第14話 膨れ上がる期待

 期待通りだった。それでも俺の腕には感動したように鳥肌が立つ。


「そっか」


 何でそんな気持ちになったのか色々と聞きたかったが俺は唇を強く閉じる。余計なことは言わないでおこう。


「俺はいつでも待っているよ」

「まだ行くって言ったわけじゃ……」

「うん。わかってる」


 倉持さんが学校に行くのは確定ではない。もしかしたら明日には気が変わって拒否する可能性だってある。

 しかし1回でもそう思ってくれたのが嬉しくて俺は自然と笑顔になった。


「助けが必要な時は俺に言ってね。もし学校行くってなったら一緒に行こうか?」

「いや、助けはいらないです。むしろ放っておいてください」

「えっ!?」

「それに登校くらい1人で出来ます。小学生じゃあるまいし」


 単純に心細いかなと思って言ったのだが…。でも倉持さんには余計なお世話だったみたい。


「ああ、そうだ。一応教えとくよ。教室は席替えしてないから4月の時と同じ」

「そうですか」

「倉持さんの隣の席って誰だっけ?」

「知りません」


 やっぱり隣の席さえ興味無いらしい。すると急に雨音が強くなる。


 玄関から目を背ければ本降り直前の振り方になっていた。天気予報ではそこまで降らない予定だったのに。


「そろそろ帰ったらどうですか?家の中でも雨の音聞こえてます」

「うん…」

「何でそんな残念そうに」

「もう少しだけ感動に浸りたかった」

「意味がわかりません」


 倉持さんは黙り込む。雨の音で聞こえないけど、絶対ため息をついているはずだ。


「でも強くなる前に帰るよ」

「早くそうしてください」

「百合小説の3巻返すのもう少し待ってて」

「早くしなくて良いです」


 真逆の答えが返ってきたなと思いながら俺は小さく笑う。口調もいつもの感じに戻ってきてくれているようだ。

 やっぱり倉持さんはオドオドしているよりもハッキリとした口調が似合っている。 


 俺は鞄の中から折りたたみ傘を取り出して帰る準備をした。


「あっ木崎」

「何?」

「最後に1つ聞いて良いですか?」

「勿論。俺が答えられることなら」

「……2年の教室に3年の人が来ていることってあります?」

「3年の?」


 俺は質問の意図を深く考えずに記憶を辿る。いつもは佐倉と話しているから他なんて気にしないけど、先輩が来ることは無かったはずだ。

 まぁ完全に来ないとは言い切れないが。


「俺の記憶では無い気がするよ。3年の教室は別の階だし、俺達の教室は特別教室から離れているし」

「そうですか。ありがとうございます」

「いいえ。誰か3年の先輩探しているの?」

「違います」

「そう?もし仲良い先輩が居るならコンタクト取ってみようか?」

「結構です。しつこいです」

「ご、ごめん」


 じゃあ何でそんなこと聞いたのだろうか。でもまた関連することを質問すれば怒られてしまう。

 俺は大人しく折りたたみ傘を持って倉持家から離れようとした。


「それじゃあね」

「…はい」


 今日は良い日なのかもしれない。倉持さんが学校に興味を持ってくれて、帰りには返事までしてくれた。


 ここに通い続けて約1ヶ月半。やっと努力が実を結んだような気がする。

 でもまだ担任にはこのことを言わない方が良いか。あの人なら完全に学校に来てくれると思い込んでしまいそうだ。


 俺は傘で雨を凌ぎながら来た道を折り返していく。


 いつになるかわからないけど、近いうちに倉持さんは学校に来てくれるかもしれない。

 そんな期待は止まることを知らずに俺の中で大きくなっていった。

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