3章 誰もが君を嘲笑う

第15話 大雨の登校

 今日は朝から大雨だった。本格的に梅雨に入ったんだなと思いながら俺は学校に通う。

 昇降口の所で傘を閉じれば大粒の雫が地面へと垂れた。


「木崎くん、おはよう」

「柳さんおはよう。結構な雨だけど体調は大丈夫?」

「覚えててくれたんだね。ちょっと怠いくらいかな」

「無理はしないでね。辛くなったら保健室に行った方が良いよ」

「うん。ありがとう」


 靴から上履きに変えていると隣に柳さんがやってくる。車で登校したのか、制服が濡れている様子は無かった。


「今日はずっとこんな感じだって。嫌になっちゃうよね」

「本当だね。俺は低気圧とか関係ないけど、雨だと空が暗くなって気分は下がるな」

「確かに」

「柳さんの部活は室内だから雨でも影響しないでしょ?」

「そうだね。野球部とかサッカー部とかに比べれば全然」


 2人で横並びになりながら教室へ向かう。自分は自然と会話出来ているのかと心配になってきた。


 佐倉のからかいもあってか俺は柳さんのことを若干意識し始めている。それが恋心というわけではないと思うが、単純に緊張してしまっていた。


 勿論、今でも続いている佐倉のからかいは男2人で居る時だけだ。


「そういえば体育って何限目だっけ?」

「ええっと……5限かな?」

「今日は確実に体育館だね。梅雨の時期って雨降るのに蒸し暑くなるから本当に嫌だな」


 柳さんは自分の制服の胸元部分をパタパタと動かす。それに対して心臓が跳ねるのは俺の男子高校生脳が反応したからだ。


 素早く目を逸らせば廊下の窓から登校中の生徒達が見られる。色とりどりの傘がまばらに動いていた。


「あのさ木崎くん」

「えっ?何?」

「この前、放課後遊びに誘っていい?って聞いたじゃん」

「う、うん」

「それなんだけど…」


 急に鼓動が速くなる。何となく予想出来る次の言葉に焦っていた。聞きたいのに聞きたくない。

 そんな矛盾したような考えが脳内を巡る。


「実は来週の土曜日に……っ」

「柳さん?」


 何かを言いかけた柳さん。しかし途中で言葉が出なくなる。


 どうしたのだろうと首を傾げるが、柳さんの視線は俺ではなく別のものに向けられているのがわかった。

 見ているのは俺の後ろ。それも驚いているような、信じられないような顔をしながら。


「倉持さん」

「え」


 柳さんは意図せず漏れ出たかのように呟く。俺は一瞬思考が止まりかけながらも柳さんが見るものを瞳に映した。


「本当だ」


 嬉しいでもなく、疑問でもない。ただ柳さんが見たものに頷くような返事。

 俺の後ろを通り過ぎて行ったのは制服を着て鞄を肩にかける倉持海華さんだった。


「びっくりしちゃった。まさか倉持さんが来るとは思ってなかったから」

「俺も…」


 そう、俺も知らなかった。今日倉持さんが登校することを。


 1週間前に少しだけ学校に行く気にはなってくれた倉持さん。

 しかし次の日になってもその次の日になっても倉持さんは学校の話題を出すことは無かった。


 だからあの日限りの想いだったのかと俺の中で完結していたのだ。でもそれは違ったらしい。


 倉持さんは1週間考え抜いた末に登校してくれたんだ。


 昨日の放課後にも顔を出したけど、そんな素振りは一切見せなかった。なんかかっこいいなと思いながら俺は微笑む。


「もう来なくなって2ヶ月だっけ?」

「うん。そろそろ2ヶ月」

「そっか。倉持さん頑張ったんだね」


 俺は倉持さんの背中から視線を外し、柳さんに目を向ける。優しそうな声と共に柳さんも教室の方を見ていた。


 やっぱり柳さんは他の人とは違う。もしかしたら倉持さんのサポートをしてくれるかもしれない。


「俺達も行こうか」

「うん」


 もう一度、先を行く倉持さんの後ろ姿を目に焼き付ける。彼女はちゃんと俺が知っている倉持海華さんだ。


 ずっと学校に来てないのが嘘みたいに堂々としている。けれど心配が完全に無いわけではなかった。

 

 あの炎上アカウントの主説が噂されている倉持さんを見たクラスメイトは柳さんのように思ってくれるのだろうか。

 その答えは教室に入ればわかる。


 ひと足先に教室に入った倉持さんを追うように俺と柳さんも横並びで廊下を歩いて行った。

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