第25話 最強の味方
「今日は日曜日だからみんな居るんです。うちのアパートは狭いので君をもてなすことが出来ません。それに美咲さんに出ていけなんて言えないし」
日曜日の晴れ空の下、俺は私服姿の倉持さんと一緒にアパートの外に出る。
倉持さんは眩しそうに目を細めながら俯いた。
「どうせ君が来たのはあの件についてなのでしょう?」
「……うん」
「良い子ちゃんの君なら来るとは思ってました。でもまさか日曜日に出向くのは予想外でしたけど」
「心配だったんだ。だって2回炎上したようなものじゃんか」
「実際、今回炎上したのは私では無いんですけどね」
「それでも倉持さんの呟きの画像が掲載されていた」
「画像貼っての賛否なんて私が炎上した時に沢山されましたよ。きっと今回のアカウントはタイミングが最悪だったんでしょうね」
話してみた感じ、倉持さんはあまり気にしていないような雰囲気だ。
でもただ単に隠しているだけかもしれない。
俺は倉持さんの弱い姿を知っている。
もしかしたらこの後ポロッと何かを溢す可能性もあった。
「とりあえず何処か行こう?今日は暑いから屋内に入った方が良いと思う」
「私は別に日陰さえあれば大丈夫なんですけど」
「せっかく外に出たんだからさ。カフェとか?」
「……それは少し」
「なら書店に行ってみる?もしかしたら新しい百合小説が見つかるかも」
「それもちょっと…」
「じゃあ静かな図書館!」
「………」
俺の提案は全て却下されたようだ。反応の悪さにガックリと肩を下げる。
すると隣に立っていた倉持さんは顔を上げて、バツの悪そうな顔を俺に向けた。
「人が多い場所はクラスメイトが居るかもしれませんので…」
「あっ、そうか」
言われるまで全然気付かなかった。倉持さんもそういうのを気にしていたことに。
あれほど辛い思いをしても、倉持さんの態度は平然だったから忘れかけていた部分もあるのかもしれない。
「ごめん。気を遣えなくて」
「君に気を遣って欲しくはありません。私が勝手に怯えているだけです」
「怯えるのは当然だよ。その……俺もあのことに関しては理解出来ないから」
「サクラって人。君と親しそうでしたけど?」
「……まぁ」
親しいか?と問いかけられれば親しいと答えるだろう。
でも俺は喉が詰まったように言葉が出なくなる。
柳さんに自分が思う佐倉への違和感を打ち明けたとはいえ、俺自身の中では整理が終わってなかった。
「珍しい表情ですね。良いと思いますよ」
「えっ?どんな顔してた?」
「素直になりかけの人間みたいな顔です」
「……その表現わからないんだけど」
「経験すればわかりますよ」
倉持さんはスンっと普段の表情に戻ってアパートの敷地内から出て行く。
俺も追いかけるように隣に並んだ。
「何処行くの?」
「木崎家は今日どんな状態ですか?」
「ま、まさか俺の家?」
「有力候補です」
「良いの?男の家に行くことに……」
話している途中で俺は自分の口を結ぶ。
そうだ。倉持さんの前ではあまり性別で区切るような発言はしない方が良いんだった。
そんな俺の思考を読んだように倉持さんは立ち止まると、顔だけ振り返る。
「私は君をそういう目で見ることはありません。でも君は違うのであればやめておきます」
「いや、大丈夫。家には母親が居るけれど俺の部屋には来ないはず。きっと1階のリビングで大人しくしていると思う。それで良いのなら全然」
「木崎家は一軒家ですか?」
「そうだよ」
「少し羨ましいです。壁が厚い家は憧れます」
「あのアパートってそんな壁薄いの?」
「ボロアパートですから。普通に隣の部屋にいる母親達の……いえ、なんでもありません。とにかく壁は薄いです」
「そっか」
俺は頷いて会話に出てきた倉持さんのお母さんを思い出す。
倉持さんが美咲さんと呼ぶ存在は、彼女とは全く似ていない。顔も声も性格も。
「倉持さんのお母さんって若いんだね。それに凄く優しそうだった」
「ええ、優しいですよ。君に似た鬱陶しさはありますけど」
「気にかけてくれるだけありがたいじゃん。ちなみにさ、お母さんは学校について何か言っているの?」
「特には。そもそも私が炎上したことやクラスで馬鹿にされたことは話していませんし」
「あの大雨の日、学校に送ってくれたのは?」
「母親です。でも次の日学校に行かなくても怒ることはありませんでした。むしろゆっくり休めって言ってくるくらいですし」
少なくとも倉持さんの味方は俺だけじゃないことがわかって安心する。
家族が味方になってくれるのは友達の俺よりも心強いことだ。
「素敵なお母さんだね」
「直接言うと調子に乗るので伝えませんけど、自慢の母親達です」
側から見れば倉持さんは、冷静を保っているように見えるが隣を歩く俺はわかる。
これは相当ほっこりしているようだ。
2ヶ月通い続けた成果は伊達じゃない。
ちゃんと声で感情が見分けられるようになった。
「ってかさ。普通に何も言わず歩いているけど、俺の家知ってるの?」
「知りません。でもお便り持ってくる度にこっちの方角に帰って行くので……」
次に途中で口を閉じたのは倉持さんだった。俺は口角を上げながら倉持さんの顔を覗き込む。
「もしかして見送りしてくれてた?」
「……悪いですか?」
「ううん。嬉しいよ」
今なら倉持さんのお母さんの意見に賛同出来る。ツンツンの中にデレが入る倉持さんは可愛かった。
でもそれを言うと呆れられそうなので敢えて言葉にはしない。
俺は自宅を出る前の怒りをいつの間にか失って、倉持さんのデレに笑っていた。
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