第24話 はじめまして、お母さん
いつも聞いているチャイム音がやけに大きく聞こえる。
倉持さんは起きているだろうか。
背中を突き刺してくる日差しで顔を顰めていると奥の方から足音が鳴る。
自然と俺の眉は下がって、倉持さんの声がどんな感じなのかを待った。
「どちら様ですか?」
しかし聞こえた声は倉持さんのものではない。
そこで俺は思い出した。今日は日曜日だということを。
念のため表札を見て、ここが倉持家と再確認した俺は緊張した声を返す。
「くっ、倉持海華さん居ますか?友達の木崎凪斗と言います」
「海華ちゃんのお友達?ちょっと待っててね」
声からしてお母さんなのかな。いや、お姉さんの可能性もある。
玄関は開けずに扉越しの会話になったけどあまり倉持さんとは声が似てない。
しばらくすると玄関の鍵が開錠される。ゆっくりと開かれた扉の奥には初めましての顔があった。
「こんにちは。海華ちゃん、色々と準備してないから中で待ってて」
「ありがとうございます」
「どうぞ」
出迎えてくれたのは倉持さんと全く似ていない女性。顔つきも雰囲気も違うが、凄く美人な方だった。
俺は恐る恐る倉持家に入る。もう2ヶ月も通ったのに何気に家の中に入るのは初めてだ。
外観は少し古びたアパートだけど、中はとても綺麗で掃除をちゃんとしているのがわかる。
「外暑かったでしょ?今、飲み物出すから」
「あっ、お構いなく。多分長居はしないので」
「麦茶で良い?」
「…はい」
リビングに通された俺はダイニングテーブルの椅子に座らせられる。
そして少々強引に麦茶を差し出された。
「ありがとうございます。えっと…倉持さんのお姉さん?」
「アハハッ!良いねお姉さん。でも残念ながら私は海華ちゃんのお姉さんではありません」
「じゃあ、お母さん?」
「うん。お母さん」
倉持さんのお母さんってこんなに若いのか!?
俺は驚いた顔になってしまいまた笑われる。
「凪斗くんだっけ?君は表情豊かで面白いね。海華ちゃんはどちらかと言うとクールビューティーだから。まぁそんな所が可愛いんだけど」
ここは俺も共感した方が良いのだろうか。
でも俺から見た倉持さんは可愛いというより怖いの印象が強い。
結局、受け流すように頷いて麦茶を口にした。
「にしても海華ちゃんのお友達が家に来るなんていつぶりだろ?」
「あまり人を呼ばないんですか?」
「以前はあったけどね」
すると倉持さんのお母さんはリビングの端にある扉に近づく。
優しくノックしたと思えばその奥から不機嫌そうな声が聞こえた。
「まだ準備終わってない」
「海華ちゃんはいつでも可愛いよ〜」
「
「事実だって。ねぇ?凪斗くん」
「えっ、俺!?」
「木崎に振らないで。君も答えなくていいです」
「今日はツンツンちゃんだね〜」
もう少し準備が掛かることがわかったのか倉持さんのお母さんはこちらに戻ってくる。
そして俺と向かい合って座った途端、ジッと俺の顔を見つめてきた。
「ど、どうしました?」
「可愛いよね。うちの海華ちゃんは」
その瞬間、先ほどの扉から大きな打撃音が鳴る。
なるほど。倉持家では不機嫌になると扉を叩くのが日常なのか。
その証拠に目の前のお母さんは驚くことなく微笑んでいる。
俺は唯一の逃げ道である麦茶にまた手を伸ばした。
「……凪斗くん」
「何ですか?」
麦茶を口元に持って行った時、お母さんは静かな声で俺を呼ぶ。
目線を麦茶から前に移せば、先ほどとは打って変わった表情をするお母さんが居た。
俺はピタリと動きを止める。
「いつも海華ちゃんに学校のお便り持ってきてくれているのって凪斗くん?」
「そうです」
「そっか。ありがとうね」
まだ準備している倉持さんに聞かれないようにするためか、お母さんはテレビの電源を押す。
そして極力大きくして自分の声を小さく発した。
「海華ちゃんってさ。学校でトラブルあったの?」
「えっと」
「今は詳しいことは聞かない。でも教えて欲しいんだ。海華ちゃん全然話してくれないから」
「……トラブルは、ありました」
お母さんは何度か小さく頷いて黙り込む。
テレビでは正午のドラマが始まって、暗い雰囲気が流れていた。
それは現実であるこの家にもだ。
そんなことを倉持さんは知らずに、部屋で準備をしているのだろう。
「このまま海華ちゃんが不登校を続けたら色々と考えなくちゃいけないからね。だからまずは何があったのかを知りたくて」
「……」
「大丈夫。凪斗くんには聞かないよ。これは海華ちゃんと私達で話し合う」
「…はい」
「ごめんね。急にこんなこと聞いて。お便り届けるのってまだ続けてくれるの?」
「続けます。せっかく倉持さんとここまで仲良くなれたので」
「ありがとう。海華ちゃんも自分を気にしてくれる人が1人増えるだけでも違うと思う。きっと心強いよ」
俺はずっと持っていた麦茶を流し込む。冷たい麦茶が喉を通って高くなった体温を下げてくれた。
すると倉持さんの部屋の扉が開く。
お母さんと同時に見た俺は倉持さんの姿に首を傾げてしまった。
「木崎、行きましょう」
「……何処に?」
準備を終えた倉持さんの姿は完全に外に出る用だった。
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