼓動が変な音を立てる。
「あの・・・」
徐々に光を取り戻したエステルが、今度は頬を紅潮させる。
「ずるいですわ!」
「うおっと」
耐えきれなくなったのか、俺の胸に顔を押し付けた。
見たかエステル。やられっぱなしじゃないんだよ。
「・・・もっと」
「よしよし」
「うふふ」
ユズハが俺の我儘を聞いて、俺がエステルの我儘を聞く。
結局のところカオスなことに変わりなかったが、血を見ずに済むらしい。
「・・・すぅ」
メイドさんは寝息を立てている。
その顔に汗が浮かんでいるところを見ると、疲れて眠ってしまったようだ。
「ごめんな。2人とも」
「全くですわ。すんすん」
その謝罪はエステルにしか聞こえなかった。
ユズハには後でちゃんと謝ろう。
「ちょ、エステルさん!?脚を回したらダメ!」
「どうしてですの?」
「そ、それは!寝起きだから!?」
「嫌です」
脚まで絡めてくるエステル姫。
寝起きの男性にとってその一手はチェックメイトに等しいのだ。
「あら?」
「ち、それは剣だから!」
旅行において、人の心は開放されやすい。
修学旅行の時だって、告白が横行するだろう。
これはそんなエピソード。
旅行じゃなかった。
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