第11話 俺は、ちょっとだけ主人公だ
期末考査の結果が返って、三日。
不安要素だった同級生二人も何とか晴れやかな夏休みを迎えた晴れの日。
俺たちは、少しばかり遠い場所に来てしまっていた。
距離的にも、雰囲気的にも。
「明智先輩? ここって……?」
「見ての通り、プールですぞ!」
それはわかる。
わかるが……どうにも居心地が悪いというか、場違いさがひどいというか。
どうみても、一般高校生が気軽に遊びに来てはいけない気配がする。
というか、陰キャを自認する俺には、あまりにもハードルが高すぎる雰囲気だ。
「うひょー……こんなとこ、初めてだな。さすが明智先輩っス」
「タイミングが良かっただけですな! ガハハ」
臆した様子もない峰崎と、豪快に笑う明智先輩。
そして、目の前を行き交うのはどうにもセレブな雰囲気を纏った水着姿の人々。
もう、纏うオーラが見るからに違う。
それそのはず、ここはとある高級ホテルの屋上に存在するリゾート型インフィニティプールなのだ。
宿泊客のみが利用でき、街並みを一望しながら遊ぶこともできるし、併設されたスパで一息つくこともできる――いわば、大人の遊び場。
さすがに、高校生がうろうろしていていい場所ではないことくらい、俺にもわかる。
「あれ、ニワっち。なんかテンション低くね?」
「逆にこの状況でテンションを上げられるなんて、さすがは峰崎だな」
「そりゃ、こんなとこに来る機会なんて一生に一回あるかって感じっしょ? 楽しまねーと損じゃね?」
この思い切りの良さは、見習いたい。
言われてみれば、得難い機会を得たというのは峰崎の言う通りだ。
「おまたせー!」
もちろん、『クラスで噂の女の子とプール』なんて機会も。
ラノベ主人公も真っ青なベタ展開。
「おまたせさん。なんや、すごいところやね」
「タイミングが良かったですからな」
からからと笑う明智先輩。
なんでも、明智先輩の叔父はとある会社の社長をしているらしく、こういったホテルの宿泊チケットを手に入れやすいらしい。
それを今回、俺たちのために手配してもらった……というのが事の次第だ。
一泊いくらか、なんて聞くのも怖い高級ホテルに二部屋五名で二泊の旅。
クラブの合宿先としては些かぶっ飛んでいるが、明智先輩曰く「アテもツテもすべて使うのがクリエイターですぞ」とのことで、うっかり押し切られてしまった。
「仁和寺君、どう? どう?」
くるりと回って俺に小首をかしげる眞百合さん。
白のモノキニは快活な彼女にぴったりで、うっかり直視したあげくに目をそらしてしまった。
何と言うか、眞百合さんは俺に無防備が過ぎる。
「む」
「よう似合うてるから照れとるんや」
「そうなの? 仁和寺君?」
仁王立ちして俺をじっと見る眞百合さんに、俺は降参の頷きを返す。
「えへへ、ならよし!」
「え、オレッちの感想は?」
「ミネはいいよ、別に」
俺の隣で、峰崎がわかりやすくがっくりと肩を落とす。
やはり気安い陽キャともなれば、何かしらコメントがあったのかもしれない。
「うちはどない? 小助」
「えっちですぞ」
「ほんまに?」
「小生が嘘を言ったことがありましたかな?」
「あるで?」
先輩二人は先輩二人で、艶っぽいのかなんだかわからない会話をしている。
俺がまだガキなのかなんなのかわからないが、この二人の関係はよくわからない。
ただ、時折見せる雰囲気は二人の近い距離感が垣間見えたりする。
……今みたいに。
「きれいなところだねぇー」
「なかなか見れる景色ではありませんからな。先輩風ではないですが、せっかくなのでいい体験をと思ったのです」
「うん、ありがとう! 明智先輩!」
眞百合さんがペコリと頭を下げたので、はっとして俺も頭を下げる。
そうだ、最初にお礼を言うべきだった。
「気にすることありませんぞ。半分は叔父の厄介事を引き受けたようなものですからな」
「そうなん?」
「叔父はやり手ですが、忙しくてですな……出資したり援助したりした企業からの誘いを上手く受けられないことが多いのです。我々が叔父の代わりにこうして訪れることで、叔父と企業のメンツが立つのでwin-winなのですぞ!」
眼鏡をクイッと上げながら解説する明智先輩に「おー……」と拍手する俺達。
まあ、これにしたって俺たちに対するリップサービスだろうことはわかっているが、せっかくの機会なので厚意に甘えさせていただこうと気分を切り替える。
「プール、行こ! すっごくいい景色! 端っこまでいきたい!」
「え、っと」
直視できずに目を逸らし続けていた俺の手を眞百合さんが引く。
瞬間、彼女は足を滑らせてプールに転落した。
もちろん、俺ごと。
「わっぷ」
「あははは! びっくりした!」
俺につかまって照れ笑いを見せる眞百合さん。
その鼻先が触れそうなほどの距離に、思わず心臓が高鳴る。
長年、フィクションで女の子を描いてはきたが……こんなに柔らかい生き物だったなんて、知らなかった。
「小生は飲み物とテーブルを確保してきますぞ。あとで合流ということで」
「うちも一緒に行くわ。ミネやんはどうする?」
「あ、オレっちも一緒に行くっす」
小さく振り返って、俺にウィンクを寄越す峰崎。
そういう気遣いは不要だ。というか、一緒にいてくれ。
この調子だと、俺が耐えられないかもしれない。
「ほら、行こ! ……もしかして、泳げなかったり?」
「泳ぎは得意だ。スイミングスクールに通ってたから」
「あたしと一緒だ! バタフライもできるよ!」
上機嫌な様子で、俺の手を引く眞百合さんに小さく苦笑してついて行く。
せっかくの夏だし、少しくらい勘違いするのもいい。
作家たる者、リアルな体験もしておかないとな。
よし、ここから先――俺は、ちょっとだけ主人公だ。
いや、待て。ラブコメの主人公ってどんな感じだったっけ?
「んふふ」
「どうしたの? 眞百合さん」
「すっごく楽しい!」
考えるのはやめだ。
今はとにかく、彼女との時間を楽しむとしよう。
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