第4話 脱城計画、始動(終了)

「カケル様、お身体の具合はいかがですか?」


 女神様との通信終了後、部屋に入って来たのはエステルだった。

 頭のティアラの代わりに黒いリボンで髪をまとめている。

 

 丈の短めの黒のネグリジェ姿は、普段と違って大人っぽさを演出している。

 グッドだ。

 

「あぁ少し痛いけど問題ないよ」

「よかったですわ」


 本当は悶絶したり土下座したりのせいで、腕がズキズキと痛んでいる。

 前回の世界では、痛くも無いのに痛いふりをしていた。

 そうすると女の子が心配してくれるし、薬草しか使えない女僧侶マリアの看護も受けられた。

 

 しかし、実際痛いと不思議と強がってしまうものだ。


「それで、どうしたの?」

「治癒魔法が効いているか確認させて頂きたくて、それに・・・」


 顔を赤らめながら髪を弄っている。

 ネグリジェの裾が揺れて、太ももがチラリと見える。

 なんとも煽情的だ。


「カケル様と、ゆっくりお話がしたくて・・・」

「おっふ」

 

 黒のネグリジェ、今は恐らく深夜。

 そんな時間にゆっくりお話しと言ったらもうあれだ。


 (おいおい、まだ早くないか?)


 先ほどまでの感情はどこへやら。

 前回の世界のお預けのせいで、勇者の思考はピンク色。


「とりあえず、座ろうか」

「はい、カケル様」


 俺は紳士的に彼女を窓際のテーブル席へご案内した。

 しっかり椅子まで引いて席に座らせる。ガッツリ紳士だ。


「ありがとうございます。お優しいのですね」

「これくらい普通だよ」


 と言いながらも俺の心臓はマックスハート。

 紳士顔を維持するのが難しい。


「ところで、治療してくれたのってもしかして」

「はい、わたくしが治癒魔法をかけました」

「ありがとう!凄いんだね」


 素直に感動した。

 この世界は分からないが、前の世界で治癒魔法を習得している人は少なかった。

 事実、マリアも使えなかった。いやあの子は最早自称か。

 

「そんなことありませんわ」

「いやいや、凄いよ」

「ふふ、ありがとうございます」


 月明かりに照らされた彼女の笑顔は、この世のものとは思えない美しさだ。

 触れられる距離なのに、触れてはいけないような神秘的な雰囲気。


「ほらこの通り!いつっ・・・」


 調子に乗って腕を動かすが、痛みで顔を歪めてしまった。


「カケル様!やっぱりまだ」


 エステルが立ち上がり、その手が俺の右腕に触れた。

 こちらを心配そうに見つめている。


「あっ・・・」

「カケル様・・・」


 ガチ恋距離。目の前には美少女の顔。しかも上目遣い。

 顔が熱くなる。エステルの顔も心なしか赤い気がする。


「あの、カケル様」

「はいぃ!」


 思わず声が上擦ってしまった。とんだ失態だ。

 童貞臭丸出しじゃないか。いや俺は決して以下略。

 いや、でもしかし・・・。


 (これは・・・きたか!?・・・やるのか?いまここで?)


 俺の鼓動は、ドムドムドムと夜中に暴走する車から漏れる重低音のようにうるさい。


「カケル様は・・・本当に勇者様なのでしょうか?」

「よろこん・・・はい?」


 熱が冷えていく。

 そういえば俺負けたんだった。一撃で。

 疑われるよなそれは。俺だって疑う。

 勇者召喚で喜んだと思ったら、あれだもんな。


「疑っているわけでは・・・ないのですが・・・」


 そう言う彼女の顔は暗い。

 言い辛かっただろう。

 俺を召喚したのは彼女だ。不安もきっとある。

 でも、


「大丈夫、俺は君に呼ばれた勇者だ。証拠はないけどさ」


 女神様のように映像を残せるわけでも、女神様を見せられるわけでもない。

 それでもこの言葉がしっかり伝わるように、エステルの顔をじっと見た。

 彼女も俺の目を見ている。


「・・・よかったです。やっぱり『召喚酔い』はあるのですわ」

「その『召喚酔い』っていうのは?」


「あ、ごめんなさい。勇者様はこちらの世界に来たばかりですから、本来の力が発揮できないのですよね?」

「・・・え」


 何それ知らない。

 本来の力が発揮できていない?

 あ、これはつまりあれか。

 まずい状況変わりなしだ。

 

 本来の力もなにも、女神様に1レベルと言われているのだから、あれが今の全力。

 嫌な汗が出てきた。


「本当によかったですわ。わたくし焦って『召喚酔い』なんて言葉まで作ってしまいましたの。みんなに嘘をついてしまいました」

「へ、へぇそうなんだ」


 心底安心したような顔をしたエステルは、堰を切ったように話している。

 一方の俺は、ピンク色の鼓動からブルーに移行。

 違う意味でドキドキが収まらない。


「文献に書いてあったなんて嘘まで、わたくしったら悪い子ですよね。でも本当に・・・カケル様?」

「ど、どうしたの?」


 エステルは俺の顔を見て何かを察してしまったのか、より一層こちらの目を見ている。

 表情は崩していないはずだが。


「・・・・・・わたくし、カケル様のこと信じていいんですよね?」


 鈴の音のような綺麗な声から、初めて聞く低い声に変わった。

 そして瞳の色が消え、その顔は笑っていない。無表情。

 俺の腕を掴んでいる手に少しだけ力が込められる。 

 

 (何この子怖い・・・ヤンデレってやつか?)


「も、もちろんだとも」


 俺の声は少し震えている。


「・・・・・・」


 無表情を崩さないまま、エステルにじっと見られる。

 まるでお人形さんのようだなぁ。ハハハ。


「・・・よかったですわ」


 ふうと一息吐いて、彼女は表情を戻した。

 どうやら間一髪セーフらしい。

 ポーカーフェイスのスキルでもくれないかな女神様。


「安心しました。では来週、戦士長と再戦致しましょう」

「げっ。いや、もちろんさ。ははは」


 サンダース戦士長に勝てる気は、全くしない。

 来週って早すぎるだろ。せめて1か月、いや半年。


「楽しみにしていますね」

「あぁ、わかった」


 分かりません。無理です。だって俺1レベルです。


「それでは、そろそろ失礼致しますわ」

「わざわざありがとう。おやすみ」

「おやすみなさい。カケル様」


 彼女はそう言って部屋から出て行った。

 最後こちらを振り返った顔が無表情だったのは、きっと気のせいだろう。

 そう思いたい。


 (しかし・・・)


 勇者ということだけは本当でも、その力は一般人に等しい。

 きっと戦士長と再戦したところで結果は同じ。

 今度こそ死んでしまうかもしれない。

 いや死ぬ。


 木刀勝負にしてもらうとかどうだろう。

 それなら少なくとも死なない。

 無理か。だって求められているのは勇者の力。

 

 少なくともあのゴリマッチョと良い勝負か勝たなければ、評価が覆ることは無いだろう。

 つまりこれはアレだ。

 勇者カケルは詰みました。


 ではどうするか。

 元最強勇者の俺の選択肢、それは・・・。



 「よし!逃げよう!」


 まずはそれからだ。

 勘違いしないで欲しいのは、なにも一生逃げるわけではないということ。

 俺は前回成り上がり系勇者だった。

 つまりそれをなぞるだけ。

 そうと決まれば即行動だ。


 (さようならエステル。グッバイガレリアの諸君)


 俺は強くなって帰ってくるよ。いつかね。



 


         ♦♦♦♦





 そうして始まった脱城ミッション。

 女神様には一応事情は伝えた。

 笑顔で「カケルのお好きに」なんて言ってたから大丈夫だ。

 彼女は大体のことは放任主義なのだ。


 (よし、誰もいないな・・・)


 部屋の外に物音が無いことを確認して外へ。

 所々灯りはあるが、基本的には薄暗い。

 これならば割と簡単にいきそうだ。


 まずは中庭に出よう。どうやらそこから門の方に降りられそうなのだ。

 門はどうしよう。何も考えていない。

 衛兵にモンスター退治とか言っておけばいいか。


 『モンスターが俺を呼んでいる』


 とか言えば大丈夫だろう。

 前回はそこら辺適当に飛べばよかったから不便だな。


 そんなことを考えながら、階段へ向かう。

 

「勇者様?」

「ひっ」


 唐突に背後から声がかかった。

 なんの気配もしなかったぞ。

 恐る恐る振り返るとそこには、


「どちらへ行かれるのですか?」


 ユズハがいた。あなたどこから出現したのでしょうか。


 (びっくりした。心臓止まるかと思った)


 とにかくエステリーゼ様ではなかったことにホッと一息。


「あ、あぁちょっとお手洗いにね!」


 なんとか冷静に声を出そうとしたが、後ろめたさと背後に立たれた恐怖でまた声が震えてしまった。


「それでしたら、ご案内致します」

「い、いや一人で行けるよ!教えてもらえれば!」


 ユズハは「こちらへ」と言って誘導しようとしているが、そういうわけにはいかない。

 いや冷静に考えれば一度お手洗いに行って、別れてから脱城すれば良かった。

 しかし後の祭り。

 発言を二転三転するのも怪しい気がする。


 (でもやっぱり一度誘導してもらった方が・・・)


 俺は焦りに焦っていた。全然冷静ではない。

 

「かしこまりました。それでは・・・を・・・で・・・です」


 どうしようか考えていると、ユズハがどうやら説明してくれたらしい。

 後半全く聞こえなかった。


「あ、ありがとう!」

「いえ、お気をつけて」


 そのまま二人黙って立ち尽くす。

 彼女が薄暗いながらも首を傾げたのが見えた。

 かくいう俺は進行方向がわからない。


「ゆ、ユズハ。もう遅いから部屋に戻ったら?心配だしさ」


 苦し紛れも甚だしい。

 ここは彼女の庭と言っても良い場所。心配なにそれ?って感じだろう。

 しかしさすがはメイドさん「かしこまりました」と頭を下げた。


「勇者様も夜遅いのでお気をつけて」

「あぁ、ありがとう」


 なんとか事なきを得たようだ。

 彼女は俺の横を通ってそのまま歩いて、振り返った。


「勇者様」

「ど、どうしたの?」

「・・・あまり遠くへは行かれませぬように。それでは、失礼します」


 そんな事を言い残して、今度こそ歩いて、闇に消えた。

 実際は見えなくなっただけのはずだが、俺の目にはそう映った。

 そして振り返った彼女は、無表情、だった気がする。


 (いや、気のせいだよな・・・)


 きっとさっきのエステルの顔が浮かんで幻覚でもみたのだろう。

 そう思わないと怖すぎる。

 俺は頭を振って階段へ向かった。


 ユズハに出くわしたのは誤算だったが、比較的順調だ。

 簡単に一階に降りることができた。


 (それにしても、静かすぎるような・・・)


 さっきからユズハ以外の人を見かけないどころか、声も聞こえない。

 仮にも王城なのに、なんてザル警備なのだ。

 そのお陰で助かってはいるが。

 

 入口付近まで来ても、やはり誰もいない。

 衛兵の一人くらいいてもおかしくないだろうに。


 (好都合ではあるか)


 エステルの顔と、闇に消えた(様に見えた)ユズハのことを思い出し、身震い。

 まるで幽霊城だ。彼女たちは幽霊では無いけども。

 

 とにかくここまで来れば後は中庭を抜けるだけ。

 俺は周囲を確認しながら外へ出た。

 噴水から湧き出る水の音と風が作る葉音以外は静かなものだ。


 (やっぱり誰もいない・・・)


 今日は宴があったから、特別休暇か何かだろうな。うん。

 ゆっくりと歩みを進め、もう少しで噴水がある中央付近だ。


「・・・カケル様?どちらにいかれるのですか?」

「ひぃっ!え、エステル・・・」


 つい悲鳴を上げてしまった。どうしてさっきから背後に出現するんですか。

 城から出ようとしているから、必然かもしれないけど。

 

 しかし、出会いたくない人に出くわしてしまった。

 

「いや、えっと、み、道に迷っちゃってさ」


 人生の道にね。2度目の異世界生活が開幕する前に終わりそうですよ。

 彼女の顔は暗がりでよく見えない。


「・・・・・・嘘、ですわね」


 低い、低い声が俺の耳にはっきりと伝わった。

 そして時が止まった。背筋が凍り付く。


「え、どうして」

「カケル様・・・ここから出て行くおつもりでしょう?」

「そ、そんなこと」


 図星だった。どうして分かった。いやいつ気付いた。

 エステルがゆっくり近づいてくる。

 俺はそれに合わせて一歩ずつ後ずさる。

 圧力が半端じゃない。


「・・・どうして逃げるんですの?」

「い、いやそんなつもりは」


 そうは言うものの、足が勝手に彼女から離れようとしている。

 一歩、また一歩。

 

 頭の中に警報が走っている。

 この女に捕まるのはやばい。そんな気がしてならない。


『もし使い切ったら不幸が訪れやすくなるのよ』


 女神様の言葉が頭に響く。まさか、これが。


「カケル様、止まってくださいませ」


 そうは言っても身体が勝手に動くんですよ、お姫様。

 心臓がドクリ、ドクリと嫌な音を立てる。


「いいから、止まりなさい!」


 彼女の叫び声に屈するかのように、俺の身体がピタリと止まった。

 さっきは確実に動けていたのに、地面に縫い付けられたように動かない。


「え、エステル。俺は別に・・・」

「別に、なんですの?」

「いや・・・ちゃんと帰ってくるから、さ。見逃してくれないかなぁって、あはは」


 これは本当の事だった。今は確かに逃げるけど、いつかきっと戻ってくる。

 成り上がって、最強になった後にでも。

 ここには積極的に来たくは無いけど。


「・・・その言葉を信じろと?」


 彼女がゆっくりと近付き、いよいよ顔が見える位置まで追い込まれた。

 風が吹き、彼女の髪を揺らす。

 そして月明かりが照らし出す彼女の顔に、表情は無い。

 

 (こ、怖すぎる・・・!)


 さっきトイレ行っておけば良かった。

 ホラー映画の当人ってこんな感じなのかな。

 こんなことを考えるのは、余裕があるからではない。

 なんとか思考だけでも現実逃避させようとしているのだ。


「カケル様」

「は、はい」

「あなたは、また嘘を吐かれるのですか?」

「え、えっとそんなことは・・・」

「カケル様は『大丈夫』と仰いましたね」


 どの話だろうか。

 思考が上手く働かず、思い出すことができない。


「い、言ったかな・・・かも」

「・・・」

「あ、そっか!あの話か!ハハ」


 嘘である。何も思い出せてはいない。

 今の俺はどんな顔をしているのか。きっと恐怖に歪んでいる。


「・・・また嘘、ですわね」

「・・・っ」


 完全に見抜かれている。エスパーのようだ。

 いやそうではない。

 今の俺はあまりにも分かりやすすぎる。

 思えば部屋で話した時点で俺は怪しかったし、そこで嘘がバレていたと考える方が自然だろう。


「わたくし、一目惚れでしたのよ?」

「へ?」


 この場面で告白?なわけがない。

 エステルは相変わらず無表情だ。 

 

「カケル様が来てくださって、本当に嬉しかったのですわ」

「そ、それはど」

「それに素敵な方で、自信に満ちていて、お父様とお母様も喜んでくださって」


 俺の言葉が聞こえていないかのように彼女は話し続ける。

 じっと俺の顔を見ている目に光は無い。


「婿の話も恥ずかしかったですけど、カケル様ならって・・・」

「あ、ありが」

「戦士長に負けた時、わたくしも一時はカケル様を疑ってしまいました。それでも、もう一度信じようとしました。それなのにあなたは嘘をついて、わたくしを騙そうとした」

「い、いや!あれ」 


「そして今もまた嘘をついています。この国から、わたくしから逃げようとしている。これではこの国も、わたくしの将来も、あのときめきも・・・」


 淡々と、俺の言葉を無視しながら話し続ける。

 これはもう会話ではなかった。一方的に、投げかけるように。

 そしてエステルは、カクンと首を横に倒した。

 操り人形の糸が一本切れたように。


「わたくしが、愚かだったのです」

「そんなこと」

「ふふ、ふふふ、うふふふ」


 唐突に彼女は笑い出した。

 無表情もままなのに、とても可笑しそうに。


 (に、にげないと・・・殺される・・・!)


「あの、エステルさん・・・」

「もういいのです!わたくしが甘かったのです!うふふ・・・」

「き、きいて」

「大丈夫ですわ。カ・ケ・ル・サ・マ」


 彼女の表情が歪んだ。

 無表情から、今度は悪魔のような笑みを浮かべている。


「わたくしが・・・調教して差し上げますわ・・・立派な勇者様に・・・ふふ」


 バチンッと音が鳴った。

 

 (む、ムチ!?)


 そう、彼女が手に持っていたのは、鞭だ。

 音を立てながら近付いてくる。


「だ、だれか!」


 俺は誰もいない暗がりに声を掛ける。

 そもそもここは、ガレリアの城だ。つまりエステルの城でもある。

 それでも、彼女の凶行が止まるかも知れないなら、誰でも良かった。


「あらあら・・・でも誰もいませんわ。人払いをしてますの」


 それでこの城に人が全然いなかったのか。

 いやそんなことはもうどうでもいい。


 (動け!俺の身体!!)


 気合を入れるとようやく縫い付けられていた足が動いた。

 そのまま彼女から背を向け走り出す。

 ここで捕まったら、監禁か拷問か、はたまた死か。

 いずれにせよ、ろくでもない未来が待っている。


「どうして逃げるんですの!?」

「ひっ、い、いつかちゃんと戻ってくるから!約束するからああ!」


 俺は駆けながらも背後にいるであろう彼女に約束と言う名の言い訳を叫んだ。

 

「約束・・・うふふ・・・いけませんわ・・・」

「絶対だから!・・・ぐぅっ!」


 何が起きたか分からない。気付いたら地面とこんにちはしていた。

 そのまま上に誰かが乗り、関節を極められる。


「いで!いでででで!」

  

 無理に逃げようとすると、一層痛みが走る。

 よりにもよって右腕だ。

 強烈な痛みで情けない声と涙が出る。


「痛い!待って!許してください!」


 もう体裁なんてあったもんじゃなかった。

 俺は姿の見えない誰かに許しを請う。

 コツコツ、と背後から聞こえていた足音が止んだ。


「ふふ、うふふ。惨めなカケル様・・・」

「え、エステル。許して・・・」

「許しませんわ・・・でも、ユズハ」


 腕の痛みが少し収まる。

 今、ユズハって言ったような。

 もしかして、俺の上に乗っているのは、まさか。


「ゆ、ユズハ・・・」

「なんでしょうか、勇者様」


 紛れもなく、俺専属で付いていたメイドさんだった。

 ようやくここで、全てが繋がった。

 この城に人がいないのも、たまたま彼女に出くわしたのも、エステルに中庭で見つかったことも。

 偶然ではなかったのだ。


 ユズハのあの時の発言は警告だった。

 そしてそれを無視した俺は、エステルの予想通りに脱城しようとして、捕まった。

 なんて情けない話だ。女の子2人にいいようにされてしまった。

 

「あぁ、なんて惨めなんでしょう。勇者様がこんなことで許しを請うなんて」

「う・・・」


 言葉も無かった。その通りだ。元最強勇者は見る影もない。


「ふふ・・・ざぁこ、ざぁこ、ざこ勇者」

「う・・・ぐ」


 涙がポトポトと落ちる。

 

 彼女の属性が、ヤンデレ、ドS、メスガキ感で供給過多だなとなどと思う余裕はなかった。

 そもそも俺はMでも無ければ痛みに強いわけでもない。


 前回は最強で、なんでも思い通りになって・・・。

 なのに今は、惨めだ。


「あらあら、泣いてしまったのですか?おかわいそうに」


 エステルが俺の頬に手を添え、涙を拭う。

 その顔は、とても楽しそうに歪んでいる。

 黒のネグリジュとムチ、これに羽でも付いていたら立派な小悪魔の誕生だ。


 俺は女神様の姿を思い出した。

 天使と悪魔。


「大丈夫ですわ。泣かないでくださいまし・・・でももしまた逃げようとしたら・・・」

「ひっ・・・」

「分かって、いますわね・・・?」

「は、はい・・・」


 


 こうして俺の二度目の異世界生活は幕を閉じた。

 願わくば、来世がよりよい人生でありますように。






勇者カケル


 レベル1



スキル


 ・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)


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