第4話 俺も新作が書きたい
「いっぱい書けた!」
窓から見える空が茜色に染まるころ、ピタリと手を止めた眞百合さんがどこか満足げに俺を見た。
確認してみると、A4用紙にはびっしりと書き込みがされていて、少しばかり舌を巻く。
やってみろと言ったのは俺だけど、これはこの後大仕事になりそうだ。
「いいね。それで、どんな物語にしたいと思った?」
「えっと、やっぱりファンタジーかなって。ラブコメもいいけど……あたし、恋愛経験ないしね!」
なかなかぐさりとくる言葉。
「恋愛経験なんてなくたってラブコメは書ける!」と声を大にして言いたいが、今回は我慢するとしよう。
創作初心者に必要なのは、許容と肯定だ。
初めての創作なら、特に。
「じゃあ、書きだした中から、三つだけ選んでみて」
「ええー! たったの三つ?」
「そう、たったの三つ。眞百合さんがどうしてもってトップ3を教えて?」
ブレスト風味に雑多にワードが書き込まれた用紙を真剣な表情で覗き込む眞百合さん。
本来はこういった手出しもするべきじゃないんだろうけど、せっかくだから少しくらい手助けしたっていいだろう。
「じゃあ、これとこれ。あと、これ」
指さすそれに、赤ペンで丸を付けていく。
「じゃあ次は、その三つを活躍させるために大切だと思うもの七つ選んでみようか」
「七つ? 六つでも九つでもなくって?」
「うん、七つ」
俺の言葉に渋々といった様子でうなずいて、また唸り始める眞百合さん。
明智先輩はただ黙って――されど、興味深そうにそれを見ていた。
もしかすると、他にいいやり方を知っているのかもしれない。
俺のは、経験則に基づく野生の創作術であるが故に。
「選んだ!」
眞百合さんの言葉に、はっとして意識を向ける。
思ったより、短時間だった。もしかすると、もう彼女の中で物語が走り始めているのかもしれない。
あとは、思考と出力のバランスを上手くとってやればいい。
「なんだか、頭の中がすっきりした気がする」
「人間は視覚優位の生物ですからな。考えるより、一旦出力した方が考えがまとまりやすいのですぞ」
「さすが明智先輩! 物知り~」
にこりと笑う眞百合さんに、からりと笑顔を返す明智先輩。
どうもこれは、気を遣われてしまったみたいだ。
俺が口うるさいヤツに映らないように、配慮してくれたんだろう。
「もう書き始めていい?」
俺に振り返る眞百合さんに、軽くうなずいて返す。
「もう書き始めてもいいし、もう少しクッションを入れるのもいいよ」
「クッション?」
「作品の設計図を作ってから書き始めてもいいし、思うままに書き始めてもいい」
「どっちがいいかな?」
「眞百合さん次第、かな」
俺の返答に、眞百合さんが「うーん……」と首をかしげる。
こればっかりは彼女の作家性と情熱によるところだ。
描きたい作品によっても違う。
「では、一度書き始めてみて、詰まったら仁和寺氏に相談というのはどうですかな?」
「それいいかも!」
驚きの提案をする明智先輩に思わず顔を向けると、小さなウィンク。
ザ・ヲタクという風情の先輩なのに、妙に様になっていてちょっと悔しい。
「いいかな? 仁和寺君」
「もちろん。創作は好きにしなくっちゃね」
自戒も込めて、そう返事する。
余計な手出しも口出しも無用だ。
困っている時に、ほんの少しフォローすればいい。
……今日は、少し踏み込みすぎた感がある。
「でも、助けてくれてありがとう! すっごく助かっちゃった。仁和寺君も書いてるんだよね? 読んでみたいなー……なんて」
「そのうちね」
「む、これはその場しのぎの気配!」
なかなか鋭いじゃないか。
「まぁまぁ、そういうのはもっと仲良くなってからというのがよろしいのではないですかな?」
「え、あたしと仁和寺君……仲良しだよ? だよね?」
俺に振らないでほしい。
ほんと、そういう所なんだよな。
「むむむ、好感度が足りない……!」
「そういう訳じゃないけど、さ」
「じゃあさ、あたしのが書きあがったら、見せっこしよ?」
無邪気な様子の眞百合さんに、思わずドキッとする。
ああ、こういう子が中学時代にいれば……俺ももっと、堂々としていられたんだろうか?
「青春ですなぁ。若人の輝きに小生、目がくらみそうですぞ」
「明智先輩だって、たった一歳差でしょ?」
「それもそうですな! ガハハ」
俺のツッコミに、明智先輩がからからと笑う。
「じゃ、約束。あたしがコレ完成させたら、仁和寺君のも読ませてもらうからね!」
「いいよ、わかった」
「んふふ。やる気、出てきたかも!」
ふわりと笑う眞百合さんに、少しばかり心臓が高鳴る。
我ながら、なんてちょろさだ!
「では、話が付いたところでそろそろ下校時刻なれば」
「もうそんな時間!?」
「そちらは持ち帰ってもらっていいですぞ。ささ、準備しましょう」
「撤収開始~!」
ばたばたと帰り支度を始める眞百合さんと明智先輩を傍目に、俺は先ほどまでのやり取りを反芻する。
――「じゃあさ、あたしのが書きあがったら、見せっこしよ?」
――「じゃ、約束。あたしがコレ完成させたら、仁和寺君のも読ませてもらうからね!」
心の中に恥ずかしいような、懐かしいような、嬉しいような……複雑な何かがうっすらと渦巻いている。
俺がどこかに置き忘れてきた、思い出せない『何か』。
それが、静かに俺の奥底で燻って、熱を帯びようとしている気がした。
「仁和寺君?」
「あ、ああ。悪い。すぐに準備するよ」
鞄をひっつかんで、曖昧に笑う。
そして、部室の扉を開けるころには……もう、心が決まっていた。
俺も、新作が書きたい。
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