第3話 いいとも。俺にできることなら

 『アニラノ研』に転部してから――つまり、文芸部を退部して一週間がたった。

 あの日……眞百合さんや皆が誘ってくれたおかげで、俺は穏やかな毎日を過ごすことができている。


「ね、仁和寺くん。今日も部活、くるよね?」

「そのつもり。峰崎君は……パスの日かな?」

「今日はバイトだって。ミネったらあんな風だけど結構真面目なんだよね」


 それは、この一週間で把握している。

 陽キャのチャラ男かと思ったら、実は成績優秀な学生であるらしくアルバイトもしているらしい。

 つまり、俺と同じく時間拘束の緩い部活を探していたらしいのだ。

 加えて、意外とヲタク気質であるらしく、俺のあまり詳しくない特撮ヒーローの話を色々聞かせてもらうことができた。


「こうして一緒に部活に行くのって、ちょっとわくわくするね!」

「ま、まあ……確かに?」


 隣を歩く眞百合さんを視界の端に捉えながら、曖昧な返事を返す。

 彼女、どうにも距離感が近いのだ。

 俺のような非モテ陰キャからすると、並んで歩くだけでもなれなくて挙動不審になりがちなのに、眞百合さんはお構いなしにボディタッチまでしてくる。


 悪い気はしないが、心臓に悪い。


 思春期の男子なんてものは、易々と恋に落ちるものだ。

 俺は詳しいんだ。

 だから、もっと気を付けてほしいと思う。


「ね、ね」

「ん?」

「仁和寺くんって、ラノベ詳しいよね」

「まぁね」

「マンガやラノベはどう?」


 質問の意図がくみ取れず、問われるまま正直に答える。


「好きだよ。もちろん、ゲームだって」

「サブカルなんでも好きマンだね!」


 名誉なのか不名誉なのかよくわからないマンにされてしまったが、本人はご機嫌そうだ。

 ただ、やや感じる違和感。

 これは、何かを言い出そうとして間合いを図ってる感じがする。


「なにか、聞きたい事でも?」

「え。何でわかったの、エスパー?」

「あいにく、超能力は使えないんだ。何かあるならはっきり言ってくれよ? 俺、察しが悪いって言われてるんだ」

「そうかな?」


 俺の言葉にくすくすと笑う眞百合さん。

 こういう所、不意打ちでずるいよな。

 クラスでもかわいいと評判になるのもわかる。


「えっとね、あたし……書くのもちょっとやってみたくて」

「いいんじゃないか? 読んでみたい」


 なにせ、部室の蔵書は彼女のコレクションだ。

 あれだけの作品を読めば、創作ってみたくなるのも当然だし、きっとそれなりにこなれた物が出てくるに違いない。

 期待度は高めだ。


「明智先輩は漫画を描けるし、平麦先輩はイラストレーターの卵なの。だったら、あたしは小説かなって」

「創作は自由なんだ。好きなことをすればよくないか?」

「うん。だから、自分にとって大切なラノベを書いてみたいなって」


 にこりと笑う眞百合さんに、小さくうなずく。


「それで? 俺は何をしたらしい?」

「最初の読者になってほしい、かな。あと、推敲と誤字脱字チェックと校正とアドバイスをして欲しいかな!」

「丸投げとは強気だね、眞百合先生」


 軽く笑いながら、断りはしない。

 断る理由がない。

 いや、逆だ。是非に、とお願いしたい。

 眞百合さんがどんな物語を紡ぐのか、俺はもう気になってしまっている。


「いいとも。俺にできることなら」

「やった! 仁和寺君ほどのラノベスキーならきっときっちり評価してくれるだろうし……」

「俺に辛口評価させたらちょっとしたもんだよ?」

「甘口でお願い、です」


 じゃれるように歩くことしばし、気が付けば部室棟の端に到着してしまった。

 もう少し、会話を楽しんでいたかったけど……ここに居る時間だって、また楽しい。


「きましたー!」

「お疲れ様です」


 引き戸を開けて入ると、すでに来ていた明智先輩こちらを振り返った。


「おお、眞百合氏、ちょうどよかった」

「どうかしたんですか?」

「いやいや、以前にお話していたノートパソコン、持ってきましたぞ!」


 机の上には少しくたびれた感じのノートパソコンが鎮座している。


「え、やった! んふふ、これであたしも作家デビューです!」

「気の早いことですな」

「夢は大きく、ってことで!」


 さっそくとノートパソコンを開く眞百合さん。


「テキストソフトなんかはインストール済なので、今すぐ書き始められますぞ」

「さすが明智先輩! じゃあ、さっそく書き始めますね! ええと……」


 ノートパソコンの前で小さく固まる眞百合さん。

 その首が徐々に傾いていく。


「何書けばいいんだっけ?」


 そうこちらを振り返る眞百合さんにかつく苦笑しつつ、隣の椅子へ腰かける。


「それじゃあ、まずはノーパソを閉じようか」

「えー、それじゃ書けないよ!」


 少しジトっとした目でこちらを見る眞百合さんの前に、ノート代わりにしているA4用紙を一枚差し出す。


「何を書けばいいかわからないときは、いったんアイデアを全部出してしまおう」

「ですな。さては仁和寺氏……創作経験者ですな?」

「ええ、まあ」


 鋭い視線を軽く受け流して、シャープペンシルを眞百合さんに手渡す。


「何書けばいいの?」

「何でも。アイデアでも、設定でも、人物でも。眞百合さんの中にあるピースを思いつく限り全部ここに書いていって」

「ええと、じゃあ――」


 おずおずと書き始める眞百合さんを傍目に、明智先輩とアイコンタクトを交わす。

 小さくうなずきがあったということは、俺の手出しは余計なお世話ではなかったようだ。


「うーんと、えっと、こうかな? こういうのもいいかも?」

「いいね、その調子」

「うん」


 書き込みが増し始めたA4用紙から目を離さないまま返事する眞百合さんを見守りつつ、俺はかつての自分を思い返していた。

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