第35話 トップ不在のメイド
♦♦~ Yuzuha View ~♦♦
「勇者様!!」
「え、えすてる・・・を・・・」
その言葉を残し、勇者様はバタリと倒れた。
「勇者様!?勇者様!」
何度呼んでも返事が無い。
気を失いながらも、顔は苦痛に歪み、息も細い。
「・・・熱い」
身体を触ると酷い熱があるようだ。
事は一刻を争う。
「ちょっと!どうしちゃったのよ!」
隣にいる女性が声を荒げた。
(サーシャ・ハーレン・・・)
私と同様に、彼を助けた人物。
彼女がいなかったら、助けることができなかったかも知れない。
しかし、勇者様の状態を見られてしまった。
「リン!彼女を拘束してください!私は勇者様を!」
どこまで知られたか分からないが、放置はできない。
私は共に来ていたリンに指示を出し、勇者様を抱えた。
「なにを!?ぐっ!やめなさい!」
いくら騎士と言えど、特殊訓練を受けた彼女には敵わない。
メイドの1人であるリンは、私よりもこういった任務に向いている。
「私が戻るまでそのまま待機し」
「こっちだ!こっちで物音がしたぞ!」
「・・・っ」
しかし、彼女を抑えた所で騒ぎに気付かれてしまった。
遠くから兵士の声と松明の明かりが近づいてくる。
「ぐっ、うぅ・・・」
抱えている勇者様は辛そうな声を上げている。
(勇者様・・・私は)
失敗してしまった。
助けに入るのも遅れ、状況判断すらまともにできない。
今となっては取れる手段は限られる。
サーシャを解放するか、殺すか。
彼女は勇者様を助けたが、放置するには危険だ。
しかし、彼女を殺せば彼の心に大きな傷を残してしまうかも知れない。
「・・・解放してください」
私がそう言うと、サーシャを抑えていた力が抜ける。
勝手な判断をしたあげく、状況をかき乱すだけとなった。
「急に何するのよ!あんたエステリーゼ様のメイドでしょ!?」
「・・・申し訳ありません。私は失礼致します」
「ちょっと!待ちなさいよ!」
文句を言っているサーシャを無視し、駆け出した。
森の中を急ぎながらも、涙が出そうになる。
勇者様が好奇心旺盛なことは分かっていたし、もっと注意していれば。
そもそも、馬車の守りは任せて彼に付いていくべきだった。
真っ先に彼を守らなければいけなかった。
後悔ばかりが頭を埋めていく。
私は肝心な時に役に立たない。
森を抜けると、既に大きな騒ぎになっていた。
「賊か!?モンスターか!?」
「わからん!とにかく全員叩き起こせ!」
「森の中で白薔薇の副団長が」
声を縫うようにして、馬車へ向かう。
心がいくら沈もうが身体は勝手に動いてくれる。
それが今は有難かった。
「ごめんなさい、ごめんなさい、役立たずでごめんなさい」
呪文のように呟きながらも先を急ぐ。
ようやく目的地が見えて来た。
「止まりなさい!」
「・・・っ」
馬車を目の前にして呼び止められる。
気を抜いてしまっていたのか。
いくら耳が良いとはいえ、心と体を切り離していたせいで反応が遅れた。
「アンバー騎士団長・・・」
「あなた、姫様の所のメイドちゃんね。それに・・・カケルちゃん?」
呼び止めたのはアンバーだった。
騒ぎを聞きつけて、姫様の護衛についていたのだろう。
「今は急いでします!お話は後で!」
何かを言い出そうとした彼の元を離れ、馬車に向かう。
そして勢いよく扉を開け放った。
「ひ、姫様!起きてください!」
「・・・ユズハ?」
ベッドの傍まで行くと、姫様を揺さぶり起こす。
「勇者様が!勇者様が!」
寝ぼけている彼女の肩を揺らしながら、説明にならない言葉を出す。
「きゃあああ!カケル様!?どうして!?」
一日中様子が変だった彼女は、彼の姿を見て狼狽えてしまった。
さっきまで傍にいたはずの彼が、起きたら重体なのだ。
この反応はもっともだろう。
「とにかく治癒をお願いします!毒と、もしかしたらマナ流入もしているかも知れません」
彼女の姿を見て冷静になれたのか、今度はまともに説明ができた。
治癒ができるのは姫様しかいない。
「や、やだ!カケル様!」
「姫様!!」
無礼を承知で、姫様の頬を叩いた。
驚いたようにこちらを見ている。
「姫様しか、勇者様を救えません。お願いします」
「・・・」
私が手を上げるのは、もちろん初めての事だ。
この件が落ち着いたら、追放されるかも知れない。
「罰は後で受けます。彼を、カケルさんを助けてください」
目を見開いている姫様の瞳に、誰かが映っている。
その誰かの目からは、涙が零れていた。
「・・・ごめんなさい、ユズハ」
「ひ、ひめさま」
「もう大丈夫です」
叩かれた頬は赤くなっているが、彼女は毅然と応えた。
すっと両手を彼の前に出すと、目を瞑る。
(良かった・・・これで)
淡い光が勇者を包む。
その治癒魔法の光は、罪悪感で一杯の心にも暖かさをもたらした。
ポロポロと涙を流しながら、その光景を見続ける。
心なしか彼の表情が安らいでいる気がした。
「・・・ふぅ」
光が消えると、姫様は息を吐く。
「ゆ、勇者様は・・・」
「大丈夫ですわ」
「良かった・・・ありがとうございます」
「何があったのですか」
額に汗を浮かべているが、彼女は普段通りに戻っていた。
その瞳には意志が感じられ、姫としてのオーラを纏っている。
「申し訳ありません・・・私が、私のせいで・・・」
一方で、私はいよいよ崩れ落ちてしまった。
「泣かないで。少し落ち着きましょうか」
「はい、申し訳ありません」
「ユズハには苦労を掛けましたね」
その労いの言葉に、心の堰が決壊してしまう。
私は嗚咽をもらしながら、しばらく泣き続けた。
♦♦♦♦
「はぁ、結局はカケル様のせいですか」
すっかり調子を取り戻した姫様はため息をついた。
あの後、何人も報告に訪れたが、詳しい話は日が明けてからということになった。
「いいえ。私がもっと注意していればこんなことには」
私は落ち着きはしたものの、罪悪感は拭えていない。
「カケル様が悪いのです。目が覚めたらおしおきですわ」
「姫様・・・」
励まそうとしてくれているのだろうか。
口元を歪ませている彼女の真意は読めないが、何か妄想をしているのは分かる。
「こほん。ところで、カケル様のあの姿を見たのは2人で間違いないのですか?」
「・・・はい。アンバー団長と、サーシャ・ハーレンです」
「サーシャ、またサーシャですか。どうしてあげましょうか・・・」
出発時の勇者様への態度が許せないのだろう。
サーシャというワードに敏感に反応した姫様は、カップを持つ手を震わせている。
「申し訳ありません。私が取り逃したせいで」
「大丈夫ですわ。監禁、拷問、打ち首・・・噂を流せば反逆罪でも」
姫様の目は本気だ。
彼が関わると容赦が無い。
「ひ、姫様。勇者様を救ったのは彼女です。それにアンジェリカ様の団員です」
対応が遅かった私たちの代わりに命を救ってくれた。
「勇者様が傷つくから」とは言わないのは、火に油だからだ。
「か、カケル様が弱いから・・・ざこだからいけないのですわ」
ベッドですやすや寝ている彼を見ながら、ぶつぶつと呟いている。
見慣れた光景だが、いつ見ても恐ろしい。
次の瞬間何をするか分からない。
「サーシャは確か、平民の生まれでしたね」
「はい。そう聞いております」
「それなら、アンジェには悪いけど・・・ふふ」
何か思いついたらしい姫様は、妖しく笑っている。
もしかしたら暗殺かも知れない。
サーシャには感謝をしているが、姫様の指示ならなんでもする。
それがメイドの使命。
「念のためサーシャの行動を見張っていてください」
「かしこまりました」
せめてサーシャが余計なことをしませんように。
外は未だ騒がしく、今日は皆徹夜だろう。
ベッドで寝ている勇者様以外は。
♦♦~ Yuzuha View End ~♦♦
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