第7話 活動実績はしっかりと

「え、明智先輩って元文芸部なんですか?」


 俺の言葉に、深々とうなずく明智先輩。


「左様。三月までは文芸部員でしたぞ」

「俺と入れ替わり……って感じですか」

「二年に上がる際、居心地の悪さを感じましてな」


 みなまで言わずともわかる。

 原因は角田先輩だろう。


「それで、四月に部活の立ち上げ手伝ってもらったってわけ!」

「眞百合さんと明智先輩はもともと知り合いなのか?」

「同中で漫画同好会の先輩後輩だったの。それで、この学校にはサブカル系部活がなかったから立ち上げちゃった!」


 なんたる前向きさ。

 ヲタクには陰キャしかいない……みたいな風潮は未だに根強いが、眞百合さんはそれを真っ向から否定する存在かもしれない。


「そこにオレっちと姐さんが合流したってわけ」

「角田君はそれが気に入らないみたいですな」


 自ら居場所を奪っておいて、さらに排除しようとするなんて。

 あの男は、一体何様のつもりなんだろうか。


「しかし、いきなり解散せよとは。何かしらの動きがあったのかもしれませんぞ」

「あー、多分……部費を減らされたからじゃないかな?」


 あっけらかんとした様子で重大な事実を告げる眞百合さん。

 それに「ふむ」と顎に手をやって苦笑する明智先輩。


「んもう、二人とも説明せんと。仁和寺君が狐に化かされたような顔してはるやん?」


 平麦先輩の言葉に、明智先輩が小さくうなずいて俺に向き直る。

 とはいえ、おおよその事情は察してしまっていたが。


「五月……ゴールデンウィーク明けに、生徒会による部活会議がありましてな。そこで部費の分配について発表されたのです」

「あたしも明智先輩と一緒に参加したんだよ!」


 何やら胸を張る眞百合さん。

 ちゃんと部長として仕事していて偉い。


「その際、我々にも少しばかりの部費が提供されたのですが、文芸部の部費は減少したのです」

「それはどうして?」

「所属部員の減少、それと書籍の購入について図書室司書とずぶずぶだったからですな。図書購入費と文芸部費を二重取り状態になっているとして、文科系部活の配分比率が変わったのです」

「あたし達っていう、新部活も発足したしね!」


 なるほど。

 それで、矛先をこちらに向けてきたという訳か。

 あちらからすれば『活動の似通った別部活』による部費の横取りと感じられたわけだ。


「それだけじゃないっしょ?」


 峰崎がちらりと視線を平麦先輩に向けながら、口を開く。

 いま、そこに言及するとはなかなか強気だな。


「まあ、人間関係としても部長の角田君とはあまり折り合いが良くないですからな」

「それは明智先輩が文芸部をやめたこととやっぱり関係が?」

「少しだけ、ですな。小生は御覧の通りにステレオタイプなヲタクなれば、お堅い文芸部の雰囲気にそぐわぬと考える者もいたのです」


 少しばかり寂しそうに、明智先輩が呟く。

 ここに来て、トラウマじみた過去の記憶が浮き上がるようにして、俺の心を絞め上げる。


「明智先輩は悪くないよ! 何でも知ってるし、いつも丁寧だし!」

「だよなぁ。オレっちと特撮のことについて話せる人なんてそうそういねぇし、そこからさらに話広げられる人なんて、明智先輩以外に会ったことねぇ」

「買いかぶりすぎですぞ。小生はいつもやりたい事だけをやっている、ヲタクなれば……」


 少しはにかみながら言葉を濁す明智先輩。

 そんな彼を見る平麦先輩の目は、優し気だ。


「小助はええ男やろ?」


 俺の視線に気づいたらしい平麦先輩がしっとりと笑う。

 それに大きく同意して俺は頷く。

 まだ一ヶ月と付き合っていないが、明智先輩のできた人間っぷりは俺も少し感銘を受けていた。

 そりゃあ、平麦先輩も惚れるわけだ。


「しかし……大丈夫ですかね? 解散しろとまで言ってきましたけど」

「そこが問題ですな。我々がそれをよしとしないことがわかれば、角田君のことです……きっと、次の部活会議で議題に上げてくるでしょう」


 それは、本格的に俺たち――『アニラノ研』を潰しにかかってくるということだ。

 ようやく居心地のいい場所を見つけることができたというのに、あの先輩は部費が減ったなどと言う理由でそれを壊そうとしている。


「ね、どうやって対策したらいいの? あたし、上手く反論できるかな?」

「会議には小生もついて行くので問題ないですぞ。とはいえ、準備は必要ですな」


 小さく考え込む明智先輩。

 俺は俺で、できることを考えてみるが……部活に真面目になったことがないので、妙案など浮かぶはずもなく、ただただ唸るだけになってしまった。


「できて数か月の部ですからな、実績ベースでの反論は難しいでしょうな」

「んじゃ、いまできることは何もないってことスか?」


 峰崎の言葉に、明智先輩は目を細める。

 そして、「いま……そうですな」と小さく呟いて、俺たちに視線を投げかけた。


「このまま防戦一方は不利の極み。いっそ攻勢に出るのはいかがですかな?」

「いいね! でも、どうするのがいいんだろう?」


 さっそくに乗ってきた眞百合さんに、明智先輩がにやりと笑う。


「実績がないなら、作ればよいのです。まずは、一期に一冊の部誌を作って、頒布しましょうぞ」

「文芸部と同じベースってことですか?」

「左様。それにこちらはできたばかりの部活ですからな、活動実績が見える形で存在すれば、大っぴらに文句は言えませんぞ。それに加え、内容もサブカルに寄せていけば、角田君が吹聴する『類似する活動』とは言えなくなるでしょう」


 同じ土俵で、別側面を……というのは、確かにいいアピールになるかもしれない。

 文学や創作といった根本部分は同じでも、それに触れる層が違えばそれは別物だ。


「それだけやないんやろ? 小助」

「もちろんですぞ」


 しなだれかかる平麦先輩に軽く笑って返して、明智先輩が続ける。


「おそらく、それだけでは不十分ですぞ。それ故、次の部活会議で仕掛けてくるはず」

「何を?」

「何らかのこちらを潰すための方策ですな。例えば、学校に漫画は相応しくないだとか、活動内容にゲームが含まれているのはよくないとか……そういう所でしょうな」


 ここの校風がそれを許すから設立を認められたってはずなんだけど。

 とはいえ、角田先輩あのひとなら言い出しそうだとは思う。


「ま、あちらの出方次第ですが……何とでもしますぞ! まずは部誌の事から詰めてまいりましょうか。部費の使い道について、きちんと表に出る活動をするのも重要ですぞ!」

「それじゃあ、早速やっていこうー!」


 眞百合さんの音頭に、俺たちは小さく首をかしげる。


「何したらいいんだ?」

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