第5話 あのころとは違う。
「お、ニワっち。夜更かしか?」
小さく欠伸をする俺に、峰崎君――峰崎が、ニヤッと笑う。
この明るいクラスメートは、『アニラノ研』に入ってから、友人なる立ち位置にするりと居座った。
そういう強引さは得意でなかったはずなのだが、思いのほか悪くない。
峰崎が、思ったよりもいい奴だったからだろう。
「ちょっとね。ここのところ、少しやることがあって」
「部活系の話?」
「まあ、関係はあるかな」
俺の言葉に、峰崎がからりとした笑顔を見せる。
かつて俺に向けられた嘲笑とはまるで違う、リスペクトを含んだ笑顔だ。
「マユっちも燃えてるし、いいんじゃね?」
まさに、それだ。
あの放課後の翌日、彼女ったら徹夜で執筆したらしい。
創作が楽しくて仕方がないといった風情の彼女を見て、俺もやる気に火が入ってしまった。
「オレっちに手伝えることあったら言ってくれよな。ま、なんもないと思うけど」
「そんなことないさ。眞百合さんのが書きあがったら、読んでやってくれ」
「実はちょっと楽しみにしてんだよね。読み専だけど、ラノベはわりとガチ系だぜ?」
――読み専。
こんな言葉が出てくるあたり、きっと峰崎はweb小説も嗜むのだろう。
読者というのは、普通創作をしない。
だが、webという場所ではあえて創作しないで読む人のことを『読み専』などと呼称するのだ。
そして、その視点は意外と侮れない。
いまでは、出版社に勤める編集であっても彼等の意見を参考にしていることがあるくらいだ。
このネット時代に即したナマの視点を持つのが……彼ら、読み専なのである。
「最近のおすすめは?」
「お、語らせちゃう系? やっぱ、『ノラニア・オーバードライブ』とか? アニメも二期始まるし」
「な、なるほどな……」
「あれ、反応うすッ」
まぁ、そりゃ微妙な反応にもなる。
とはいえ、嬉しくもあるが。
「いやさ、眞百合さんにもweb投稿を進めるべきかちょっと迷ってて」
話題を変えるべく、ちょっとした悩みを打ち明ける。
読み専の意見というのも、重要だろうし。
「あー……そこは、マユっち次第じゃね? 投稿サイトにもよっけど、あんまお行儀のいい連中ばかりでもねぇしさー」
「そこなんだよな」
男二人で小さくため息を吐く。
小説を投稿できるwebサイトはいくつかある。
中には大手出版社が運営するサイトもあり、いまやプロ作家を目指すならweb投稿が一番近いとさえ言われているほどだ。
しかし、人が集まれば一定数マナーの悪い者が表面化することはままある。
Web投稿サイトも然り、だ。
俺も、一時期はかなり悩まされたりした。
「やめとこうか」
「んだな。マユっちがやりたいって時に、オレらでフォローすりゃいいんじゃね?」
峰崎の言葉に、うなずいて返す。
こういう言葉が出てくるあたり、この男は本当に友人想いで思慮が深い。
見た目や雰囲気とは裏腹に、細かいところに気が付くいい奴なのだ。
「男子二人で何の密談してるのかなー?」
背後からそんな声が聞こえて、軽く飛び上がりそうになる。
気が付けば、真後ろに眞百合さんが立っていた。
「イイ男ってのはヒミツが多いっつーか、ま、わかんだろ?」
「えっちな話?」
「正解」
何も正解ではないが、誤魔化すためにぐっと我慢する。
おのれ、峰崎。他に誤魔化し方はなかったのか。
「ミネはともかく、仁和寺くんがそういう話するなんて、ちょっと意外かも?」
「おいおい、ニワっちも男だぜ? なぁ?」
峰崎にそう振られて、答えに窮する。
ここで「はい、えっちな話が大好きです」なんて正直に答えるほど、俺の肝は据わっていない。
かといって、上手い事誤魔化すこともできない俺は固まるしかなかった。
「……なんか悪ィ、ニワっち」
「もう、ダメでしょ、ミネ。師匠が固まっちゃってるじゃない」
「師匠?」
眞百合さんの口から飛び出した、聞きなれない言葉に首をかしげる。
「そう、師匠。あたしにラノベの書き方を教えてくれるから」
「そんな大それたものじゃない」
実際、大したことはしていない。
ただ、自分が躓いたり困ったりしたところで彼女が立ち止まらないように、少しばかりの手助けをしているだけだ。
人によっては、うざったるかったりするだろうに、素直な彼女はそんなことで 俺を師匠などと呼んだらしい。
「いいよなぁ。オレっちにも文才があれば……」
「峰崎も書いてみるか? 少しくらいなら手伝えるけど」
「いや、やっぱ読み専でいいわ。同級生の黒歴史読めるなんて役得? みたいな」
峰崎の言葉に、眞百合さんがにわかに眉を吊り上げる。
「あたしのは黒歴史にはならないもん!」
「でも、だいたいの作家が処女作は黒歴史つってるぜ?」
「むう」
わかる。
俺にしたって、初めて書いたアレはちょっとした黒歴史――いや、起こった事態を考えれば、完全な黒歴史か。
アレがもっと面白ければ、俺は嘲笑もされず孤立することもなかったのかもしれない。
「ニワっち?」
「仁和寺君?」
クラスメート二人の声に、現実に引き戻される。
ああ、しくじった。また暗い場所に落ちていくところだった。
「大丈夫? ミネの言う事なんて気にしないでいいんだからね?」
「なんか、悪いこと言っちまったか?」
「いや、大丈夫。……問題ない」
軽く息を吸い込んで、心を落ち着ける。
今の俺は違う。そうとも、もう誰にも嘲笑などさせやしない。
結果で黙らせる。
「そろそろ部室に行こうか」
気を取り直して、二人に声をかける。
眞百合さんと峰崎が、大きくうなずいてにこりと笑った。
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