第3話 召喚酔い

           ♦♦~ Estel View ~♦♦





 模擬戦が始まったと思ったら、カケル様が壁まで吹き飛ばされていた。

 

「・・・・・・あ、あれぇ?」


 顔から表情が消え、瞳から光が失われ、額から汗がたらりと垂れる。

 

 (え、どういうことですの・・・)


 この場にいる誰しもが言葉を失っている。

 

 背後にいるお父様の顔を見る勇気は無い。

 お母様ならこんな時でも笑顔なのかもしれないが。

 

 ガレリア王国の戦士長であるサンダースは確かに強い。

 この国で一番の剣士だし、多少なら肉体強化魔法だって使える。

 

 ただ、今回はあくまで模擬戦。

 大刀こそ使っていたが、魔法は使っていなかった。

 そんな戦士長は、大刀を振りきった状態のまま硬直している。

 彼も今の状況を呑み込めていないのだろう。


 大刀対木刀でも誰も異議を唱えなかったのは、勇者の力は人間を遥かに凌駕するという伝説があるからだ。

 勇者を召喚した私も、それを疑っていなかった。


 しかし、目の前の現実はなんだ。

 なんか情けない叫び声の幻聴まで聴こえた。

 

 どうしよう。

 あんな飛ばされ方を見るのは初めてだ。

 トロールにでも投げられたような勢いだった。

 

 しかもカケル様が起きる気配が無い。


 (まずいですわ・・・)


 勇者が一撃で負ける。そんなのおかしい。

 この国だって一枚岩じゃない。

 勇者召喚は国内がまとまるためにも必要だった。

 

 だから私が召喚に成功した時は飛び上がるほど嬉しかったし、正直にいうと一目惚れだった。

 婿の話も恥ずかしいけど受け容れた。

 嫌だったわけでもない。

 よその国の顔も見たことない王子と結婚するより遥かに良いとも思った。

 しかし、

 

 (まずいですわ・・・このままだと・・・私の将来が!)

 

 胸のざわめきが収まらない。

 もしかしたら本調子では無いのかもしれない。

 きっとそうだ。そうであって欲しい。

 ただ直感はそうでないと伝えている。

 私ですら、もう少し上手く立ち回れる。


 『偽勇者』


 頭に嫌なワードが浮かぶ。

 召喚に成功して喜ぶ私、自信満々なカケル様、沸いた場内、婿と宣言したお父様。

 これが全部茶番劇になってしまったら。

 

 そんなことは許されない。

 明日からどんな顔をして生きて行けばいいのだ。

 きっと家臣は努めて冷静に振る舞おうとするだろう。

 同情的に接してくる者もいるだろう。

 しかし、広まるのはきっと陰口。


 『可哀そうな姫様』

 『偽勇者の婿』

 『姫様の力も偽物か』


 まだ起きてはいない明日以降の城内を想像して、羞恥と怒りの感情が沸々と湧き上がる。

 許されない。許さない。誰を?

 思い浮かぶのは、なぜか自信満々だったカケル様。

 

 (ゆ、許さないですわ・・・わ、わたくしの・・・!)


 怒りが沸点を超えると、急速に頭が冷えてくる。

 感情を吐き出すよりもこの状況を何とかするのが先決だ。

 周りが段々とざわめき始めている。


「勇者様がやられた・・・?」

「なんか凄い飛び方しなかったか?」

「うぎゃあとか聞こえたぞ」


 宴会でアルコールが入っていたとは言え、流石にもう冷めてしまったらしい。


 (アルコール・・・酔い・・・もうこれしか・・・!)


 こんなものが通用するか分からない。

 でも押し通すしかない。


「も、もしかしてあの勇者」



「しょ、召喚酔いですわ!!!」



 訓練所に響き渡らせるように、叫び声のよう大声を出した。

 こんな声を出すのは初めてだ。


「召喚酔い?初めて聞いたぞ」

「なんでしょうそれ」


 疑惑の声が上がる。当たり前だ。だってそんな言葉はない。

 今作ったのだ。


「文献にはこうありました。『勇者は異なる世界から来るため、その力を発揮するには、ある程度の時間が必要』と!」


 そんなことは書いていない。でっち上げだ。

 

「そ、そうか。きっとそうだ」

「だって自信満々でしたものね」

「木刀もぷるぷる震えてたしな」


 人は信じたいものを信じる傾向がある。

 先ほどまで城内のほぼ全員が勇者勇者と騒いでいたのだ。

 まさか自分たちの目が節穴だったと思いたくは無いだろう。

 私だってその一人だ。


「その召喚酔いとやらが事実だったとしても、あまりに弱すぎませんこと?」


 青いドレスを着た女性が一歩前に出て声を発した。

 終わりに向かっていたはずの場が別の意味で静まり返る。


 (カトレア!またあの娘は・・・!)


 侯爵家の令嬢エカテリーナ・エル・アステレスは、私の友人だ。

 幼いころから歳が近いということでよく会っていたし、仲だって良い。

 侯爵家の長女としてひたむきに努力する姿は、私も見習うところがあった。


 しかし、彼女はとにかく場の空気が読めない。

 彼女に悪意があるわけではない。

 今だって、「あれ、私なにか変なこと言ってしまいました?」と辺りを不安そうな顔で見回している。


「カトレア、生まれたての小鹿も上手く走れないでしょう?今の勇者様もそのような状態なのです。分かって頂けますか?」


 必死にカトレアにアイコンタクトを送る。

 もう10年以上の付き合いなのだ。これくらい通じて欲しい。

 

 そんな思いも虚しく、彼女は「ん?ん?」と指を口に当て、首を右に左に傾けている。


「私、生まれたばかりの小鹿を見たことありませんの」

「そ、そうですか・・・とにかく、勇者様が弱いわけではないのです」

「でもエステリーゼ様」

「お父様!」


 カトレアは自分が納得するまできっとこんな調子だ。

 私は最終手段に出ることにする。


「ど、どうしたエステル」 


 振り向いて声を掛けると、お父様はハッと意識を戻して返事をした。

 ずっと勇者を見ていたのか視点は固定されていて、額には汗が浮かんでいる。


「わたくしの言葉が信じられませんの!?」

「な、なんのことだ」

「召喚酔いですわ!」


 じーっと父親を睨みつける娘。例え相手が国王であろうとも、娘は娘。

 私は「分かってますわよね?」と睨み続けた。


「そ、そうだな・・・皆聞け!エステルの言うことは真のことだ!」


 嘘なんですけどね。さすがお父様ですわ。


「ワシが保証する!衛兵!勇者殿を部屋に運べ!治療をせねばなるまい!それと召喚酔いが終わるまでこのことは口外を禁ずる!分かったか!」


 その場にいる各々が返事をする。

 曖昧な者や黙っている者も中にはいるだろうが、これは仕方がない。


 そういえばカケル様のことを忘れていた。

 死んだかもと姿を見ると、カエルのように足がピクピク動いている。

 一応は生きているらしい。なんとも情けない姿だが。


 止まっていた場がようやく動き出した。

 衛兵が「勇者様ご無事ですか!」と走り寄っていく。

 

 私はとりあえずホッと胸を撫でおろした。


「わたくしが治癒致します!」


 なるべくこの勇者が他人と接触するのを避けないといけない。

 

 (勇者がもし偽物だったら、偽物だったらまだいいのかしら・・・) 

 

 勇者が本物の上で弱かったとしても、偽物だったとしても詰んでいる。

 さっき作った『召喚酔い』なる言葉が事実であるように願うしかない。



 

 

 

         ♦♦~ Estel View End ~♦♦





 夢を、見ていた。

 

 赤髪ツインテールの少女、スカーレットだ。

 彼女とはギルドに加入して数か月後に出会った。

 たまたま(を装って)同じ依頼を受けることとなり、そこでモンスターに囲まれた所を俺が助けたのが始まり。


 素直になれないツンデレ美少女だったが、段々と仲良くなっていきそして、


 (懐かしいな・・・)


 彼女は俺がいない世界で新しい男と・・・


『他に好きな人ができたから』


「うひゃああ!」


 飛び起きた。動悸が酷い。なんて夢だ。

 彼女の思い出が、あの女神が見せた映像に全て繋がる。


「ンンンンン・・・!いっ!・・・」


 悶絶して頭を抱えそうになったところで、痛みに気付いた。


 (あれ、俺どうなって・・・)


 ここはどうやらこの国が用意してくれた俺の部屋だ。

 ベッドで寝ていたらしい。

 

 この国に召喚されて、歓迎を受けた。

 そこから・・・。


『これで・・・!うぎゃあああ!ぐふっ・・・』


 思い出した。俺は吹っ飛ばされたんだ。

 我ながらあれでよく無事で済んだものだ。

 さすが元最強勇者。

 

 (いや、現実逃避はやめよう・・・)


 俺は負けた。完敗だった。

 一撃で粉砕された。

 

 違和感は確かにあったが、しかし相手は人間だ。

 正直に言うと前回の異世界ではもっと強い人間もいた。

 それなのに・・・。


『俺が来たからにはもう安心だ!』

『エステル、これでいいかい?・・・気長に待ってる・・・』

『まぁ肉体なんて関係ないんだけどね・・・プライドを保てる程度に・・・』


 ここに来てからの数々の言動、行動、思考が頭の中を巡る。


「ぬううううううううンン!」

 

 頭を抱えてのたうち回る。痛みが今は気にならない。

 なんて恥ずかしいんだ。

 なにが「もう安心だ!」だ。

 とんでもなく格好つけて、好感度マックスとか許嫁だとか盛り上がって。


「あかん、あかん、あかん」


 効果は抜群だ。

 どうするんだこれ。

 戦士長に全く勝てる気がしないどころか、木刀すら重かった。

 どうして・・・


「あっ・・・リヴィアさん!」


 俺は女神様を呼び出した。映像が切り替わる。

 感覚で言うと、なんか眼球が無理矢理ぐりんと回される感じ。

 女神様は煎餅を食べている。炬燵の中で。

 

「どうなってるんですか!」

「・・・だから気を付けてって言ったのに・・・もぐもぐ」


 やれやれと言った声だが、相変わらずの笑顔。

 煎餅美味しそうですね。最後に食べたのは5年前くらいか。

 

 いや、そんなことはどうでもいい。

 今は・・・。


「どういう意味ですか・・・」

「そのままの意味よ。私言ったじゃない。この転移で徳は全部使い切ったって」

「それにしたって・・・」


 弱すぎる。

 前回はスタート時点でももっと身体は軽かったし。

 

 女神様は合点がいったのか「それはね」とバリバリ音を出しながら話し始めた。


「あなたの能力はリセットされたの」

「それでも前回のスタートより弱いじゃないですか!」


「だから、徳は使い切ったの。前回はあなたの言うところのレベルが高い状態で送り込んだから。んー100レベルくらい?」

「そ、そんな・・・」


 100レベル・・・。

 それがどれだけの強さかは女神様ステータスのおかげでよく分からないが、確かに前回苦戦したことは一度も無かった。

 徹頭徹尾、無双状態。


「い・・・今は・・・?」

「え、1レベル」

「ノオオオオ!」

「うわぁ・・・きもちわるっ」


 そんなの当たり前じゃないと目が言っている。

 煎餅食べてお茶を啜って炬燵に入っている女神様。

 俺の状況とは反対にとてもリラックスしているご様子だ。


「お、横暴だ!レベルアップを要求する!」

「無理よ。だから反対したのに。勇者なんて強いからこそ優遇されるし、生活だってできるの」

「でも!こんなのあんまりだ!」


「あなたがどうしても行きたいって言うから、私も無理をしたのに」


 その通りだ。俺が無理言ってここに送ってもらった。

 でもこんなのってねぇよ。前回との落差が酷すぎるよ。


「・・・スキル!せめてスキルを!」


 なんでもいい、今の状況を打破する力が欲しい。


「だから、ね?あなたの徳は無いに等しいの。そのスキルっていうのも私があなたの徳を消費して付与したものだし」

「そうだったんですか・・・」


 知らなかった。ここに来ての新事実だ。

 そういえば彼女と出会った頃に、『そういう感じにしてあげます』とか言っていた。

 

 それは俺に合わせてアニメっぽく女神様が振る舞ってくれたということだ。

 いくら暇だったとは言え、優しい。


「あれ?今ほとんど無いって」

「そう言ったわ」

「てことは少しはあるってことですよね!」

「まぁ・・・それはそうなんだけどね」


 女神様の言った通りなら、徳を消費すればスキルなり力なりが付与できると言うことだ。

 光明が見えた気がする。


「だったら!」

「でもあなた召喚されてから、吹っ飛ばされて気絶したくらいだし。それに合う力って言われてもね」

「見ていたんですか・・・」


 女神様は「当たり前じゃない」と言ってテレビを見始めた。

 そうか、あれがあったな。

 彼女になら見られてもとは思うが、それでも美少女に格好悪い姿を見られるのはなんとなく嫌だ。


「私はね、あなたの望み通りにそれっぽくしてあげたつもり。だから女神の力もその時の経験を元にそれに近いものを付与してきたの」


 頭の下がる思いだ。女神様はどれだけ俺の求める像を果たしてくれてたのだろう。


「リヴィアさん、好きです!」


 俺は今のリヴィアさんに抱いた気持ちをそのまま伝えた。


「え、ごめんなさい」


 フラれた。恋とはいつもあっけないものである。

 

 いや、今のは恋愛的な好きでは無くて、キャラを全うしようというその女神性に対してだったのだが。


「そういえば、徳ってどうしたら貯まるんですか?」

「それは・・・例えばモンスターを倒したら、誰かの命が救われたり、財産が守られたりするでしょう?簡単に言うとこんな感じ」

「なるほど、でも俺は今回モンスター倒せてないですよ」


 そもそも城から一歩も出ていない。

 女神様は「それはね」と言うとお茶を一口飲んだ。


「あなたが召喚された時、みんな大喜びだったでしょう?」

「そ、そうですね」


 その後の記憶を思い出して顔が熱くなる。


「その時のそこにいた人々の感情が、カケルの徳になったの」

「つまり・・・?」

「『世界がこれで救われる』って言う救いをあなたが与えた。これが徳」

「じゃ、じゃあ」


 結構貯まったんじゃないか?

 だって相当な人数だったし。


「でも実際あなたはまだ何もしてないし、そのあと一撃粉砕っ。これで疑われちゃったから」

「な、なるほど・・・?」


 どうやら徳は単純な足し算では無かった。引き算も存在するようだ。

 ただ、これ以上詳しいことは聞いても理解できそうにない。

 一つ分かることは、今少しだけでも徳はあるということ。


「リヴィアさん」

「どうしたの?」

「ガチャって知ってますか?」

「え、なに?ガチャ?」


 そうガチャ。前々世でも何かと流行っていたこれは、時として人を底無しの沼に沈めるという罪深いもの。

 

 つまり俺が言いたいのは、


「スキルガチャ!スキルガチャを希望します!」


 これだ。

 女神様は俺が経験したことを元に女神パワーを付与していると言っていた。

 今の俺にはその経験が無い。

 しかし、彼女が誠実に守っているキャラやシステムにガチャ要素を加えて貰えれば、今の状況もクリアできるかも知れない。


 女神様は「また始まった」と肩を竦めているが、しっかりと紙をパラパラしている。

 そして、「そういうことね」と俺が言ったことを理解したようだ。


「つまりこのガチャ?とやらで女神の力を付与しろってこと?」

「そうです!その通りです!お願いします!」


 俺は、土下座を繰り出した!

 この世界に来て初めての土下座だ。

 

「うわぁ・・・いつ見ても卑屈・・・」


 女神様は、引いている!

 しかし土下座した時、半分くらいはこんな反応だから問題ない。


「どうか!神様仏様女神様!俺はいつでも女神様一筋です!」


 頭を擦り付けると、柔らかい。

 だってベットの上だもの。

 

 暗い部屋で、そこに存在しない何かに土下座している俺は、なにかに取り憑かれているように見えるだろう。


「うすっぺらい・・・まぁいいけどね」

「さすが女神様!大好き!」

「きもちわるいっ・・・でもオススメしないわよ?」

「ど、どうしてでしょうか?」


 俺は何としても力を手に入れないといけないのに。

 

 しかし今まで気にしたことなかったが、土下座しても首を振っても視点が固定されているのは何とも気持ちが悪い。

 頭の中の映像だから、当たり前ではあるのだが。


「徳はね、あなたを不運から守るものでもあるの。もし使い切ったら不幸が訪れやすくなるのよ」


 また新事実だ。前回の俺は何も聞いてなかった。

 そもそも別に聞く必要も無かった。だって最強だったし。


「それでも!ここに来たときは使い切ったはずなのに歓迎されましたし。一回くらいなら・・・」


 『一回くらい』、この言葉がどれ程の業を生むか、理解ある人は多いだろう。

 しかし俺は本当の意味で、一回くらいと言っているのだ。

 決しておかわりを要求したりはしない。


「・・・あとでなにか言っても聞かないわよ?」

「もちろんです!」


 女神様は「じゃあ」と言うと指を振って、ルーレットを出現させた。

 やっぱりこれになるのか。

 既に大量に何か書かれているが、今の視点ではよく読めない。


 (話術、なにかの魔力強化、構造変化、麻痺耐性・・・)


「一回しかできないからね。しかも使い切っちゃうからね」

「大丈夫です!お願いします」

「じゃあ、ルーレットスタート!」


 ルーレットが回転されると同時に、俺の視点がギュインと移動した。

 正面に回転しているルーレットが映し出される。


「なにこれ怖い」

「せっかく演出?っていうのをしてあげたのに」

「うひゃっ」


 耳元で女神様の声が聞こえて思わず声を上げてしまった。

 息遣いまで聞こえる。

 なにこれ凄くリアル。そしてちょっとエロい。


 (強いスキル・・・全てを破壊できるようなスキル・・・!)


 俺はとにかく祈った。欲しいのはとにかく強そうなスキル。


「ふーん、ふふーん、えい!」


 可愛い掛け声と共に投擲。

 ルーレットの回転が止まり、刺さったのは・・・


 『特殊言語知覚』


 なんだろう、知らない。

 特殊言語ってどの言語だろう。


「ぱちぱちぱち、おめでとう。モンスターの声が聞こえるようになりました!」

「・・・いらねぇ!」


 要らないランキング上位じゃないか。

 少なくとも前回の世界では無かったスキルだ。

 

 モンスターの声が聞ける?

 どうするんだこんなもの。

 もし「殺さないで・・・」なんて声が聞こえてしまったら・・・。


「やりづれぇ」


 モンスターとは意思疎通ができない。

 その上で人間を襲うから戦うことに疑問を感じなかったのに。

 一方的でも言語が分かってしまったら、考えたくもない。


「せっかくカケルのためにしてあげたのに」


 珍しく女神様が膨れている。可愛い。


「い、いえ・・・も、もう一回」

「もうむりでーす。女神も万能じゃないの。また貯めてきてね」

「はぃ・・・」

 

 おかわりはあっけなく却下。

 今日ばかりは押せそうもない。

 なにせ俺の徳はもはやゼロらしいから。


 女神様は指を動かしてホワイトボードを出現させた。

 そして、その下に置いてある踏み台に乗る。


 (そういえばこんなシステムだったな)


 いつの間にか手に持っていたペンで、ちんまりと『とくしゅ言語知覚』と書いた。

 俺がスキルを獲得するたびに、この人はボードに書き足していくのだ。

 ステータス画面の代わりらしい。

 

 自分で書くところが、愛情を感じられて好きだった。

 とにかく見辛いのが難点だが。

 ちなみに基礎的な部分は、書いていない。


『体力1300くらい?魔力300くらい?』


 こんな調子で書かれても良く分からないので、途中で消してもらった。

 身体感覚で分かるというより、前回は細かい情報がいらなかった。

 今は『レベル1』とだけ書かれている。

 なんとも辛い現実だ。


「モンスターの声が聞こえてもなぁ・・・」


 城からまだ出てもいないし、城の外がどうなっているのかすら分からない。

 この辺にはモンスターがいない可能性すらある。


「頑張ってね。・・・誰か来たみたい」

「ありがとうございます。それじゃ」


 ぷつんと映像が切れ、目の前が白くなる。

 そういえば土下座したままだった。



 


           ♦♦~ Estel View ~♦♦





 部屋の中から話し声が聞こえる。

 カケル様の声だ。

 いつ目が覚めたのだろう。

 それにしても、


「独り言・・・?」


 どれだけ耳を凝らしても、一人分の声しか聞こえない。

 もしかしたらうなされているのかな。

 酷い怪我だったから。


 血まみれだったし、骨も何本か折れていた。

 詳しくどこの骨かは医者ではないから分からないが、特に右腕は変な方向に曲がっていて、見るからに悲惨だった。

 

 魔力をほぼ使い切ったが、全快とはいかなかった。


 (それにしても・・・)


 扉越しの声のためはっきりとは聞こえないが、気になるワードもある。


 (リヴィア・・・メガミ・・・スキルガチャ・・・?)


 メガミとは、そのまま女神だろうか。

 他の2つはよく分からない。

 スキルはそのままの意味だろうけど、ガチャは聞いた事が無い。

 それにしても、寝言にしては大きく、独り言にしたら怖い。

 もしかしたらとんでもない人を呼んでしまったのかも。


 (それでも・・・もう一度くらい)


 カケル様の事を信じてあげないと。

 私が呼び出したし、一度は好きだと思った相手だし。

 

 思い付きで作った『召喚酔い』がもし本当に存在したら。

 そんなことはあり得ないと分かってはいても、そうであって欲しい。


 (・・・終わったかな?)


 いつの間にか声が聞こえなくなっていた。

 

 (どうかカケル様が、強い勇者でありますように)



 この願いが届くのかは、この世界の誰にも分からない。





         ♦♦~ Estel View End ~♦♦






勇者カケル


 レベル1



スキル


 ・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)

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