第16話 雨よりもうるさい笑い声

 倉持さんが教室にいる。空白だった席が1つ埋められているだけでパズルのピースが全てハマったかのようだった。


「倉持さんだ……」

「特に変わった様子とか無いんだね」

「炎上吹っ切れた?」


 教室に入った俺は柳さんと別れて自分の席に座る。倉持さんの席とは少し離れているため後ろから見守ることしか出来ない。


 本当は話しかけた方が良いかもしれないが、倉持さんはそれを気に入らないだろう。

 以前、助けは必要ないと言われてしまったし。


「凪斗~」

「佐倉。おはよう」

「懐かしい背中があると思ったら倉持さん来てんじゃん」


 愉快な笑みを浮かべて俺に声をかける佐倉。肩が濡れているから歩きで登校したらしい。

 ニヤつく佐倉は鞄を自分の席に置くと、また俺の方に戻ってきた。


「スンって顔してた。こんな感じ」


 席に行ったついでに倉持さんを見てきたのか。佐倉はスンっとした表情を真似する。


 いつもなら笑うのだけど今日は不思議と笑えない。それでも空気を読んで引き攣るような笑顔を作った。


「何だよ。変な顔しているぞ。体調悪い?」

「いや大丈夫」

「ふーん」


 俺が笑わなかったから冷めたのだろう。佐倉は様子を心配しながらも倉持さんに目を向ける。

 そして新しいおもちゃを見つけたように倉持さんの方へ近づいて行った。


「さ、佐倉?」


 ターゲットが変わった。そんな言葉が頭の中に浮かび上がる。

 俺は少しだけ腰を上げて佐倉に声をかけた。しかし次々に教室に入る生徒達の声でかき消されてしまう。


 いつの間にか半分以上のクラスメイトが登校してざわつく声が大きくなる。

 みんなが共通している話題は倉持さんが学校に来ているということだった。


「倉持さーん。倉持海華さーん」


 佐倉が席に座る倉持さんの前に立つと怪しく笑いながら話しかける。

 それに他のクラスメイトが茶化すように声を出した。


「おい佐倉ビビってるだろ」

「何?ナンパ?」

「バーカ。あの佐倉が出来るわけねぇじゃん」


 倉持さんはビビってない。佐倉は口説こうなんて生ぬるいことは考えてない。倉持さんは男である佐倉に落とされることははい。


 嫌な予感をしながらも俺は教室中に飛ぶ言葉に次々と否定を入れる。情けなく頭の中で。


「うるせーぞお前ら。俺は倉持さんに話しかけてんだよ」

「……何ですか?」

「おっ、良かった。反応してもらえた。倉持さん俺わかる?」

「……サクラさん」

「そうそう。さっきから倉持さんと一緒に注目の的になっている佐倉です」


 多分、生徒達が佐倉の名前を出さなかったら倉持さんは目の前にいる男の名を知らなかった。

 それくらい初対面のような警戒心を出している。


「えーなにぃ?倉持来てるし。そんで佐倉が絡んでいるってどういう状況?」


 すると明るくねちっこい声が響き渡る。今教室に入ってきた普段柳さんといるギャル生徒も倉持さんに関心を示した。


 鞄を持ちながらゆっくりと近寄っていく姿は遠くから見てても威圧感が漂ってくる。


 ふと、他の生徒と居た柳さんと目が合った。眉を下げてこれから起こることに不安を感じているようだ。

 でもすぐに逸らされて柳さんの瞳は倉持さんへ移される。


「おっ、ちょうどいい。ねぇ倉持さん。こいつの名前知ってる?」

「………」

「え~知らないの?4月の時自己紹介したじゃんか!」


 ギャル生徒は容赦なく倉持さんの肩へ腕を回して身体を近づける。

 もうすぐこの2人は何かする。けれど何をするのかわからない。


 もしかしたら杞憂かもしれない。それでも俺は心拍数を速くしながら倉持さんを見つめる。

 この席では表情は全く見えなかった。


「ごめんなさい。わからないです」

「マジでショックだわ」


 大袈裟にシュンとしたギャル生徒に周りのクラスメイトは笑い出す。この空間で大人しくしていたのは元から静かに過ごす生徒達だけだった。


 俺の額からは冷や汗が垂れる。倉持さんの声は依然として冷静だったけれど、もう構ってほしくないはずだ。

 俺は意を決して佐倉を連れ戻そうと足に力を入れる。


「ハハッ、当たり前だろ!だって倉持さんは俺らに興味ないんだから!」


 しかし俺の足に力が込められることはなかった。突然大きくなる佐倉の声。

 倉持さんの身体は驚きによって小さく跳ねた。そんな姿に肩を組むギャル生徒は面白おかしく笑う。


「佐倉ダメだって。倉持怖がってるよ~」

「ごめんごめん。でもこれは倉持さんのために言ってるんだよ」

「私の……ため?」


 倉持さんの声が震えて聞こえる。こんな声、俺は聞いたことが無かった。


「よく聞いてよ倉持さん。俺達ね?イカれてんの」

「……何が言いたいんですか?」

「もっと詳しく言うとさ。俺ら同性愛を受け入れられないからイカれてんだよ。これ、倉持さんが言ったことでしょ?」


 教室に居る誰もが唾を飲み込んだ。茶化し立てる生徒も、大人しく見ている生徒も全員。

 そしてその唾が喉を通った時。地面を打ちつける雨よりも大きな笑い声がこの一室に広がった。

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