第5話 いわゆる一つの説明回
冴えない30代だった俺は異世界転移して最強勇者で無双していたと思ったら、最弱になっていた。
いや最弱は正確ではない。子どもくらいにならきっと勝てる。
子どもを比較対象にするほど俺の自信は喪失していた。
だって女の子2人にすら勝てなかったから。
エステルの圧力に屈し、ユズハに関節極められて泣き叫ぶ勇者。それが俺。
オーマイガー。
前回は異世界生活終わりとか言っていた気がするが、人の世は死ぬまで終わらない。
つまるところ、脱城に失敗した俺はあの後2人に連行された。
地下牢に閉じ込められるのかな、とか考えていたが連れてこられたのは俺の部屋。
今の状況、ベッドに足を組んで座っている姫様。
そしてその前に正座している俺。
「勇者様、どうぞ」
「あ、どうも」
床にハンカチを敷いてティーカップを置いたメイドさん。
女の子相手に正座させられているだけでも特殊な状況なのに、そこにメイドさんが加わるとカオスだ。
しかも俺にまで紅茶としっかり出してくれるパーフェクトメイド。
なに、この状況。
「それで、俺はこのあとどうなるんでしょうか・・・?」
目覚めたのが何時か分からないが、起きてから捕獲されるまで大分時間が経っている。
一度気絶はしたものの、俺の二度目の異世界生活初日は延長戦に突入していた。
お姫様は紅茶を一口のみ「はぁ」とため息を吐いた。
俺が少し目線を下げると、組まれた足が目に入る。なんとも艶めかしい。
しかし、それを堪能する余裕は無い。
端から見れば、何かのプレイにも見えるこの状況。
人によってはご褒美にも映るだろう。
ただしそれはあくまでプレイだから楽しめるのであって、生殺与奪を握られている状態ではなにも楽しくない。
本気を出しても逃げられない。扉の前に立っているユズハ様に瞬殺だ。
しかもまた捕まってしまったら・・・。
とにもかくにも今を乗り切って、いつの日か脱城をするのが目標。
そうと決まればやることは一つ。
「そ、それにしてもユズハさんはお強いんですね。それにエステル様は治癒魔法を使えるなんて、やっぱり凄いなぁ。ははは」
とにかくこの場にいる2人を褒めて持ち上げて、警戒を緩ませる。
「お黙りなさい」
「すいません・・・」
作戦失敗。俺の事を見下しているお姫様はなんとも黒い顔をしている。
あぁ怖い。助けて女神様。
「今ので褒めたつもりなのかしら?わたくしたちの警戒を解いてまた逃げるおつもりでしょう?・・・浅はかですわ」
「そ、そんな・・・うぐ」
「あぁ、うふふ・・・」
顔を上げようとしたら、頭に足を乗せられていた。
な、なにを言って以下略。
俺の思惑を看破したお姫様はなんとも楽しそうだ。
しかし、脚を上げたせいかネグリジェからガッツリ太ももが見える。
(こ、これはこれで・・・)
勇者カケルは、何かに目覚めた。
だってこの後どうなるかわからない。
拷問か、監禁か、実験か。それなら最後に少しくらいね。
楽しくないと今さっきまで言っていたのに、人は状況に慣れるのが早いらしい。
これをきっと正常性バイアスと言うのだろう。
そのまま足で俺の頭をぐりぐりしていた姫様だったが、飽きてしまったのか脚を元の位置に戻した。
「カケル様」
「は、はい」
「今日からあなたは、わたくしが管理致しますわ」
「え、それは」
「お黙りなさい」
お利口な俺はもう黙っていることにした。
余計なことを言えば評価がぐんぐん下がる。
「あなたの愚鈍な頭でも理解できるように、分かりやすく説明して差し上げますわ」
「・・・・・・」
「感謝は!」
「うぐ・・・あ、ありがとうございます・・・理不尽だ」
再度足を乗せられる俺。今回はちょっと強め。
なんて理不尽なんだ。あなた今黙ってろって言ったじゃない。
「今なんて・・・?」
「いいえ!なにも!」
「全く!あなたは!どうして!そんなに!」
「い、痛い、痛いです。すいませんでした」
ゲシゲシと頭をしばかれる。
実際大して痛くは無いのだが、脳天に当たるせいでゴーンと脳内が響く。
「ふ、ふふ・・・まぁいいでしょう」
王女様は優しい美少女だと思っていたらヤンデレで、ヤンデレかと思ったらドSの女王様だった。
「この世界には、大小いくつかの国があります。ガレリア王国もその一つです。そして各地に『湧き場』と呼ばれるモンスター発生地点があります。ここまではお分かり?」
「はい、わかります」
「モンスターから取れる物は立派な資源ですから、『湧き場』を巡って争いが毎年のように起こっていましたわ。しかし、ここ十数年で状況が変わったのです。そしてここからが、カケル様が召喚された理由と繋がります」
「なるほど」
「魔王の出現と、それに合わせたかのように急激に増えた『湧き場』。自分達の軍だけで対応できなくなった人族は、傭兵や冒険者組織を積極的に使うまでになりました」
そこまで話すと、エステルは紅茶を口に含んだ。
そういえば、俺の分もあるんだった。
せっかくユズハが淹れてくれた紅茶は冷めてしまっていたが、それでも美味しい。
「国が管理できない状況と、国力の低下。これは治安の悪化に繋がりました。ガレリアも例外ではありません。しかし、この世界にはある伝説があります。それが『勇者伝説』です」
こういう話って、見下されながら聞くものじゃないよなぁと思う。
月明かりに照らされながら、それこそ窓際のあのテーブル席とかで。
それでも彼女の綺麗な声は聞き入ってしまう。
落ち着いている時の彼女は本当に美しいのだ。
「最後に召喚されたのは数百年前。そして勇者は見事魔王を滅ぼし世界を平和に導いたそうです。記述によると、召喚からたったの数か月でそれを成し遂げたようです」
先代の勇者様も最強勇者だったんだろう。
俺は女の子探しで忙しかったから2年もかけてしまったが、最速なら一か月もいらなかった。
まぁ今はそんなの無理ですけども。
「徐々に悪化していく状況の中で、いよいよ他種族含めた連合会議で勇者召喚を行おうと結論が出ました。強大な力は時として危険なものですから、ごく最近まで慎重派も多かったのです。そして勇者召喚の術が伝わっているこの国の中で、ひと際魔力が高かったわたくしがその役を受けました。そうして召喚されたのが・・・」
そう言ってエステルは俺の事を指さした。
ゴゴゴと効果音が聞こえそうなくらい圧力がある。
はい、俺が勇者です。なんと1レベルです。
「も、もし召喚された勇者がこんな、ざこ、だと分かってしまったら・・・」
「わ、分かってしまったら?」
「世界中の頭脳が苦悩に苦悩を重ねて、これしかないと結論付けて。期待された勇者が。こ、こんな・・・ざこ!ざこ!」
「す、すいません」
俺の事を指さしながら「ざこざこ」言ってくる姫様はわなわなと震えている。
「ゆ、許されませんわ・・・せ、世界がカケル様が来たことによって落胆し、ガレリアも最悪割れます・・・!召喚したわたくしなんて!どんな顔して生きて行けばいいんですの!」
召喚された時のことがフラッシュバックする。
みんな相当喜んでいたものなぁ。
分かりますよ姫様。救世主かと思ったら、一般人でした。
落差が酷いですよね。
俺も同じ気持ちでした。
「だからわたくし決めましたの・・・カケル様を、わたくしが立派な勇者にすると。わたくしの望む、完璧な勇者様に・・・ふふふ」
わたくしを連呼し笑っている姫様。
その姿を見て震える俺。
一言も発さないユズハ。
なんだか外が明るくなってきた気がする。もう夜明けか。
俺の心は夜のままです。
「なので、カケル様はわたくしが管理致します。今は『召喚酔い』なんて言葉で何とかしていますが、時間の問題でしょう」
「そ、それならやっぱり俺はこの国から出た方が・・・ほ、ほら逃げたことに」
「この愚図!ガレリアの責任問題になるでしょう!わたくしにも惨めな思いをしろというのですか!」
「ひっ!ごめんなさい!」
土下座である。そういえば女神様以外に発動するのは初めてだ。
これをすれば大概の人間のみならず女神ですら・・・。
「・・・なにをしていますの?・・・あぁ、ふふ・・・そういうこと」
「・・・ぐぅ」
文化の違い!そう、土下座なんてものはこの世界にはない。
女神様だから通じたこの技も、ここでは通じないのだ。
姫様、俺の背中は足置きじゃないのですよ。
「ふ、踏まれるのがお好きなんて・・・へ、へんたいですわ・・・なんてみっともない・・・うふふ」
この人はどうしてこんなに嬉しそうなのだろうか。
最初の姫様はあんなにお淑やかで、恥ずかしそうに俺を見ている姿は可憐で、月明かりに照らされた彼女はまるで天使のようだったのに。
解釈違いだ。誰が姫様をこんな風にしてしまったんだ!
俺でした。
「とにかく、ここにいるユズハ以外には絶対にあなたが弱いなんて知られてはいけません。もしそんなことが知れたら・・・」
「し、知れたら・・・?」
「わたくしの人生は・・・終わりですわ・・・だから」
フッと背中の足がどかされた。俺はエステルを見上げる。
その瞳の色は、消えている。
「その時は、わたくしと一緒に死にましょうね。カケル様」
口はなんとなく笑っているようなのに、目が全く笑っていない。
この人本気だ。本気で一緒に死ぬ気だ。
一筋の汗が俺の顔を伝う。
お姫様病んでおられる。
「ば、バレないように頑張ります・・・」
こう言うしかなかった。拒絶するのは無理だ。でも一緒に死ぬ気も無い。
「勇者様、どうぞ」
「ひっ」
気付いたらユズハが真横まで来て、紅茶のお代わりを注いでいた。
この状況でもメイドさん。いやマイペース過ぎるだろ。
あ、違うのか。一旦話が終わりで、一息入れましょうのお茶か。
2人に紅茶を注ぎ終えると、また定位置へ戻った。
パーフェクトメイド。
「カケル様、なにか聞いておきたいことはありますか?」
エステルはすっかり表情を普段通りに戻していた。
スイッチのオンオフがしっかりし過ぎてて怖い。
一言前はあんなにヤンデレしてたのに。
「あの、どうして魔王が現れたと分かったんですか?」
「それは・・・十数年前、ある小国が滅ぼされました」
シリアスな展開だ。
前回もあったのだろうか。そう言った歴史にはあまり興味が無かった。
「滅ぼされたのはノーラ共和国。水が豊かな綺麗な国でした。」
エステルは懐かしそうに、しかし悲しそうに話を続ける。
「『大侵攻』と呼ばれるこの出来事は、組織化されたモンスターの群れによって引き起こされました。」
「その中心にいたのが魔王ですか」
「そうです。ノーラ共和国を滅ぼした魔王は、そのままその国を自分の国にすると宣言をし、そこに今でも住み着いているようです。そこから再度侵攻をすることも無く、今は小康状態が続いています」
国を建てるのが目的だったのだろうか。
前回の世界では、最初から魔王城が存在していた。
魔王と言う生き物は、自分の城を持つのが好きなのか。
それにしても、重たい話だ。
「見てみたかったです。ノーラ共和国」
「いつかきっと取り戻しましょうね。カケル様」
「はい」
きっとエステルにも思い入れのある国なのだろう。
懐かしむ彼女の姿に、俺もその国を見てみたいと心から思った。
「他にはなにか聞きたいことはありますか?」
「えっと、他種族というのはどんな種族がいるんですか?」
これは非常に気になる点だ。
「そうですわね。本当に色々な種族があるのですが、大きく分けてしまいますと、人族、獣人族、エルフ族、妖精族の4種族です」
やっぱりいるんだ!獣人にエルフ、それに妖精・・・。
前回の仲間にも獣人のロリ娘がいた。懐かしいなぁカリン。
エルフは警戒心が強くて、前回はあまり接点が無かったから、今回は仲良くなって、いずれはハーレムの一員に・・・。
それに妖精族ってどんなだろう。気になって仕方がない。
やる気が出てきたぞ。やっぱり女の子がいてこそ異世界。
「早く可愛い子に会いたいな・・・」
「・・・は?」
しまった、声に出してた。
「か、カケル様・・・?今他の女のこと考えました・・・?」
目が笑っていないどころか何も笑っていない。
やばい地雷踏んだ。
「わ、わたくしと話しているにも関わらず・・・他の女・・・ふふ・・・」
「待って!違う!誤解なんだ!」
バチンッと嫌な音がなった。
姫様がどこから取り出したのか、鞭を構えている。
え、召喚魔法?
「やめて!お願いします!」
「う・・・浮気・・・わたくしと話しているのに・・・この駄ぶたは・・・!」
「待って!洒落にならないから!」
「ゆ、ゆゆ許しませんわ!この!ダメ勇者!」
振り下ろされる鞭。標的はもちろん俺。
「お願い!・・・ぎゃああああああ!ンンンンン!?」
途中からユズハに口を塞がれ、叫び声も封じられる。
やっぱり拷問じゃないか!
さようなら、俺のハーレム。
そして、俺は意識を失った。
意識失うまではさすがにやりすぎだと思いますよ。エステリーゼ様。
勇者カケル
レベル1
スキル
・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)
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