第6話 これは荒れるぞ……!

 三人で向かった部室の前には、見覚えのある人物がいた。


「角田部長? こんなところで何してるんです?」

「……仁和寺? 君こそこんな場所で何をしている?」

「部活ですけど」


 質問を質問で返すのは礼儀のなっていない。

 こういうところ、やっぱりちょっと合わないんだよな。


「部活? まさか、このアニメなにがしとかいう胡乱なところに入ったのか?」

「アニメ・ラノベ研究部です!」


 俺のやや背後から、眞百合さんが声を上げる。

 自らが一から立ち上げた部だ。そこは一家言あるだろうと思う。


「名前などどうでもいい。部長はどこにいる」

「えっと」

「明智だ。いるだろう?」


 俺たちが何かを答える前に、そう決めつけて話を進める角田部長。

 彼の文学的センスについては存じ上げないが、こういう所……本当に苦手なんだよな。


「部長はあたしですけど? 何か御用ですか?」

「キミが? まだ、一年生だろう?」

「あたしが、あたしのために作った部活です。だから、あたしが部長です」


 少しばかり険のこもった声で、一歩前に出る眞百合さん。

 勇敢なところは好感が持てるけど、冷静さを欠くのはよくない。

 そう考えて、俺も一歩前に出る。


「俺たち、これでも真面目に活動してるんで……要件を伺ってもいいですか? できるだけ、手短に」


 俺の問いかけに、小さく舌打ちしてから向き直る角田先輩。


「じゃあ、単刀直入に。この部活動には問題がある。即刻解体していただきたい」

「なんでよ!?」

「文学や創作に関する活動は我々文芸部の活動であるべきだ。類似した活動をする部は二つも必要ない」


 あまりに独断的な物言いに、少しばかりカチンとくる。

 そしてそれは、俺だけではなかったようだ。


「ンなこと言って、俺の入部は認めてくんなかったじゃないッスか、部長サン?」

「お前は――」


 俺の前にずずいと歩み出たのは、目つきを悪くした峰崎だった。

 目つきは鋭く、声には隠しきれていない怒気をはらんでいる。


「思い出したぞ。お前みたいにチャラチャラした不良を参加させるわけないだろう! 文学をバカにしているのか? 文学部は読書を嗜みもしない人間が腰掛で入るところではない。私がそう決めた」


 早口でまくしたてながらも、一歩下がる角田部長。

 たっぱのある峰崎が、少々おっかなく映ったらしい。


「ミネは本は読まないかもだけど、色んな事を勉強してる! 戦隊ものとか変身ヒーローのことはすっごく詳しいし、サブカルチャーの関わりだっていっぱい知ってるんだから!」

「子供だましのテレビ番組が何になる。文学部は文学のことについて活動する部だ。一冊も本を読んだことがないような人間は邪魔にしかならない」


 角田部長の言葉に、俺は首をかしげる。


「アダン・ドラの『仮面の湖畔』は読んだって言ってなかったっけ?」

「読んだ読んだ。考証はかどったわ」

「彼、読んでますけど?」


 首をかしげる俺に、角田が顔を紅潮させる。

 こんな事だろうと思った。

 ちょっと思い込みが激しい彼は、見た目と雰囲気だけで峰崎を拒んだのだ。

 まあ、入部したところで俺と同じく居心地の悪い時間を過ごす羽目になったとは思うけど。


「とにかく! この部活は違法だ! すぐに解散したまえ!」

「おやおや、誰かと思ったら角田君ではないですか。何をしているのですかな?」

「明智……!」


 大きな体躯とは裏腹に、音もなくするりと現れた明智先輩が俺の隣に並ぶ。

 ああ、これはなかなかいい体験を得た。

 『頼りがいのある仲間が隣に並んだ時の安心感』とはこういうものか。

 これは創作に活かせそうなインプットだ。


 ……っと、悪いクセはここまでにして。

 今は、目の前のひねくれた先輩殿を何とかしなくては。

 そう考えていると、明智先輩の背後からひょこッと黒のロングヘアがのぞいた。


「なんね、ああ……角田はんか。こない遠ぉまで、ようおこしやす」

「平麦? キミ、どうしてここに?」

「そら、あても部員やし?」


 少しばかり狼狽する角田先輩。

 平麦先輩と同じクラスなのに、知らなかったのか。

 なんていうか、いろいろとリサーチが足りないのではないだろうか、この人。


「なんでこんな所にいるんだ……!?」

「こない居心地ええとこもないんやけどねぇ。そんで? あんたは何しに来たん?」

「わ、私は……」


 何やら言葉を詰まらせるようにした角田先輩が、キッっと明智先輩を睨みつけて俺たちの隣を通り過ぎていく。

 何がどうなったやらさっぱりわからず、思わず唖然としてしまった。

 一体、何だったんだろう。


「なんや、せわしないなぁ」

「あたし、あの人……キライ」

「いや、好きな奴いないっしょ」


 首をかしげる平麦先輩に、眉を吊り上げたままの眞百合さん。

 そして、ため息を吐く峰崎。

 俺も、疲れてしまって軽く息を吐きだす。


 まったく、何なんだ。

 俺や峰崎の事を追い出しておいて、『アニラノ研』にまで口を出してくるなんて。


「面倒なのに目を付けられましたな」

「明智先輩もね」


 俺の言葉に明智先輩が一瞬驚いた顔をして、小さくにやりと笑う。

 こういう所が、妙に様になるんだよな明智先輩は。


「ささ、廊下にいるのもなんですし中に入りましょうぞ」

「せやなぁ。何があったか詳しく聞かせてもらわなあかんし」


 明智先輩と並んで、部室に入っていく平麦先輩。


「なあ、アレってよ……」

「ああ、そうだろうな。これは荒れるぞ……」


 峰崎と二人、明智先輩と平麦先輩の背中を目で追う。


「どしたの? 二人とも」

「いや、明智先輩と平麦先輩の仲がいいなって」

「だよね! 二人ともいい距離感。友達以上、恋人未満……みたいな感じよね」


 その見立ては、おそらく誤ってる。

 俺の予測では、もう少し先に進んだ関係だろう。

 そして、それは角田にとってあまり好ましくない事態だったらしい。


「ま、俺には縁のない話なんで、勉強させてもらうかな」


 静かにそう独り言ちて、俺は開いたままの部室の引き戸を潜った。

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