第28話 虚無

 昨日炎上した人からのDMってことは謝罪なのだろうか。

 それとも八つ当たり…?


「なんて送られたの?」


 予想もしていなかった大事(おおごと)に俺は呆気に取られる。


 さっきまで自分のことしか考えられなかったくせに、急に倉持さんが心配になってきた。

 ……これも良い子ちゃんなのか?


「一見謝罪ですね。でも所々、僕の気持ちもわかって欲しいみたいな感じで書かれています。言い訳付きの謝罪連絡です」

「返信するの?」

「貴方が余計なことをしたせいでトラウマが蘇ったと返信したら、それも晒されるでしょうか?」


 倉持さんならやってしまいそうな返信だ。


 でも今のSNSでは気に入らないことがあれば、すぐに晒そうとする。

 それは良くも悪くも効果があるものだった。


 倉持さんの3度目の炎上を経験させたくないのなら止めるべきだ。


「その返信は別分野で炎上するかも。だから……」


 当たり障りのない返信をした方が良い。そう言おうと思っていた。


 でも途中で、この考えに俺は納得しているのかと疑問になる。

 止まってしまった言葉の続きは発せられることなく沈黙が訪れた。


「やめておきますか」


 すると倉持さんはアプリを閉じて画面を暗くする。


「後でゆっくり考えます。返信するにしても、君の言う通り炎上したくないので」

「そっか」

「……君がそこまで深く考えるとは思いませんでした」

「ごめん」

「別に今すぐ変われって言っているわけじゃないんですよ。そもそも意識して言葉を発するのは、時に本心と真逆なことを言ってしまいます」


 でも倉持さんが意識させるようなことを教えたんじゃないか。

 なんて心の中で呟いてみる。口には出さない臆病者がやることだ。


「私は単純に、サクラさんの件について君が苦しそうだったから伝えただけです」

「苦しそう…?」


 倉持さんは俺の心を読んだように話してくる。


 苛立つような表情は俺に対してなのか、炎上者に対してなのかはわからない。

 それでも貫くような視線は俺の背筋を真っ直ぐにさせた。


「でも私に掛けてくれた言葉は良い子ちゃんを含んでいても、苦しそうにはしていない。って受け取った私はそう信じたいです」


 眉間に皺を寄せる倉持さん。

 現に苦しそうにしているのはそっちな気がする。


「ああもう!表現の仕方がわからないんです!とにかく深く考えないでください!浅く考えて嫌だと思ったことは否定する。大丈夫だと思ったことは肯定する。それくらいの基準でお願いします!」


 一気に早口で話す倉持さんに俺は口を軽く開ける。

 ここまで感情的になるのは大雨のあの日以来だろうか。


 倉持さんに返事を求められた俺は慌てて頷く。

 そうすれば安心したように表情を緩めて立ち上がった。


「元々の予定とは全然違う感じになってしまいましたね。まぁ炎上の件は気にしないでください」

「…わかった」

「ジュースご馳走様でした。私は帰ります」

「送っていくよ」

「平気です。見送りも結構なので」


 倉持さんは持ち物を手にすると俺に背を向けて部屋の扉を開ける。


「明日の放課後、来る来ないは任せます。それでは」

「うん…」


 静かに扉が閉まるとゆっくりと階段を降りる音が聞こえる。

 いつもの自分なら、拒否されても迷いなく立ち上がって倉持さんの家まで送っていっただろう。


 でも色んなことに自覚してしまった俺は立つことすら億劫だった。


「時々苦しい理由ってこれか?」


 俺以外居ない部屋には答えを教えてくれる人は居ない。

 ローテーブルに腕を置いて頭を乗せると身体は一気に脱力した。


「でも、どのタイミングで俺は苦しいんだよ…」


 自分のことは自分が1番わかっているはずだった。体力の限界も、苦手分野も得意分野も。

 でもそれは所詮外側の俺だった。


 内側の俺を木崎凪斗は何も知らない。

 初めて俺は虚無感というものに襲われた。


 瞬きするたびに浮かび上がるのは、八方美人のように対応している俺。

 そして1人違う方向を見つめている倉持さんの姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る