第13話 学校の匂わせ

「梅雨になってきたね」

「そうですね」


 俺はアパートの屋根の下で、パラパラと降る小雨を見つめる。本格的な降り方ではないがあと2、3日すれば本降りが見られるだろう。


 そのまま玄関の方へ首を向けるがやはり閉じられたままだ。倉持さんは一度顔を出しても続けて出す気は無いみたい。


 また面と向かえると思っていた期待が打ち砕かれた。


「そういえば、梅雨の時期になると体調が悪くなる人が居るらしいよ。倉持さんは大丈夫?」

「平気です」

「なら良かった。俺の友達がそのタイプらしくてさ。低気圧がどうのこうのって言ってたな…」


 その友達というのは佐倉ではなく柳さんだ。あえて“クラスの人”と付けなかったけど倉持さんは察してしまっただろうか。


 いや、流石にそこまで考えないはず。俺自身のことは倉持さんの興味外だから。


「低気圧ってことは頭が痛くなるとか怠いとかの症状が出るんじゃないんですか?」

「あっ多分それ」

「君って良い子ちゃんのくせして人の話そこまで聞いてないんですね」

「単純に理解出来なかっただけだよ」

「別に興味ないことは聞き流して良いと思いますよ」

「いやだから…」


 低気圧の話題に食いついたと思えばまた“良い子ちゃん”が出てくる。でも嫌味ではなく、からかって言っているので悪い気はしなかった。


「ちゃんと話は聞いていたよ。柳さんが怠そうにしていたから心配だったし」

「柳さん?」

「あ」


 俺はつい柳さんの名前を出してしまって呼吸が止まる。なるべく学校の人の名前は出さないようにしなきゃと思っていたのにこのザマだ。


 しかもよりによって倉持さんも知っている柳さんを出すなんて。


「ご、ごめん」

「何に謝っているんですか?柳…は確か同じクラスの柳百合?」

「そう」

「意外ですね。あの子と君が仲良いなんて」

「最近喋るようになったんだ」

「へぇ」


 倉持さんから受け流すような返事が聞こえる。玄関は閉まっているので表情はわからないけど、何も気にしていないようだった。


 むしろ俺と同じで興味がない感じ。てっきり不機嫌になると予想していたので呆気にとられた。


 ならもう少しだけ柳さんの話題を話しても大丈夫なのだろうか。俺は小さく息を吸い込んで話を続けた。


「あのさ、柳さんって倉持さんの炎上のことに興味ないみたいだよ」

「…何ですか急に」

「この前色々と話の流れで聞いたんだ。炎上なんて毎日どこかで起こっているから珍しいことでもないって」


 あのファミレスでの会話以降、俺と柳さんの間に倉持さんの存在が入ることは無かった。

 それでもこの話は事実だ。


 もしかしたら柳さんの存在が倉持さんを外に出すきっかけになるかもしれない。そう願いながら俺は扉を見つめた。


「倉持さんは柳さんのことをどう思っている?」

「どうと言われても単純に同じ教室に通う人としか思ってません。挨拶さえもしたことないんですから」

「そ、そっか」


 あまり手応えは無い感じだ。柳さんはよくギャル生徒のグループと行動しているけど、性格的には倉持さん寄りだと思っている。


 でも無理して引き合わせるのも悪いか。そもそも倉持さんは学校にどれくらい友達が居るのだろう。


 クラスには居ないとしても他クラスや先輩後輩には居るのかもしれない。

 っていうか倉持さんのSNSアカウントを知っている生徒って……。


「ねぇ木崎」

「えっ?どうしたの?」


 色々と思索に耽っていたら突然苗字で呼ばれて肩が跳ねる。警戒する必要はないのだが、ずっと君呼びだったから不意打ちで言われるのは驚くのだ。


 中間テスト後の和解まで苗字でさえ呼んでくれなかったからだろう。


「あの…」

「ゆっくりで良いよ」

「……」


 珍しく言葉に迷っている倉持さん。突然どうしたのかという戸惑いが生まれる。


 でも茶化したり急かしたりすることはしない。何かを伝えようとしてくれているのはわかっている。

 ならば俺はひたすら待つだけだった。 


「も、もし。もしもですよ」

「うん」

「もしクラスの人が、今の私を見たら……どんな反応すると思いますか?」


 絞り出すように聞こえた問いかけは答えに迷うものだった。


 今のクラスメイトが倉持さんを見た時の想像は簡単に出来る。でもそれをそのまま伝えるのは倉持さんを傷つけるかもしれない。


「正直に言っていいの?」

「はい」


 でも倉持さんは嘘を嫌っている。誤魔化そうとしてもすぐにバレるはずだ。俺は頭の中でクラスメイトの姿を浮かべる。


「多分、コソコソとグループで話しながら見てくると思う」

「…そうですよね」

「でも直接何か言うことはないはず。コソコソ話されるのも最初だけだと思うよ」


 倉持さんの声に先ほどまでの強さは無くなっている。怯えているのが強く感じられた。


「何でそんなこと聞くの?」


 心の何処かで俺は期待している。わざわざクラスのことを聞くということは、倉持さんの中で1歩踏み出そうとしているのではないのかと。


 降り続く雨が少しだけ強くなる。俺の鼻に土の香りが纏った。


「……学校に行ってみようかなと、ちょっとだけ思ったから」

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