第8話 宣戦布告!
「何で俺まで……」
学期末試験迫る6月の下旬。
眞百合さんと明智先輩に両脇を固められて廊下を歩く。
職員室などがある棟の二階の端――つまり、生徒会会議室に向かって、だ。
「まぁまぁ、何でも経験ですぞ」
「俺よりも平麦先輩のがよかったんじゃ……」
「部長殿の指名ですからな。観念なされよ」
にやりと口角を上げる明智先輩。
視線をやると、眞百合さんがさっと視線を逸らした。
「眞百合さん?」
「仁和寺君がいると、心強いなー……なんて?」
「……わかったよ、もう」
そんな風に言われたら、断ることもできない。
俺だって、男の端くれだ。
これも勉強だと思って、ついて行くとしよう。
「さ、入りますぞ」
廊下を歩くことしばし、心の準備をする間もなく明智先輩が扉を開ける。
教室二つ分くらいの広さがある会議室には、すでに多くの生徒がひしめき合っていた。
部長や副部長といった各部の役職持ちが多く、一年生である俺たちは当然肩身が狭い。
なるほど。
眞百合さんが俺を伴った理由が、少しばかり理解できた。
これはなかなか居心地が悪い。
「開始の時間になりましたので、六月の部活会議を開始します」
黒縁眼鏡の真面目そうな生徒会役員が、そう宣言するとざわついていた会議室がすっと静かになった。
ぴりりと引き締まった空気の中、いくつかの報告と議題が流れていく。
多くは夏休み中の部活動についてや、学校利用の時間、合宿予定などについてだ。
「以上。他に何か議題のある方は挙手を」
つつがなく終わる――そんな空気感の中、真っすぐと手を伸ばす人物が一人。
仕掛けてくるだろうと明智先輩が言っていたが、その読みは見事に当たっていた。
……角田だ。
「文芸部から確認と提案があります」
「例の件なら却下したはずだが?」
「納得いかないからこそ、こうして部活会議で提起するのです」
生徒会長の言葉に不機嫌さを隠しもしないで、角田が立ち上がる。
そして、俺たちを指さしながら口を開いた。
おいおい、「人を指さしちゃいけません」ってママに教わらなかったのか?
「『アニメ・ラノベ研究部』は、部活としての意義を持ちません。記載された活動内容は文芸部と類似しており、その実で活動実績のない幼稚な遊戯サークルです」
「文芸部とはカテゴリーの違う文化系統の部活だと認識しているが? その点はどうかな、『アニラノ研』の諸君」
生徒会長がこちらに視線を投げかける。
それに対して、隣に座る明智先輩が手提げ袋を手に立ち上がった。
「お集りの皆さんは我々をあまりご存じないと思うので軽く自己紹介しておきますと……『アニラノ研』は今年の四月にできた新しい部でしてな、アニメ、マンガ、ラノベにゲームなど、今後日本の財産となるべきサブカルチャーに焦点を当てた研究サークルですぞ」
袋から取り出した出来立てほやほやの部誌(みんなは同人誌と呼んでいたが)を配りながら明智先輩が歩く。
「あいにくとわが校の文芸部ではこれらを進んで研究はしておりませんでな、こちら……部長の眞百合さんと小生が立ち上げさせていただいたのです」
「お、いいじゃん。好きだぜ、こういうの」
部誌を受け取った二年生の一人が、表紙に目を輝かせる。
マットコート紙に青と黒でシンプルに描かれているのは、現在絶賛アニメ放送中の『ブレイズウィッチ・ファルメリア』のイラスト。
平麦先輩が手掛けた逸品だ。
「文芸部でも美術部でもない。ポップでライトなサブカルチャーの研究とその創作を目的とするのが、我が『アニラノ研』なのです――ご理解いただけますかな?」
明智先輩の言葉に生徒会長は頷き、角田は机をたたいた。
「理解できるものか! 私への当てつけのつもりか!」
「小生があなたに当てつけるものなど何もありませんぞ?」
「角田君。これは生徒会と教員できちんと協議し、認可された部活だ。見ての通り、部活内容としても違いがある」
「いいえ、違いますね。これは伝統ある文芸部に対する侮辱と挑戦です。創作はもっと真面目にやるべきものだ。こんな、このような薄っぺらいものではない!」
手に持った
おいおい、結構手間暇かかってるんだ。大事に扱ってくれよ。
「これは決を採るべきです。この部活会で! 公平にね!」
「と、角田君は言ってるがどうかな? 各部の意見を聞こうじゃないか。『アニラノ研』が本当に我が校に相応しくないと君たちが判断するなら、生徒会として再度教員サイドと協議する必要がある」
生徒会長の言葉に眞百合さんが「そんな……」と小さく腰を上げる。
俺も同じ気持ちだが、この展開はある程度予想されていたものだった。
「いや、おれはいいと思うぜ?」
「俺も別に。コレ見る限りは真面目にやってんじゃんって感じだし」
「わたしも賛成だわ。とても読みやすいし、声優のことだって書いてあって楽しい」
口々に肯定の言葉が溢れ、少しばかりほっとする。
まあ、これも予想された展開の一つだ。
今の時代、オタクなんて言葉が一般化するくらいにサブカルチャーは浸透している。
アニメや漫画を嗜まない高校生の方が希少だ。
そこに訴求すれば、拒否反応もそうは出ないだろうとは思っていた。
「……僕たちは反対です」
そんな中、拒否の意思を示したのは美術部だった。
まあ、これも想定内。なにせ、文芸部と美術部は活動場所が隣り合わせで、わりとお互い協力的な――悪く言えばずぶずぶな――関係なのだ。
部誌の表紙は美術部が描くという慣習も相まって、それで部費のやり取りもしているらしい。
ここで、文芸部に呼応しないわけにはいかないだろう。
「とはいえ、肯定多数だよ? 全会一致というルールでもなし、これでは『アニラノ研』が投稿に相応しくないとは言えないね?」
生徒会長の言葉に、角田が小さく唸ってから口を開く。
「では、その判断を外部の方に託すのは、どうでしょうか」
「外部とは?」
「九月にある文化祭……文芸部とアニラノ研で投票をして、採択する。それならば、公平です」
角田がうっすらとした笑いを浮かべる。
切り札を切って、勝利を確信したような薄ら暗い笑顔だ。
「文化祭には他校の生徒、OB、父兄の方々など幅広い方から判断が得られます」
「なるほど、それはいいかもしれないね。アニラノ研は? それでいいかな?」
「もちろん、受けて立ちますぞ。それでよろしいかな? 眞百合部長」
「うん。あたしも精一杯、頑張る!」
眞百合さんの力強い頷きに、にこりと笑う明智先輩。
二人のやる気に触発されて、俺も小さく気合を入れる。
……何としても、俺たちの居場所を守らなくては。
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